2008-03-30

細谷喨々 愛すべき「キマジメ」さ

〔俳句つながり雪我狂流→村田篠→茅根知子→仁平勝→細谷喨々→中西夕紀

愛すべき「キマジメ」さ ~中西夕紀さんのこと
細谷喨々



仁平勝さんから電話をもらったのは昨年の暮だった。

「細谷さんの句集について、ネット上の『週刊俳句』に書くけど、いいかなあ」
「あー、どうぞ」
「でも、メールが嫌いだ、原稿も手書きだなんて言ってなかったっけ。この『週刊俳句』の、俳句つながりって欄はね、書かれた人が次に書かないといけないんだよ」
「……。うん、わかった」
「じゃあ、よろしく頼むね」

嫌いなキーボードに向かってみるが、私にとっての初めてのワープロ原稿は、結局、一行もできなかった。

先日、仁平さんと出合って、
「まだ、モタモタしてるんだ」
と話したら、
「原稿用紙に手書きでいいんですよ」
と言ってくれたので、ホッと一安心。

私は小児科の勤務医で、病院のカルテはすべて電子化されていて、朝から晩まで、コンピューターと格闘しているのだが、どうも、あの領域の学習障害があるようで、好きにもなれず、上達もしない。年令のせいと馬鹿にする連中もいるが、トム・クルーズが字を読むことが苦手でシナリオは音でおぼえるのと同じ様な一種の学習障害に違いないと自分では思っている。

ここまでは、このコラムが遅れた言い訳。今回は中西夕紀さんに登場してもらう。中西さんと親しくお目にかかったのは今年(2008年)の2月の寒い日だった。角川の『俳句』の編集者が、3月号に私と中西さんの写真を載せるからと連絡して来て、彼女が、わざわざ私の職場に来てくれた。震えながら、春のムードの写真を撮り終えて、お茶を飲んだ。主宰誌『都市』が創刊直前の頃である。別れ際に仁平さんが私に問い合わせてきたのと同じことを聞いたら、「どうぞ」との返事。私より五歳年下の彼女はワープロ、メール派らしい(あたりまえか……!)。

まもなく『都市』の創刊号が送られて来て、気がついたらメールで、
「(原稿を)書くのにお役に立ちますでしょうか」
というメッセージ付きの自己紹介が来ていた。

「下町の子です。何か書くのにお困りのことがございましたら遠慮なくお聞きください」
とも書いてある。

第一印象通りの真面目で几帳面な人なのだなと思った。その印象は『都市』の創刊号巻頭の主宰の一文を読み、確信に変わった。

「私たちの目指すところは俳句の形式を守り、歴史を引き継ぐことだと考えております。ひとことで言えば俳句は自分を表現するものだと思います。私などはどこにでもいるような平凡な者ですから、この地味な日々をどう表現したらいいか、常に頭を悩ませています。ことに人と違った自分を発見することは至難の業です。しかし、創作の場ではたとえわずかでも独自のものが出せたらいいと思うのです。
 ものの見方は思考が深くなれば視点が変わり、今まで見えなかったものが見えてくる、だからこそ自分を高めようと努力していきたいと思うのです。そして、それは人間性の発展とも言えるのではないでしょうか。『自分に何もなければものは見えない』という石田波郷の言葉を、以前師事しておりました藤田湘子から聞きました。そのことが最近少しわかってきたような気がしております。自分を肥やす努力を怠らないこと、豊かな表現を追求すること、いつまでも同じ所に留まっていないで前進することを実行して行けたらいいと思います。中西夕紀」

この愛すべき「キマジメサ」こそが彼女が、作句の中心に据えて向き合っていくべき最も大切なものなのではないだろうかと思った。

俳人が自分の主宰誌を始めるに際してかかってくるプレッシャーというのは、私など「いい加減」な者にとっても想像するに難くない。

その中で「キマジメ」な人が作った主宰詠12句は、見事であり、創刊のことばが、これから実行されていくであろうことを予感させる。

  通り雨秋は小花に深まりぬ

 小花というのは、小さな花のことを指すのだろう。秋が深まると大きな派手な花が姿を消し、小さな花をつけた草が目に付くようになる。そんな草花に秋が凝縮していく。通り雨の中で、消えて行こうとする秋を惜しんでいる。今まで誠実に積み重ねた作者自身の秋への思いがあってこその一句。

  水澄むや一信職を替へたると

何年か前に、お役人としてエリートコースを歩んでいたもと小児外科医から私と話したことをきっかけに再び臨床にもどろうと思ったので地方の病院で研修医から「やり直し」をするという手紙をもらったことがある。彼は元気でいるのだろうか。ふと、人のこととして詠んでいるものの、これは中西さん自信の今回の出来事と重ねられているのだろうなと感じた。「水澄むや」が、うまく効いている。『都市』の幸福な未来を祈りたい。

  応とこたへて天狗茸あちらこちら

「キマジメサ」を核にした、今後の彼女の句のふくらみというもののひとつの見本のような句。深読みをすれば、『都市』に集まってくれた句友それぞれに対する挨拶句かもしれない。

この天狗茸の句にみられる発展した「キマジメサ」の萌芽は、彼女の第二句集『さねさし』(花神社)の中のいくつかの作品に見られる。

  囀やどれも空向く壜の口

  岩礁のはなればなれの秋の暮

この二句は無機物、岩礁、壜を「キマジメ」に詠みながら不思議に「いのち」が吹き込まれ、こちらに伝わる。

  菊の日に蝶出でにけりむらさきに

  霾るや前脚を折り象眠る

この二句は、天狗茸に人格を与えたのと同様に作者のあたたかな愛がそれぞれ蝶と象に注がれている。

先の自己紹介メールの中で、中西さんは、第1句集『都市』の代表句を、

  まつ青な盧の中から祭の子

であると書いている。彼女自身、気が付かないうちに、ご自分の愛すべき「キマジメサ」を生かす方向を向き始めていたのかもしれない。 


(了)


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