2010-04-18

林田紀音夫全句集拾読 111 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
111




野口 裕



花売りの背後の夜気が死に親しむ

昭和四十年、未発表句。「死に親しむ」は、紀音夫のいつもの発想と言える。花売りを持ってきたところがいつもと異なる。花売りは花屋とは違うのだろう。盆や彼岸に、墓地にあらわれる、臨時の露天商でもないだろう。「夜気」とあるから、やはり酒場の花売りなのだろう。あまり酒場に出入りしない、きまじめな人間がふと抱いた違和感。花売りと酔客の間に、ちょっとしたやりとりがあっただろうか。


白昼の並木逃晦の手足生え

昭和四十年、未発表句。普通「韜晦」を使うが、自身の中に「逃げる」感覚があったのだろう。誤用めいたところがあり、発表には至らなかったか。

 

生き残り浴後の半裸鏡に入れる

昭和四十年、未発表句。「生き残り」の説明不足を嫌ったのだろう、発表句では、「鏡の全身たちどまりはらはらと風化」(昭和四十年、「海程」。第二句集収録)がある。比較してみると、「風化」よりも「生き残り」に露わな感慨が表出されている。

泥の運河へ鉄骨の影突出て死ぬ

昭和四十年、未発表句。未発表のまま終わったのは、誓子の「夏の河赤き鉄鎖のはし浸る」との類似を嫌ったのだろう。類似を嫌うため「死ぬ」と付けてみたが、今度は説明に陥っている。しかし、このままの形で発表しても良かったのではないか。泥の運河が力強い。

この句の少し後に、「手も足も出ず鉄橋の錆を見る」があり、「橋の残響訴えの水しみじみと余り」(昭和四十年、「海程」。第二句集収録)に至る。やはり、「泥の運河」を残しても良かったのでは、との思いがつのる。

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