商店街放浪記12 大阪 汐見橋駅から
小池康生
<路地裏荒縄会>である。
ペーパーさんと、筆ペンさんと、わたしの三人で商店街をうろうろする会である。
ペーパーさんは、歴史的建造物を紙細工で造りあげる人。
正確な図面を手に入れ、それを元に建物を模型化するペーパークラフト作家だ。
筆ペンさんは、俳人である。
前回は、大阪港の猥雑な飲み屋において、隣りの席で乳を揉んだりチューをしたりしているおっさんを意に介せず、筆ペンを取り出し、カウンターにあったティッシュペーパーに俳句を記した人である。
今回、三人は、大阪難波駅に集合した。
今までは近鉄難波駅と呼ばれていたところ。
阪神線が乗り込み、大阪難波駅。これで、神戸方面と奈良方面が直結したのである。
阪神線乗り入れのホームに、三人が落ち合う。
さて、どこに行くのか。今回もペーパーさんの仕切りだ。
電車に乗り込むなり、神戸と奈良が結ばれ、どちらの街が得をするかについて語り合う。奈良が不利だろう。奈良がいかに不憫かを語り合う。
京都と並ぶ古都でありながら、観光的には雲泥の差。この路線で神戸とつながったが、奈良から神戸方面へ出掛ける方が多いとか。奈良を応援せねばと語り合ううちに、<桜川駅>に着き、下車。ひと駅だった。
地上に出る。どこだ、ここは?
一瞬、方角さえ分からなくなる。筆ペンさんが訊く。
「北はどっちですか?」
わたしもそれを考えていたところ。とまれ。難波からひと駅ではないか。
それで方角が分からなくなるのか。なぜだろう。
「少し歩きます」
ペーパーさんに促され、少しうろうろすると、材木屋が見えてくる。
昔、大阪のあちらこちらにあったような景観。その先に道頓堀川が展けてくる。ひと駅戻れば、難波の、あのグリコの看板や、カニ道楽の看板のある賑やかな場所なのだが、この静けさはなんだ。
ここで下車したことがなかったので、方角さえわからなくなっている。
繁華な駅の隣りは、都会の死角だ。
橋の上に立つと道頓堀の繁華なところがエラク遠く感じる。
反対側を見ると、大阪ドームが間近に見える。
ドームのある近くに、川の水位を保つための装置があるらしい。
そして、次のポイントに案内される。
南海線<汐見橋駅>である。
ペーパーさんが言う。
「30分に一本しか電車が出ないので、時間潰しに道頓堀川で夕涼みをしました」
<汐見橋駅>。
なんと、きれいな名だ。
駅舎は、名に反して、かなりくだびれている。
「ここは、昔、高野山に向かう始発駅だったんです」
ペーパーさんsays。
「今は、南海難波駅が高野山への始発駅で、この路線は、岸里玉出駅まで6駅の路線になり、まぁ、都会のなかのローカル線ようになりました」
なるほど、駅舎のなかを見渡すと、高野山関連のパンフレットが多いし、なにより改札の上に目をやれば、強烈な名残りがある。
改札の真上、天井近くの壁に、大きな地図があるのだ。
路線図というよりは、地図。紀伊半島の全体を横向きに描いてある。
路線の駅名を記した観光案内図だ。
まるで紀伊半島が、改札の上に横たわっている感じ。
わたしには、この<地図>が涅槃像のように見える。
地図の下側には
<この案内図は昭和30年代のものです。詳しく係員におたずねください>
と書いてある。
地図は、一部が剥落していてかなりの年季である。
こういう状態で残っていること、残していることに感心する。
こんなものが大阪のミナミの外れにあるとは。
大阪人さえ余り知らない大阪。
<汐見橋>という名の始発駅で、行き先は、高野山。
それだけでぞくぞくする。
なんともドラマチックではないか。
汐見橋という名前は、昔の大阪の海の端を想像させる。
埋め立てに埋め立てを続けた大阪の海の昔の端は、西へ西へずれていった。
汐見橋と名づけられた頃、大阪の汀は、どのあたりだったのだろう。
明治時代からある駅だそうだが、そうとう海に近かったのだろうと思わせる。
大阪の海から、高野山へと続く路線。
それが今や市内のなかの“盲腸”のようなローカル線となり、<ミナミ>の西側から、<ミナミ>の少し南側の町へ繋がる短い路線。閑散としたこの駅が、今も存在し続けていることが不思議だ。
こういう駅や路線が残っていることに軽い感動を覚える。
筆ペンさんは、駅舎のなかをうろうろし、子供の背丈ほどの温度計を見つけ、メモを取っている。
「これは寒暖計でしょう。温度計というより寒暖計と呼びたいですよね」
俳句の素材がみつかったのだろう。寒暖計という語感を生かした句に仕上げたいのだろう、きっと。
<乗車駅証明>を発行する機械もある。
初めて目にする代物だ。
ペーパーさんによると、ボタンを押すと、レシートのようなサイズの証明書が出てくるらしい。そのレシートは、乗車駅を証明し、精算に役立つ。つまりバスの乗り口で受け取るアレと同じである。
駅員さんがいるから、実質使わないのかもしれないが、無人のときは、これを清算のときに使うのだろう。市内の電車にもこんなものがあるとは。
そんな話を聞きながら、古びた駅舎を眺めながら、気づいた。
ペーパーさんは、この駅舎を教えたかったのだ。
ここもまた歴史的建造物だ。
改札を通ると、始発駅のお約束のように、小さな池と紫陽花。
余白たっぷりの時刻表。市内のど真ん中で30分に一本。
電車に乗り込む。夜の8時、ほとんど乗客はいない。
<西天下茶屋>で下車。
この駅もまたレトロだ。
<汐見橋駅>と同じに雰囲気がある。
映画やドラマの撮影に使えそうである。
ホームの座席は、木製で背もたれは木製の壁。
ペーパーさんと、筆ペンさんが、
「あぁ、レールだぁ」
と話しあっている。なんのことだ。
このホームの屋根を支える鉄材の柱が、屋根の近くで左右に二股に分かれ、梁となっている。その鉄材が、元線路だというのだ。
駅の柱から梁の役目を果たす鉄材が線路・・・。
「えっ?これが線路?この柱と梁が、線路?あっ、知らなかった。これは皆が知ってること?知らないのはわたしだけ?」
いい齢をしてなんだが、時々、皆は知っていることを知らないでいる。
恥ずかしいことかもしれないが、とても新鮮な驚きを覚える。
目出度すぎるのだろうか。
それにしても、<汐見橋駅>も<西天下茶屋>も地方の駅舎のようだ。
いつかペーパーさんの手によって、紙の模型になるかもしれない。
なって欲しい。
待ち合わせ場所の難波駅が、乗り入れを始めたように、大阪は次つぎ交通網が再編成されて行く。この駅がいつまで存在するのか。
そこからぶらぶら東へ歩く。
「ここは商店街ですか?」
「商店街でしょう」
そんな会話が交わされるような状態の商店街が続く。
時間的なこともあるだろう。眠っているような状態だ。
しばらく進み、北に向かい、また東に折れると、梅南商店街にでる。
街灯がしゃれている。
枝や梅の実を感じさせるようなデザイン。
大衆演劇の<梅南座>の看板が見える。
昼に歩けば、またちがった趣きなのだろうが、先ほどは眠っていたような商店街だったが、このあたりの町並みは、うたた寝。
さらに進み、国道26号線に近いところまでくると、急に明るくなり飲み屋も多い。陋巷の巷とまではいかないが、かなり賑やか。26号線は、大阪から和歌山まで、紀伊半島を縦に貫く道路。南海電車と並行して走る道路だ。
商店街を伝って歩き、一方の端の眠ったような感じと、繁華なところの違いが面白い。
26号線を越えた辺りで飲み屋に入る。
大皿料理を食べ、筆ペンさんとわたしはいつも通り俳句を作ったが、ペーパーさんは、写真を発表すると言い出した。
高画質の携帯電話で撮った写メ。
「組み写真です」
モニターに順次3枚の写真を出してくる。
1枚目は、夜の道路。<桜川>駅を降りた辺り、高速を見上げ、行きかう車を都会的に撮ってある。
2枚目は、<西天下茶屋駅>の仰角の画。夜の駅の古いライトがハレーション気味に撮られ、駅舎の壁の質感がはっきりと感じられる。
3枚目は、飲み屋で食べた<魚の骨>。見事に平らげ、骨の姿がくっきりと。この商店街の生活感が出ている。モノクロの写真のようにも見える。
この3枚の組み写真が、ペーパーさんの作品。
上手だなと感心したが、後日、この写真を改めてメールで受け取り、その時、気づいた。わたしたちの575に呼応するように、ぺーパーさんは、3枚の組写真できたのだなあと。
組み写真に5・7・5のリズムがあるといえば大袈裟かもしれないが、最後の魚の骨など<下五>のどんでん返しのようで実におもしろかった。
路地裏荒縄会、次回は二ヵ月後に集合。その時のコーディネーターはわたし。このふたりを相手にどれだけのコースを作れるやら。
商店街は、あそこと決めてるのだが。
老婆歩きつつ甚平に手を通す 誓子
(一週おいての次回)
photo from Shiomibashi sta. OHSAKA ≫見る
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2009-06-28
商店街放浪記12 大阪 汐見橋駅から 小池康生
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3 comments:
組写真で575を表現する、というのはおもしろい発想です。「切れ」の感じを写真の一枚に組み込むわけですね。
写俳と呼ばれているものは、文字と写真を合体させます。俳画と同じやり方です。組み写真は画像のみで俳味を伝えることになります。従来の組み写真とくらべ違った味わいが生まれるでしょう。
これはぜひ試してみたい。
できれは文中の組み写真を見てみたいです。参考のために。
初めまして。
コメントありがとうざいます。
ペーパーさんに確認を取り、写真のアップを快く承諾していただいたので、載せます。
が、ここにどうすれば画像がアップできるかわからないので、編集部に託します。
ついでに、誤植の訂正。
老巧は、陋巷。
sayは、saysです。
ペーパーさんご提供の、組写真アップしました。
目次の「photo from Shiomibashi sta. OHSAKA ≫見る」のところから、ご覧になれます。
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