【週俳3月の俳句を読む】
さいばら天気
このひとはいったい
世の中は、いろいろな事情で成り立っている(ような気がする)。電車に駆け込む男にも、ベンチで煙草を吹かしているジイサンにも、真っ赤な買い物バッグを提げて信号を待っているオバサンにも、背中で泣いている赤ん坊にも、それぞれ事情があるのだろうと思う。私にも、少し、ある。ときどきだが、食べるということにひどい退屈を感じる。でも、食べる。これだって事情だろう。キーボードを叩いて、これを書いている。ここにも事情がある。
椅子持って紋白蝶についてゆく 小倉喜郎
箱いっぱいの本を担いで梅の下 同
キスをする春の地震の少し後 同
なぜ、この人は椅子を持っているのだ? 本を箱いっぱい? 地震のあとのキス。ここにも事情があるのだろうか。あるとしたら、とても不思議な事情のような気がする。
どだい他人の事情なんてわからない、と言う人もいるかもしれない。だが、そんなことはない。こうとはっきり言えなくても、察しがつくものだ。
ところが、椅子や箱いっぱいの本やキスは、「察し」をかるがると離れ、事情などどこにもないかのように中空へと漂うように逃げていく。その「逃れ方」の挙措は紋白蝶に似て、その肌理は梅の花にも似て、あるいは地震の微動のような動作を伴うような…。と、こう書くと、それこそ言葉の事情にしたがうにすぎなくなる。やめよう。
ああ、このひと、いったい何をしているのでしょう? と、ずっと不思議な気持ちのままに眺めているのだった。
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2008-04-13
【週俳3月の俳句を読む】 さいばら天気
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