2007-05-06

例句に見識と遊び心 角川文庫『俳句歳時記第四版』 

例句に見識と遊び心
   角川文庫『俳句歳時記第四版』 ……猫髭



角川文庫から新しく出た『俳句歳時記第四版』は、とても良い。

装丁も明るく、ゲートボール文芸臭がない。実作を刺激し、鑑賞にも堪えるコンパクトな現代人の歳時記になっている。

第三版は『ふるさと大歳時記』刊行の余波で作られたせいか、冒頭から【野良着脱ぐや妻の下着の春白妙 香西照雄】と、ふるさとではいざ知らず、都会では人前で朗読をはばかられる句が並ぶが、第四版は、例の、腰巻に「本格歳時記決定版!!」と「!」を二つもぶつ惹句の『角川俳句大歳時記』の、句集名と結社誌名を添えてだらだら玉石混交の例句を八十句も垂れ流す無見識が辟易する「気配り俳人紳士録決定版!!」(「多くの俳人と結社との全面的なご協力」を仰ぐからそういうことになる)の後に出されたにもかかわらず、同じ角川とは思えないほど例句の選に見識があり、野遊びをしたくなるような誘いに溢れる現代俳句の佳句の中に、【剥製の鳥の埃や春浅し 柴田宵曲】といった燻し銀のような佳句をひっそりと紛れ込ませる慧眼と遊び心がある。

歳時記は、高濱虚子にしても、山本健吉、富安風生、飯田龍太、齋藤慎爾、あるいは遡って曲亭馬琴にしても、個人編纂は、独断の責任による慧眼に溢れる。

第四版は、解説は第三版を踏襲して【麗か】などは【体言について、「春うらら」などとも用いられる】と馬鹿を書いているが、『角川俳句大歳時記』のように【春うらら葵の紋の築地塀 小川濤美子】と連戦連敗の競走馬ハルウララではあるまいし、末代の恥になるような馬脚は出さない。

また、【春ひとり槍投げて槍に歩み寄る 能村登四郎】【風船が乗つて電車のドア閉まる 今井千鶴子】【水替の鯉を盥に山桜 茨木和生】といった、この一句は外せないという目配りも嬉しく、【剪定に夕星ともる梨畠 石田勝彦】【剪定の切り口雪を呼びにけり 石田郷子】と、親子で佳句を並べる粋なはからいもある。これを読んで育つ若い俳人の作品が楽しみになる歳時記である。



3 comments:

匿名 さんのコメント...

鋭い読み、敬服しました!
歳時記は例句が命ですよね。

猫髭 さんのコメント...

ミ@俳句少々さん、ありがとう。コメントをどうやって添付するのかわからずに今日まで悩んでました。老眼の上に、この薄い表示ではわからんわい。

今日は神田祭に吟行です。【神田川祭の中をながれけり 久保田万太郎】。粋な句だねえ。当然、『俳句歳時記第四版 夏』(514円)には【祭】十三句の冒頭に載っています。勿論、『角川俳句大歳時記 夏』(4000円)の【祭】五十四句には載っていません。こういう編を節穴と言う。

匿名 さんのコメント...

猫髭さま

大歳時記に万太郎のあの句が載ってませんでしたか…仰天です。なぜ載らなかったのか、編集委員に尋ねてみたいですね。


ちなみに、第四版には鷹女の「夏痩せて」、真砂女の「人悲します恋をして」が載ってません。
前者は季語の使い方の間違い、後者は文法ミスによるそうです。