オー ロラ吟行
第5日 パスカル家の犬橇 〔前篇〕 ……猫髭 (文・ 写真)
2010年3月10日(水):Alaskan Husky
今日は犬橇(Dogsled)にチャレンジする日。オーロラ吟行最大のイベントである。といっても「アイディタロッド・犬橇国際長距離レース」(註1)に参加するわけではない。それは無謀と言うもの。このレースに敬意を表して、動物句会トリオが犬橇を初体験しようというものだ。
このレースは、ノームの人々を伝染病から守るため、1925年に20人のマッシャー(犬橇使い)たちと100匹のハスキー犬が、ジフテリア血清を674マイル(1011キロ)にわたってリレーして運んだ道を含む、アンカレッジからアラスカ山脈を越え、ツンドラ地帯を抜け、マイナス40℃から50℃の極寒地帯を越えて、ゴール地点のノームを目指す全長1112マイル(1650キロ)のコースである。速いチームで10日、遅いチームで20日間かかるという苛酷極まりないレースのため、Last Great Raceと呼ばれる。レースと同じ犬橇構成で試乗も出来るが、これは$7500と高額で、我々はその百分の一の値段でという俳人コースである。
とはいえ、マイナス30℃を越える寒気の中を犬橇を駆って初体験の俳人が走るというのもかなりの沙汰もんだが、これぞアラスカ!と、りんママは太鼓判どんどこどんと大張り切り、座敷童女のように静かな千鶴羽中の君も「犬橇に乗りたあい♪」と率先してニコニコ手を上げるので、大丈夫かいなと怪しみつつ、それでもアラスカの一大イベント犬橇レースの片鱗にでも触れる機会があることに、全員夜も眠れないほど興奮した、かというと、しっかり寝るねえ、奥方さま方は。相変わらず猫爺だけ日の出とともに起きて外をうろうろ。今朝もマイナス32℃くらい。雪がある程度降らないと犬橇は出来ないので、雪よ降れ降れと雪乞いの踊りを踊ると、おお、雪がこんこん降って来た。昨夜のオーロラもそうだが、実にアラスカは願う者のリクエストによくこたえてくれる天地の神々がいる。
犬橇のマッシャーはパスカルさんというフランス人の女性調教師で、Northern Sky Lodgeという山の上に住んでいる。スカイ・ロッジというぐらいで、高所恐怖症の猫はびくびく。案の定、山の尾根を走る道でガードレールなし。でかいトラックと擦れ違うと、りんママ逃げるから、右座席の猫はだんだん崖に近づき、なお~ん、なお~んと危険信号の鳴き声をせつなく響かせるのであった。
りんさんがパスカルさんとiPhoneで連絡を取りながらロッジを目指すが、広大な山の路肩に番地が棒杭に小さく番号を振っているだけなので、見つけづらく、Uターンを繰り返してやっと到着。かすかに太陽が雪空から覗く。
ロッジのなかでパスカルさんから犬橇の説明を聞く。一人乗りの橇を三頭の犬が引っ張り、二組に分かれて、パスカルさんのスノーモービルが先導する形でショートコースを一周するとのこと。観光用は指導員と乗るが、いきなり単独実践スタイルなので、この調教師は本物だとりんさんと喜ぶ。雪の量が足りないので予定していたロングコースは今日は無理だという。初めてだし、ショートでも20分くらいかかるので了解。
りんさんは犬橇の経験があるので問題なし。猫髭は犬橇は初めてだが、筑波と菅生のサーキット・ライセンスを持っており、7台のオートバイを乗り回した暴走族上りなので問題なし(今はチャリンコ・ライダーだが)。大君と中の君はずぶの素人で、運動神経も未知数なので、りん&千鶴羽組、猫髭&薫子組に分かれる。早速防寒着に着替えて、いよいよ犬橇初体験に出ようとして、薫子大君が座敷犬のゴールデン・レトリバーの尻尾を思い切り踏んづけ、ロッジに響き渡る座敷犬の悲鳴。大君!ハスキー犬にそんなジョークかましたらガブガブ噛まれますぞ。
ロッジを出て、粉雪が降りしきる中、ハスキー犬が繋がれている犬小屋に近づくと、パスカルさんを見た12頭の犬たちが一斉に雪空へ吠え始める。レースの時は1000頭の犬たちが咆哮するというから、アンカレッジの町自体がどよもすそうな。
一人用の橇は揺り椅子のような形で、ハンドルバーを握り、橇後部の2本のスタンディング・バーに、脚を開いて土踏まずで乗る。棒の間には鉄板が引き摺られており、ここに足を乗せると体重が重石になり犬たちをスロー・ダウンさせることになる。ブレーキのようなもので、これを踏まなければ犬はアクセル全開で走る事になる。停止は、ハンドルバーの下部にあるギザギザのストッパーを両足で踏み込んで雪に埋める。
レクチャーが終り、パスカルさんがそれぞれのドライバーに合った犬を連れてきて、ハーネスをかけ、橇のロープに繋ぐ。猫爺も手伝わされる。
ハスキー犬たちは、凄まじい獣の匂いがする。零下30℃を越える外の犬小屋で寝ているのだ。猫爺が唯一の♂なので、パスカル家のアラスカン・ハスキーの中でも最も力が強い犬たちが選ばれる。面構えも凄い。右の眼が狼の目で、左の眼は雪空のような色をしており、左右の虹彩の色が異なるハスキー犬特有のオッド・アイである。顎には涎が氷柱となって垂れている。
犬橇の犬の顎(あぎと)の氷柱かな りん
二番目に力が強い犬は、シャイなので扱いに神経を使うから慎重にとパスカルさんは言ったので、犬の性格まですべて把握しているのかと感心した。どういうわけか気に入られ、顔をぺろぺろ嘗められて、熱烈なチッスの嵐。海外のファーストキッスが君かよ。ヤムヤム。(photo by Linne)
パスカルさんのスノーモービルが牽引のためスタートすると、犬たちは一斉に吠えながら全力で橇を引っ張ろうとする。ストッパーを外すと、一気に飛び出してパスカルさんを追いかける。りんさん、中の君と、雪原へと左にカーブを切りながら坂を下ってゆくが、さすがにりんさんは体重移動も慣れている。中の君は右に振られてあやうく転倒しそうになったが、何とか踏ん張って、左へカーブしながら森の中へ消えて行った。
犬橇の赤きヤッケや森に入る 薫子
残った猫爺と大君は暇なので、猫爺は犬小屋を回って、彼らの糞の掃除。カチンカチンに凍っているので、糞掃除用のでかい火掻棒のようなものを見つけてきて、氷を削りながらのお掃除。アラスカン・ハスキーは犬橇用に改良されたレース犬であり、顔は狼のようだが人にはなついていて、尻尾を振ってまとわりつく。番犬には向かないねえ、君たちは。
大君はバードウォッチング。美しい紅鶸(べにひわ)がロッジの前の餌箱や木に群れていた。
紅鶸や六花(りっか)に胸をふくらませ 猫髭
註1 このレースの2006年3月の詳細な記録は、りんさんの「2006年アイディタロッド犬橇レース」でお楽しみいただけます。
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