2010-07-11

『俳句界』2010年7月号を読む 五十嵐秀彦

〔俳句総合誌を読む〕
海鼠の日暮
『俳句界』2010年7月号を読む 五十嵐秀彦


今月の『俳句界』は、また特集が暴走しているな、と思った。
そのことを批判するのは容易ではあるし、今回の特集企画について、これから私が書こうとしていることも、多少批判的な色を持ってしまうかもしれないが、それを書き出す前にひとこと述べておく必要がある。

それは、どんなすっとんきょうな企画も、月並みで思考停止しているかのような企画よりは数倍ましだということである。
「ここを直せばあなたの句は入選する」的な安易なハウツー、世代で括った何の志向性もない俳人特集、老齢俳句やら女流俳人やらという何が言いたいのかわからぬ企画(?)を何度も焼きなおしたりする編集姿勢よりも『俳句界』が毎号打ち出してくる「?」のつく企画のほうがはるかにましである。

特集 「この俳句 さっぱりわからん!? 難解俳句を検証する」 p42-

つまり難解句についての特集である。
正直、読む前から空回りしてしまいそうな発想である。
なぜか。
「難解」というとらえかたがあまりに主観的だからだ。
確かに句会の席上、「これは難解句ですね」というような発言はしばしば耳にするし、そのことに目くじらを立てるつもりはない。
座談の肴としてはアリである。
しかし、それを論じることなどできるのか。

さて、内容を読んでみよう。

特集冒頭の対談(大井恒行×林編集長)からいきなり「ん?」と思わざるを得なかった。
林編集長が開口一番《今、結社制度が崩壊しつつあって、俳句表現をちゃんと教わっていない。悪く言えば好き勝手に表現している》と言っちゃって、あれれ? そこから入るの? と不安の雲が心に広がってしまった。
さらに編集長は、《敢えて難しい言葉、表現を使っている》《自分の世界は高等な世界で、わかる人はわかる。わからない奴は馬鹿、という考えがあるように思います》と言いたい放題に飛ばしてくる。
そして、俳句が象徴詩になっているから難解になっているというように飛躍してゆく。
それに対して大井は、《象徴は必ず現実を背負っている。象徴だから難解というのはどうかな》と、しごくもっともな反論。

どうもこの対談は奇妙だ。
編集長がわざと極端な意見を述べ、それを大井がたしなめるように、俳句が伝えたいものという意味のことを発言している。
これなら匿名対談にでもしたほうが、編集長の名誉のためにはよかったのじゃないか。

後半、田中裕明や高山れおな、関悦史の句について触れているが、ページが少なすぎて失敗。

どうも奇怪なプロローグ対談のあとは、6篇の論考と9篇のエッセイが並ぶ。
論考は、編集部の「ムチャブリ」に対して、それぞれ誠意を尽くした内容になっていて面白かった。
「ムチャブリ」については、高岡修が「白髪のまひる」の中で、《編集部からの依頼は、難解句を採り上げ、その作品を批評せよというものである》と明かしていて、本文中にこのようなことを書くときは、だいたいは依頼内容にとまどいを感じている場合である。
やはり「難解」といわれても…、という思いがところどころにあらわれている論考である。
それは高岡に限らず、他の執筆者にも共通している。

日原傳は、「難解句のあれこれ」で、皮肉をこめてであろうか、まっさきに飯田蛇笏の「芋の露連山影を正しうす」を挙げているほどだ。
また、橋閒石の「階段が無くて海鼠の日暮かな」についても、和田悟朗の《任意性の空白を充分に残した風景で、思念が集中しないでむしろ発散している。それだけ読者の想像を広げる茫洋さがある》という名解説を紹介しており、肝心なのは読者の想像力であることを指摘している。

それを藤田直子は「難解句が難解でなくなるとき」で、《率直に、具体的に、ことばから感じるものを追って行けばいい》と、まことに「率直」に語っている。

関悦史は「在ることは謎、謎は魅惑」の冒頭で、《俳句に限ったことではないが、最終的に大きな謎へと開けていない作品など一度接すれば事足りてしまう》と、言い尽くしてしまう。

ただ、これは私のスタンスからくる印象にすぎないかもしれないが、木暮陶句郎の「季題軽視が難解句を呼ぶ」で展開される意見は、ずいぶん窮屈なものに思えた。

いずれにせよ、このような各人の論考を読むと、「難解句」などというテーマを掲げずに、「謎」をテーマとすれば更に踏み込んだ意見が集まったのではないだろうか。

次に、エッセイ9篇は、秋尾敏が文中で《自作の難解句の解説をという依頼》であったことをあかしているので、これまたよく皆さんその依頼を受けとめたものだと驚いた。
「自作の難解句」?
自作句を難解だと思っている作者って存在するものなのだろうか。

林桂は、
 
 田毎に田神
 田亀
 誰がため
 転生す

を挙げている。
解らないのではなく、自分で解らなくしているだけなのである》《掲句は、頭韻に導かれながら改行によってイメージを展開したもので、農民だった父への追悼句である》そのように述べて、「自作の難解句」について書けといわれて、それに応えた矛盾と、ちょっとしたいきどおりが伝わってくるようだ。

伊丹公子は、

 桃色珊瑚の秘密漏らしてた 海女の村

を挙げているが、「秘密」がわからないと言われたことがあったのでこれを選んだそうで、この句についての普通の自解文となっている。
ただ、難解句と呼ばれるものの三要素として、《①使われている言葉を読み手が知らない場合。②その言葉は知っているが、何故、この場面にその言葉が現れるのかがわからないという場合。③事や物に出会っての作者の感応が、読み手に伝わらなかった場合》と整理しているのは、この設問自体が論ずるに値するのかという問いでもあるようだ。

高山れおなが挙げたのは次の句。

 永き日の歪める真珠(バロック)を吐く妻であれ

これも普通の自句自解だし、本人も思っているだろうが、別に難解なところなどない句である。


まあ、そんな具合で、論考同様に依頼内容へのとまどいのにじむエッセイが並んでいる。
谷口慎也が言うように、《「はい、それまでよ」ということで、あとは黙るしかない》のである。

企画が生煮えだったと言うべきなのかもしれない。
ただ最初に言ったように、それでも、風化してしまった命の無い企画よりははるかにましではあったか。


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