青い月面 福田若之
春疾風少年は今日海を知る
置いてあるだけの望遠鏡の春
かもめの両翼あたたかく空に在る
かすみ草ニーチェの笑顔みんな焼かれ
花虻の丘が俄かに風となる
三月は水浴びを終えたライオン
こちらから切るべき電話だが遅日
人体模型たおせば飛散・悲惨・花
勤労は権利かつ義務朝燕
花ミモザ内向的に白い団地
陽炎の屋上という無人島
新宿の空を白鯨春は逝く
腐草蛍となる裏庭の室外機
渇いた国にありあまる銃夏の蝶
頭なくした黒蟻がまだ走る
反戦歌緑夜の増幅器が揺れる
未完なんだ詩を夏痩の手が隠す
ハンモック無限ではない自由帳
地図があると迷ってしまう蝉しぐれ
天馬死ねば無数の雹となって降る
夕焼けを泣いて都会の子に戻る
踏切が鳴って蛾の影絵の断続
河童忌の地下へ涎のような雨
音質の悪い熱帯夜の街だ
宇宙人のお面金魚を連れ帰る
手花火よ時間はこんなふうに減る
色のない傘の群像終戦日
脱獄しても鈴虫だ鳴ってしまう
エレキギター差したい青い月面に
数式で書けない宇宙みみず鳴く
けんけんぱコスモスの墓標に着いた
改造されてゆく十月の臨海部
川沿いにスラムが続く秋の暮
公園に夜寒の便所のみ灯る
号と数える木枯も病室も
枯芭蕉俳諧安らかに眠れ
ゆきぼたるそれは途方もなく昨日
冬の月離陸するとき血が重い
轟音が夜の頭上を凍りつく
盗み飲む牛乳は冷たいだろう
駅前に座るところのない霙
ポインセチア小説は善人が死ぬ
樹という樹すべて聖樹として飾る
監守とは霜夜にチェスをする仕事
しばれると言いたいひとの上野駅
黒のコートに首をうずめた明日が来る
風邪気味の大水槽の眼が怖い
鯛焼の横顔子規をこころざす
江戸の世のままの坂の名春を待つ
さよならは芝居の台詞雪が降る
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2010-10-31
テキスト版 2010落選展 福田若之 青い月面
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4 comments:
予選突破にふさわしいです。アングラっぽい新鮮な句がたくさん。口語的なので、朗読(絶叫)してみたい作品ばかり。好きな句、多くて列挙できません。
人体模型たおせば飛散・悲惨・花
ひさん・ひさん。耳だけだとわからないので、字幕が要りますね。というのは、メロディをつけて歌いたい句なので。
PVのイメージはもうあります。シロウト考えでベタですが。
1)イントロ…木造校舎の理科室、戸の下の部分をクローズアップで、ズック靴が入ってくる(アップのまま)。
2)人体模型たおせば…倒れます。スローモーション。
3)飛散…飛び散ります。スローモーション。
4)いろんな人の顔。静止画の連続。
5)花…教室の天井から(真上から)の俯瞰。花だらけ。この花は俳句的約束の桜ではないですね。
私、この句、好きですよ。こういう青春(子ども時代)はアリだと。
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余談。一句目の〈春疾風少年は今日海を知る〉を読んで、気恥ずかしくならないオトナがいたら、その人の言うことは信用しません。
作者は1991年生まれ。19歳。「こういう句、年寄りたちは『青春性』とか言って、喜ぶんじゃねえの?」とかと考えて作ったのでしょうか。
この句は、ナシです。
ほうじちゃさん、天気さん、コメントありがとうございます!
ほうじちゃさん へ
好きな句、多くて列挙できません、とのコメント、作者冥利につきます。こういう句が俳句的価値観の中で許容されうるのか、僕の中ではそこが大きな不安だったので、とても励みになりました。今後も頑張っていきたいと思います!
天気さんへ
人体模型の句は、衝動的に湧いたものを句にした経緯があっただけに、深く鑑賞していただけてとても嬉しかったです!
春疾風の句へのコメントも、真摯に受け止めたいと思います。でも、僕の中には天気さんが書かれたようなねらいはなかったですよ。ただ、ちょっと格好つけたかっただけで……そういうナルシシズム的な面は確かにあるかもしれません。この春高校を卒業した自分の境遇もあって、船出をイメージさせる句を一句目に据えたい、みたいなところから書き起こした句だったので。そこがオトナ目線からは気恥ずかしいものとして映るのかなぁと、そんなことを思わせられました。
〈こちらから切るべき電話だが遅日〉〈未完なんだ詩を夏痩の手が隠す〉〈脱獄しても鈴虫だ鳴ってしまう〉〈盗み飲む牛乳は冷たいだろう〉御中虫さんに、歳時記を持たせたような作品が、面白かった。でも他の句もふくめて全体に、ちょっと常識的すぎないか、と。俳句のフォルムを壊していくとき、どうしてその人の「素」のようなものの勝負になっていくのだろう、というようなことを思いました。
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