2016-11-13

2016「角川俳句賞」落選展(第3室) 9.きしゆみこ  10.工藤定治  11.小助川駒介  12.杉原祐之

2016「角川俳句賞」落選展■第3室


9.きしゆみこ 




10.工藤定治 




11.小助川駒介


  
 
12.杉原祐之





9. 待っている きしゆみこ

クリーミーとは如何な味はひ春を待つ
薄紙に包まれてゆく櫻貝
床の間に肥後大皿を春燈
梅は実になるまへしかと眠りたる
ブランコの違ふリズムの二人かな
トルソーを運びし春の運送屋
招待状書き重ねをる花明り
太陽は春分点や伸びし爪
蛇穴を出づる蛇籠の砂利動く
獺祭酒御用意致す花月夜
晩春や仏のやうな石の色
春送る和舟大きく戻る頃
船の音初夏の匂ひの中にをる
涼しさの色の栞や聖書棚
滝の間の青き空気を吸ひこみぬ
左手と限らぬ指輪薔薇弾く
手拭ひをカンカン帽の中に敷く
男衆を横切つてゆく洗ひ髪
喉仏辺りを見する夏雀
片方が空を向きたる金魚の目
八月の窓やサボテン伸び切つて
秋冷の床の間にある青磁かな
小鳥来よ飾窓ある畳の間
今を生き武道作法を月の許
木の心知りてや月の法隆寺
用水の流るる寺領小鳥来る
驢馬の荷は葡萄や驢馬と同じ色
野紺菊馴染みの医者に会ひにゆく
天地や銀河の影といふ地球
縄跳の縄より粗く松手入
南米の黒髪にして日向ぼこ
鳥どちの来よと伸べし手冬帽子
凪ぐ中に水の重さの冬の色
花八手旅館の角の井戸傾ぎ
古き世の文豪めきぬ懐手
よくしやべる日や冬帽をなほしつつ
男湯女湯同心円の雪
室の花咲かせる人の穏やかな
極月や絵蝋燭なる黒き芯
大八で運ぶ文机年詰まる
年暮るる料亭にある一つの名
畳屋の上がり框に冬至梅
どんと焼までの田の道氏の道
大試験塀に真赤な林檎落つ
手袋のままに戻さる受験票
土間に散る源平梅の源氏かな
山鳩の色なる庭の落椿
春燈や鍵盤の指弦の指
この場所が桜並木となる頃は
星空やたれかの分の桜待つ


 
10. 帰去来 工藤定治

葱坊主つぎつぎ風は吹いてくる
花便りライン知らせる第一報
マスクより機関銃の喋りかな
おしぼりの袋よく飛ぶ春北風
撫で摩る鎖骨のまはり鳥曇
落書の壁黒々と春驟雨
北窓を開きて風を呼び込みぬ
シクラメン一つ二つと減る花弁
初燕夫は単身赴任中
就活の黒散らばりて四月かな
コンビニの喫煙者たち春の泥
春時雨ビニール傘の数多し
若緑アキレス腱を伸ばしけり
花水木深呼吸する人がゐる
草青む靴底見せしスニーカー
やうやくに回り出したる風車
菜種梅雨宝くじ買ふ人の列
花薊刺あることは知つてゐる
石楠花や堰切るやうに花開く
廃店のガソリンスタンド草若葉
青空をこぼれ落ちしか天道虫
陽炎や事故車寄せらる道路脇
一声を鳴きて鶯飛び立ちぬ
針立てて匍匐前進毛虫ゆく
土産置くゴールデンウィーク電車席
二輪車の背中追ひかけ青嵐
昭和の日電車通過す無人駅
とりあへずはいと返事し柏餅
鯉幟もう少し泳いでいたい
小学生今何人と子供の日
突然に人現れて木下闇
春茜帰る子供へ吠える犬
披露宴の受付係胸に薔薇
春筍地面押し上げ覗きけり
夏始喉を鳴らして水素水 
一面に空敷きつめて田水引く
次々と波紋広がり水すまし
ミニ薔薇の垣根に赤き吹雪かな
太陽光パネル囲みて蛙鳴く
休耕田野菊少々草混沌
未来とは常に前方幣辛夷
青蜥蜴声出す前に消えにけり
サルビアの花赤々と苗売らる
介護車の停められてをり柿若葉
唇は冷たしラムネ玉揺れる
平らかな脈に戻りて日永かな
田楽の山椒葉少しずれている
黒ビール自分で自分褒めたき日
花虻の羽ばたきの音だけがある
若鮎の水切り進む背鰭かな


 
11. 惜春の石 小助川駒介

待春の水ゆつくりと渦を巻く
春近し白きクレヨン長きまま
微睡みの亀の瞼や水温む
一群れの花菜ひかりの溜まる場所
磔刑のステンドグラス春めけり
クラクション遠退きやがて囀に
教会の十字に掛かり春の雲
マンホール蓋の形に花の屑
降り立ちて潮の匂ひや朧月
惜春の石を拾へり子と二人
春水の暗渠を潜る音の闇
タンポポの絮を吹く子や頬丸め
チューリップ一つは影の中にあり
亀泣くや出がけに探す家の鍵
掃除機にひよいと足上げ春の果て
こどもの日言葉ならざる声発し
夏めくや波は光を乗せて去る
団子虫はつなつの陽を背に運ぶ
蔦若葉水面に触るるたび波紋
楠若葉町に一つの小学校
すり硝子染め新緑の抽象画
電柱を閉じ込めてをり蔦青葉
子には子の時間のありて磯遊び
葉桜や風のみ訪れるベンチ
美人草揺れてこの先行き止まり
ゆで卵の黄身に塩振る薄暑かな
摩天楼薄暑の底にゐたりけり
鴨の子や一羽潜れば別の子も
蕗の葉に虫ゐて蕗の葉と揺るる
空豆や上を見るもの俯くもの
出会ふたび何やら話す蟻と蟻
天道虫草から草へまた草へ
古瓦積まれし高さ姫女苑
子に実梅渡しそびれてポケットに
かなぶんや近づけばやや身構える
瑠璃揚羽空を残して去りにけり
二億年前の威厳や黒蜥蜴
壁に穴ありて蜥蜴の尾の消ゆる
ワイパーの音の物憂き緑雨かな
一本の腕無き海星裏返す
緑蔭や人待ち顔の少女ゐて
波の影裸足の甲に沿ひ撓ふ
きびきびと指差す車掌夏衣
噴水や青銅の眼の見やるもの
夕風やコレラ船なき浦賀港
さくらんぼ葉の陰にゐて息しづか
片蔭の街浸しゆくビルの群れ
オルゴール既に止みたる昼寝覚め
夏の月爛れて赤き眼の一つ
涼しさやアンモナイトの眠る壁



12. 緑の家 杉原祐之

また選挙あるらし落花舞ひにけり
ぶらんこを漕ぐ桜蘂散らしつつ
田植機の回りし跡を均したる
緑陰にひんやりとある滑り台
桐の花高架ホームに突き出でて
杉玉に梅雨の気配の濃かりけり
戦車用道路の脇の富士薊
罅入りし隊舎の壁にさみだるる
肘雨の滴を垂らす釣忍
漆掻山に一礼して去りぬ
ダービーの歓声うねり来りけり
不機嫌な妻の寝返り明易し
新築にして武骨なる登山小屋
洗濯を干せば風鈴鳴りにけり
綿菓子の機械を据ゑて祭宿
ひとつ風呂浴びて来れる神輿舁
プログラムされたるやうに滴れる
滴りに金魚滝には錦鯉
競られゆく肉牛の眼に蠅たかる
早々に夕立乾く島の路地
複製の緞帳垂らし鉾立つる
漬物を販いでゐたる鉾の宿
干草の丘の風力発電所
づかづかと政治家来たる踊の輪
垢抜けぬ音も時折威銃
サイクリングロード貫く真葛原
田の外へ外へと垂るる稲穂かな
クリアーなラジオを聴きて終戦忌
田原坂より時折の威銃
畦道を真向ひに来る蜻蛉かな
白寿まで一人で暮らし花木槿
タクシーのゆつくり流す良夜かな
蜘蛛の巣の破れかぶれに秋日濃し
日和見の山の台風一過かな
浜砂を巻き上げてゆく野分かな
ライオンズクラブの名札秋薔薇
茶の垣の隙間に落つる熟柿かな
夕日浴び熟柿ますます熟れにけり
お手軽な寿司屋の混める七五三
売れ残る熊手机に並べられ
天空を十一月の風渡る
少しづつくすんでゐたる冬紅葉
不機嫌な人に見えたるマスクかな
病院の中庭のクリスマスツリー
手相見に列の出来ゐて年の暮
追焚のボタンが喋る冬至かな
建売の一軒ごとの松飾る
富士見橋より初富士の辛うじて
朝礼を終へ一斉に雪を掻く
紫に雪野の暮れてゆきにけり


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