忘るる 山田露結
春の雪珈琲豆の封開けぬ
みづいろの自動車が来て花辛夷
蝶生まる鋏重なるところより
サーファーの集まつている春灯
菜の花やデジタル写真褪せやすき
羽ばたきてみなはくれんとなりにけり
バタイユを閉ぢてうららかなる馬体
春愁の人あらはれて吾となる
亀鳴くや水直角に曲がりくる
工場の閉鎖されたる桜かな
来る猫に「くるな」と名付け花の雨
唇の毛深くありぬ万愚節
妻と子があり逃水の見えてゐる
春ゆきて吾残りたる拙さよ
柱よりビル建ち上がる新樹光
親子ほど歳の違ひぬ月見草
六月の河口や河を吐きゐたる
マネキンの人を見ている薄暑かな
白南風や伏せて音ある写真立て
握手して手の色増しぬ夏の花
ころころと水のよろこぶ金魚鉢
万緑や暗きを纏ふ画家の顔
ショーケースに蝋の炒飯日の盛り
天井に木目はしれる昼寝かな
蝉声のしみたる岩を聞きにけり
仏壇に照らされてゐる吾と蠅と
かなかなや少女のやうな服を着て
部屋中を明るくしたる檸檬かな
自画像の筆を置きたる穴惑
虫の闇へと階段を踏み外す
銀漢を鳴らしてジェットコースター
生きてゐること忘じたるあきざくら
うつむくと頬骨見ゆる月あかり
ロケットの先端にある愁思かな
大脳の左右にひらく曼珠沙華
秋麗やエレキギターを草に置き
逃げ切りし万引の子や鰯雲
抽斗を開けると別の芒原
菊に菊足しゆく列に加はりぬ
ポケットでつながつてゐる冬銀河
北塞ぎ脳裏明るくなりにけり
前衛のアパートに干す布団かな
朝日より夕日大きく山眠る
胸閉ざす胸の釦や冬灯
太陽に黒点のある海鼠かな
縄跳びの中とふ個室ありにけり
水底は水面を知らず冬の月
紐引いて灯る浮世や六花
夜行バス走り出したる去年今年
冬たんぽぽ忘るるルルルルルルルル
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2009-10-25
テキスト版 2009落選展 山田露結 忘るる
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4 comments:
前衛のアパートに干す布団かな
うちの近くの谷保天満宮からウラに廻って散歩しているとき(俳句世間では「吟行」と呼ぶ)、ボロボロのアパートがあって、そういう物件の大好きな友人(私も大好き)が、表札に「黒なんとか」という文字を見つけた。何をしているのかわからないが、「前衛」っぽい。前衛芝居か、あるいは前衛文学の同人誌か。
いすれにせよ、前衛は、ちょっとおどろおどろしていて、ちょっと懐かしく、そしてオカネにならない。古いアパートに「保存」されているが如く、「前衛」が在った。
この句の「前衛」って、どういう意味なのか、明示的ではないので、勘違いかもしれないが、読んだとたんに、あのアパートを思い出した。
この布団には、季感がある。なんともいえぬ季感。「前衛」の作用だと思う。
一句に照準を当ててのコメント、うれしいです。
前衛という言葉の持つレトロ感、みたいなところであります。
中学のときに軟式テニスをやっていた私にとっては、干してある布団が前衛だというのは体感として分かります。でも確かに「前衛」という言葉はアヴァンギャルドの方が、ダブルスのかたわれより一般的ですよね。
なるほどー。
「前衛」をダブルスのかたわれ、とするといきなり具体的な景になりますね。
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