2010-07-18

商店街放浪記34 大阪 佃島 〔後篇〕小池康生

商店街放浪記34
大阪 佃島 〔後篇〕

小池康生


いきなり、訂正。
前回、東京にも大阪にも佃島があり、大阪が本家と書いたが、大阪の場合、<佃島>という記述が見当たらない。
現在は、<大阪市西淀川区佃>。過去の文献も、<佃村>、<佃漁民>はあるが、<佃島>はない。
本家は本家なのだが、<佃島>ではなく<佃村>なのだ。もといだ。

界隈は、確かに島は島なのだ。
神崎川と左門殿川に挟まれ、形状としては中之島。
淀川が運ぶ土砂の堆積でできた地域。その地域に佃村があったのだ。

御幣島駅で降り、千船に向かって歩きだす。
すぐに大きな交差点に出る。五叉路である。
ややこしいので地下に潜ると、地下の中もまた五叉路である。
ひとりならどこに上がっていいのか分からないが、ペーパーさんについて行く。

地上にあがると、埋め立てた元大野川を歩き、途中で神崎川方向に進路を変える。
別段面白いものがあるわけではなく、工場や倉庫街である。色彩にも乏しい町だ。しかし、ペーパーさんは、こういう町を嬉々として歩く。
昔栄え、今は見向きもされない町に特別な愛着を示す。
ペーパークラフトでいにしえの建築物を作るのもその性質からきたものだろう。
いにしえの建築物は、実際に大阪の町を歩きに歩き見つけたものだ。
ペーパークラフトで精密な建築物をつくるが、彼の頭のなかには、その建物の周辺の地図や匂いもはっきりをインプットされているのだ。

神崎川にぶつかると、高い堤。川が見えない。
誰かよじのぼるかと見ていたが、あまりの高さ、掴まるところもないので、誰も跳び付けないが、不思議なもので、川があると思うと、なぜがつま先立ち、覗きこみたくなる。
決して綺麗な川でないはずだが、川は見たい。
神崎川に沿っていくと、千船大橋に出た。
ここではじめて川が見える。
大きい。汚れても川は川だ。<佃漁民>という言葉が蘇る。
岸には、土砂を運ぶ船が一艘二艘停泊している。
橋を渡りながら難波八十島と千の舟を思い描く。

ペーパーさんが、佃村の漁民と徳川家康の出会いを語りだす。
1586年家康が大阪の住吉大社にお参りし、そのあと、川西の多田神社に向かっていたとき、この神崎川を渡れず困っていた。そこで佃の漁民が船をだし、家康たちを渡したのだ。これがきっかけで、家康と佃漁民の交流がはじまる。

大坂夏の陣・冬の陣の折り、佃村の漁民たちは徳川方に味方し、武器を運び、戦に使う船や食料を集めたりした。
牙城である大坂で力強い味方を得たのだ。
大阪人の目から見ると、秀吉を裏切ったのだが・・・。

これで一層、家康は佃漁民に入れ込み、なにかと便宜をはかった。
漁民たちは、将軍家に新鮮な魚を納める仕事を与えられる。
漁民たちは当初、毎年11月から3月まで江戸の安藤対馬守(あんどう・つしまのかみ)の屋敷内で暮らし役目を果たしたが、毎年の道中のわずらわしさから、江戸在住を願い出て、江戸鉄砲洲の干潟100間四方の土地を与えられ、大阪佃から17軒34人が移住し、その島が佃島と名づけられたというわけだ。

佃煮は、佃の漁民が保存食としてあみだしたもの。その佃煮も、江戸で受け入れられた。
家康は、佃漁民に全国どこの川や海でも漁をすることを許可し、漁に関する運上銀も免除した。漁民は明石や瀬戸内海、土佐湾にまで出かけて漁をした。

かつて、この界隈はどれだけ栄えていたのだろう。
大変な賑わいだったろう。
頭の中で、村の賑わいをイメージする。

橋を渡り、商店街が見えてくる。枯れている。
駅前のビルは、カーブに合わせてアールが入っているが、まるで雨風に膨張したような趣きがある。今どきの店はない。昔ながらの店が、最低必要限の店が並んでいる。

渋い。渋すぎるほど渋い界隈である。
商店街を歩きながら、今夜の飲屋を物色する。
千船駅が見える。
ここで、筆ペンさん紹介のゲストと合流する。

その間、駅舎のなかで、町の歴史を記した看板を読み、
ぺーパーさんの解説が続く。

わたの原 八十島かけて
漕ぎでぬと 人には告げよ 海人の釣舟
小野篁

浜清み 浦うるはしみ 神代より
千舟の泊(は)つる  大和太の浜
田辺福麻呂


駅は<千船>。昔の地名は<千舟>は、舟の文字が違う。
お好み焼屋ののれんは<千舟>。千の舟は、今は昔のものだが、千の舟はお好み焼屋や飲屋ののれんに生きている。

そうこうしているうちに、ゲストが来る。
若い女性だ。飲屋を探す。
その日、若いゲストの参加で飲み会がいつもより盛り上がり、赤レンガさんは、
「わたしの時はこんなに盛り上がらなかった」
とおかんむりだ。

ゲストの自己紹介が面白く、色々なニックネーム候補が上がったが、結局、
<マルイチさん>と決定した。理由は企業秘密である。
この人は、女子力を上げるため路地裏荒縄会レギュラーとなったのである。
登場人物がまたひとり増えた。


雲の峯きのふに似たるけふもあり   白雄

(以上)

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