〔シリーズ・休日の喫茶店〕
東京田舎 十条銀座「仔馬」
中嶋憲武
休日。のんびりと寝坊したあと、自転車でどこかへ出かけようと思い立ち、颯爽と自転車へ。
漕ぎながら、行く先を考える。自然と大山ハッピーロードの方角を目指す。大山の商店街をあっという間に走り抜け、中宿方面へ向けて走っていると、信号待ちをしている俺をすり抜けて行った自転車がある。もう100メートルくらい先を走っている。負けるものかと猛烈に漕ぐ。追い付いて追い抜く。信号無視して急いでも結局は同じだということを教えてやったのだ。山手通りの信号で追いつかれ、ふと見ると CROSS WAY 850だ。11万円はする代物だ。鍵に差してあるキーホルダーがウルトラセブンで、キーホルダーはちょっと欲しいと思う。
板橋区役所を通り抜け、坂道を下る。漕がずにどんどん加速するスピード。30キロは出ていただろう。坂を降りきったところの信号が赤だ。ブレーキに手をかけない。見通しの悪い十字路であるが、このまま突破することに決めた。交差点にかかる寸前目をつむる気持ち。赤信号を突破。轢かれなかった。まだまだ俺には運がある。(阿呆です)
東京家政大学の前を通り、十条の商店街に行くことにした。
商店街の入り口で自転車を降りて、自転車を押して歩く。十条の商店街は、十条銀座という名で親しまれている。縦横に道が広がり、どこへ行っても商店街という印象がある。まっすぐ進んで行くと、富士見銀座という商店街に変わる。そのまままっすぐ進むと環状七号線にぶつかり、向こう側にあるサンクスでお金を下ろすことにする。
サンクスを出て、青だったので横断歩道を渡ろうとすると向こうから、さっき起きてこれからコンビニエンスストアーへ行くところです的な、ハタチくらいの、黒いダウンジャケットにグレイのスエットパンツの女性とすれ違った。そのスエットパンツが、すごいローライズ、というかゴムがゆるんでずるずる下がった感じで、きわどいところで引っかかって留まっているのを目撃してハッとする。惚れる瞬間というのは、得てしてこういう心の動きなのかもしれないなどと思いながら、もときた道を引き返す。
商店街の面白さというのは、例えば古書店で冠婚葬祭入門という本の隣に、大西巨人の「神聖喜劇」の第3巻が忽然と並んでいるという面白さかもしれない。宝石屋の両隣が、大衆食堂と瀬戸物屋というのは何気なく眺めていたけれど、改めて見てみると、なにか変だ。
十条銀座で一皿105円均一という回転寿司屋をみつけ、腹ごなしをして西通りに入って、ぶらぶらしていると「仔馬」という喫茶店があり、入れと言っているような佇まいなので、ドアを押す。ドアに付いているカウベルがからんからんと鳴る。
間口2間ほどの店内。内装や調度品や置物などは民芸調で統一されている。カウンター席が7つほどあり、反対側の壁に面して、細長いテーブルの卓が一個。迷わずカウンター席に着く。入ってきたドアの横の棚に、ブラウン管方式の14型のテレビジョンが置いてあり、NHKの「ふるさと一番」をやっていた。
珈琲を注文。苦くてコクがある。オリジナルのクッキーが3個で150円だったので、これも注文。ふくよかな味。クッキーを頼むと、おしぼりウエッティーを置いてくれた。おしぼりが、殿様のへそから飛び出した鳥の羽のように、ちょんと出ている。珈琲を飲んでいると、女主人が電話をし、相手は留守だったらしく「あ、十条ばあばよ。もし家にいるんならホットドッグ食べにおいでって言おうと思ったの。じゃまたね」と言って切った。
「ふるさと一番」が終わり、「だんだん」の再放送が始まって、ぼーっと見ているうち、珈琲のお代わりを注文した。
お代わりを頼みつつ、店内の馬の置物の多さに気付いていたので、「馬が好きなんですか」とカウンターのなかの70は越えているであろう女主人に聞いてみた。女主人は店の名前がそうなので、集めたのだと言った。
「仔馬」という店名にしたのは、東京駅の八重洲口に同じ名前の店があり、開店当時はどこも横文字の店名だったので、漢字でいこうという事になり、その八重洲の店の名を無断で頂いたのだとか。昭和32年に、珈琲好きの旦那さんが始めた当時、「仔馬」という名前の喫茶店はあちこちにあったようで、お客さんに支店ですかとよく聞かれたらしい。
昭和32年に開店した当時、この辺は田舎で店の前の通りを行った先は、野原があって、もっと先には陸軍の被服廠跡があったのだと。戦後は続いていたのだ。いまでも田舎ですけどね、という口ぶりにピンと来たので、「ご出身はどちらですか」と尋ねてみると、「浅草です」と言うので、ぼくの母もそうなのですと言うと、まあと嬉しそうな返事。母が、父の仕事の都合で春日部に引っ越すことになって長いこと住んでいたのですが、母はこの辺は人気(じんき)が悪くてねと土地に馴染まなかったですと言うと、女主人は、わかりますと言って笑った。
うちの母は、国際劇場の向かいに住んでいたと言うと、女主人は雷門の反対側に住んでいたと言い、それからひとしきり浅草の話になった。六区にあった瓢箪池やら、映画館は顔パスで入っていたことやら、立川談志が好きだやら、小三治さんがいいやら、志ん生やら志ん朝やら、この間国立劇場へ人形浄瑠璃を観にいってよかったやら、歌舞伎座が壊されてしまうのは惜しいやら東京大空襲のときどうしていたという話やら。
「ごちそうさまでした」と言って支払いをしようとすると、まだいろいろ話しかけてくるので、いろいろ話しているうち、お客さんが入ってきたのでやっと会計になり、1010円ですと言うので1010円出すと、10円は「こちらは」と言って、戻してくれた。粋だ。
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2009-02-15
中嶋憲武 東京田舎
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