明日までの距離 山田露結
立冬の鏡の中の温度かな
手に触れて冷たき水となりにけり
白きひらひら蜜柑の皮と実の間
冬ざれのロープ掲揚塔を打つ
傷口のやうにひらいて冬蝶は
凩が閉めたるドアのそれつきり
嚔して見失ひたるものいくつ
ふくらはぎ眩しく足袋を履きにけり
口堅く閉ざしてをりぬ鎌鼬
冬月や螺旋に人の降り来る
寒林のすべてが見ゆる穴ひとつ
凍星やベッドの下に別の国
三寒四温人に忘るる力あり
全身を涙腺にして二月の魚
細胞の分裂つづく春炬燵
雪解川未来へと過去増やしつつ
閂に蝶の湿りのありにけり
手の記憶足の記憶や蛇出づる
こめかみのあたりが眠しシクラメン
春の虹神の嘔吐の美しき
永き日の柱より息漏れきたる
背伸びして届く空あり鳥の恋
たそがれの茶山の裏も茶山なる
鍵盤がびつしり春の愁かな
花の山下るや千の坂あらはれ
初夏の水平線といふ刃物
ぼうたんにレンブラントの光欲し
山門や視界の限り青嵐
空目かもしれぬ神輿の通過せり
夏蝶のみるみる高きピアノ曲
風鈴を吊るして目語交はしけり
箸置に箸の重みや通し鴨
人妻へゆるす横顔木下闇
金魚玉落ちたる空の晴れ渡り
少年は汗のあかるさ纏ひ来る
歌声のほかは泉でありにけり
肉体を肉と体にして昼寝
炎昼の阿修羅は腕を上げしまま
夏風邪やポリエステルの息を吐き
眠らずにゐて向日葵の燃ゆるかな
蚊柱をとほり抜けたる蚊柱よ
をさなごの身を打つ花火あがりけり
鳴ききりし蝉より落ちてゆく景色
秋風の集まる指を立ててゐる
水の上に耳を澄ませば星祭
木犀や風の愛撫の休みなく
虫の闇これより恋の混み合へる
風景のおほかたは空雁渡る
吊革の揺れて発車や秋桜
昨日から明日までの距離いわし雲
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2010-10-31
テキスト版 2010落選展 山田露結 明日までの距離
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4 comments:
「銀化」の良さが出ている句が多いです。絶妙な笑いがあります。「傷口の」・「細胞の」・「初夏の」・「肉体を」・「蚊柱を」など。数句駄目なものがありますが、佳品非常に多く、受賞していてもおかしくありません。
立冬の鏡の中の温度かな
鏡に映った像は、左右が逆になるのに上下が逆にならないのは、どうしてか? 広瀬正の小説のにあったこの問い。30年以上経っても答えを見出せないでいます(調べればわかるのでしょうが、自分で考えている)。
きょう、新しい問いを見つけました。鏡の中の温度は、こちらと同じなのか、違うとしたら、どう違うのか?
これはどうにも、私の頭では、死ぬまで答えがわかりそうにありません。でも、わからなくていいのです。答えの出そうにない問い、どうにも不思議なことにいくつ出会えるか。それは人生の大きな愉しみと思っていますので。
この句には、ほんと、感謝です。
「寒林のすべてが見ゆる穴ひとつ」
覗き見の景であろうか。何も、わざわざそんなところから見なくてもとも思えるが、そんな風に視点を固定・限定することで見えてくる景もあるのだろう。たとえば、寒林の「すべて」とか。
ただ、その「すべて」とは何か。読者にゆだねるには、寒林はあまりに多彩・多様かも。
ほうじちゃさま、さいばら天気さま、みのるさま、コメントありがとうございます。
あらためて自分の50句を読んでみると、詰めの甘さがよーく分かります。
性格なのでしょうが、いったん応募用に50句揃えてしまうと何だかもう落ち着かなくなってしまって、手元に置いておけないからさっさと投函してしまいたくなる。それで、投函した直後に「シマッタ」と後悔するパターンを何年か続けております。
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