2018-09-02

〔今週号の表紙〕第593号 移ろい 木岡さい

〔今週号の表紙〕
第593号 移ろい

木岡さい

ガコッガコッ。だれかが金槌で硬い床を殴りつける。聞き慣れない音に身をすくめたところで目が覚めた。夢かー。枕の中に溜め息をついた。

フランス南東部特有の強風ミストラルが窓を叩いている。外を覗くと小麦畑を走るトラクターが見えた。

56年前、ピエ・ノワールと呼ばれるアルジェリア独立後のフランスへの引揚者である夫婦が、石造りの家に住み農業を始めた。 家族の変化に合わせて増築を重ねた家は3階建て。現在、長男家族の3世代が暮らす住宅のほか、親戚の共同別荘として使用されている。

家も土地も来春までに売られる予定。

「その後はお互い会うこともないだろうね」

親戚同士の夕飯で一人が言った。賛成する者も反論する者もいなかった。

日焼けした麦より深い緑のリネン。木の裂け目や傷が黒光りするフレーム。半世紀の記憶を積み込んだベッドは、藻が絡みついた舟にも見える。風が止んだ夜、その舟に沈むように眠った。


小誌『週刊俳句』ではトップ写真を募集しています。詳細は≫こちら

0 comments: