紅茶の匙 中嶋憲武
噴水の音のしてゐる出口かな
昼寝より覚め失踪の猫のこと
青葉冷波紋残りしペンキの缶
みんなみに犬の声して麦の秋
風鈴の影のねぢれてゐたるかな
冷麦や二階のピアノ鳴りつづけ
油照目尻下がりし招き猫
宝くじ売場の隅の蚊遣豚
階段の昼間さみしき蟻の列
国道へ添ひて伸びたる青田かな
恋心夜の草笛ぷうと鳴り
枝豆の産毛へ産毛触れてゐて
裏の戸のすこし開きて天の川
いぼむしり溜息ついてゐることも
銀河より懐中時計持ち帰る
脱力のまま固まりし占地かな
桃の香や世界の時間みな違ふ
思ひ出せぬひと言のあり梨の皮
のし紙にくれなゐの帯十三夜
橙を置きて遥かな思慕ひとつ
鹿遠く鳴く電球の下がりをり
菊咲いて無音の空のいちめんに
紫蘇の実のぷつりと同じ事言へり
色変へぬ松黒塗りの車来る
うたたねの背中に鶴の来てゐたり
咳や誰より口火切るべきか
ひらがなの駅の名を読み山眠る
姿見に部屋傾きし霜夜かな
弁当の蓋へ沢庵置いておく
マフラーの巻き方ひとつのみの朝
天井へ触れさうクリスマスツリーの星
梵鐘のそよりともせず年の暮
二日はや献血の身を横たへる
曳猿のはじめまつすぐ立ちにけり
初寅やきらきらねぢるあめ細工
硝子戸に寄りてつめたきそのあたり
祝賀会果てて絨毯巻かれをり
寒鴉首をひねつてゐるばかり
凧ふたつ日暮のいろとなりしまま
鉄塔に引つかかる雲土筆摘む
青き踏む吹かれてしろき盆の窪
春の浜人には見せぬ宝もの
ちりとりを乗り越えてゆく雀の子
話すこと尽きて柳の芽のことを
饅頭の餡のむらさき春の山
頬張つてみたし桜の満開に
花曇紅茶の匙を上向きに
厳密に言へば鶯餅が好き
竹の秋どつと母屋の湧いてをり
ちるさくら三時のままの時計塔
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2008-10-26
テキスト版 中嶋憲武 紅茶の匙
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4 comments:
事物をうまく描写した句が多いですね。でも、それらよりむしろ、
●階段の昼間さみしき蟻の列
●桃の香や世界の時間みな違ふ
などのの空気のよろしさ。
ほか気ままに好き句。
●風鈴の影のねぢれてゐたるかな
●鹿遠く鳴く電球の下がりをり
●硝子戸に寄りてつめたきそのあたり
噴水の音のしてゐる出口かな
名古屋のセントラルパークあたりはこんな感じです。
もしかしたら遊園地のアトラクションの出口かなと思ってみたり。
いずれにしても、ほほえましい雰囲気の句。
姿見に部屋傾きし霜夜かな
鏡に写るものはときどき頭を混乱させます。
この場合、傾いているのは鏡であって、そこに写っている部屋は傾いていないと思います。
でも、こう書くことによってその混乱している感じがよくわかります。
そして「霜夜」が一人の部屋の寂しい感じにつながっていきます。
以下、好きな句。
階段の昼間さみしき蟻の列
弁当の蓋へ沢庵置いておく
マフラーの巻き方ひとつのみの朝
二日はや献血の身を横たへる
ちりとりを乗り越えてゆく雀の子
ん?
やっぱり部屋が傾いてる?のかな?
噴水の音のしてゐる出口かな
出口に向かって、つい早足なってしまう
ひらがなの駅の名を読み山眠る
二日はや献血の身を横たへる
お正月早々の感じがいい
祝賀会果てて絨毯巻かれをり
片付けられた絨毯だけど、汚れて、、、
頬張つてみたし桜の満開に
頬張ってみたいものに想像がどんどん膨らんで
花曇紅茶の匙を上向きに
お行儀よく下向きに置くひとをたまに見かけるけれど、
紅茶の匙は上向きに、、、
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