2010-12-26

【句集を読む】仁平勝『黄金の街』を読んで 茅根知子

【句集を読む】
無邪気な哲学者
仁平勝句集『黄金の街』(2010年11月・ふらんす堂刊)を読んで

茅根知子


『黄金の街』を開くと、まず、目次にドキドキする。「世代論」「風景論」「恋愛論」「国家論」「疎外論」「肉体論」「都市論」「辺境論」「転向論」「習俗論」「祝祭論」「他界論」の12章が並んでいるが、なぜか「風・恋・愛・肉・俗・祭」の文字だけを拾ってしまう。これは読み手の問題か、読み手に妄想させる仕掛けの1つなのか・・・?

何が悲しくて青野に石投ぐる (世代論)

作者は「団塊の世代」である。1960年後半、テレビのニュースで、難しいことを大きな声で叫んでいるちょっとかっこいいオニイサンたち、を見た(記憶がある)。〈青野=体制〉とすれば、石を投げるむなしさ、悲しみ、自己との葛藤が見える(気がする)。当時のオニイサンたちの心の内を理解することはできないが、作者が当時の自分へ語りかけているようにも思える。

男なれども春愁の髪を切る (恋愛論)

『土佐日記』の冒頭を思った。女子が失恋して髪を切るのは、気持ちのリセット…というより、「髪切ったんだね」という友人の一言をきっかけに「うん、だって…」と、失恋話を聞いてもらうためである(女子は恋愛話も聞いてほしいが、失恋話も聞いてもらいたいのだ。泣きながら)。そんな“女子の定番”に男の本音を重ね、〈春愁〉で成功した。仁平勝の真骨頂。

別れるの別れないのと冷奴 (恋愛論)

オトナの恋愛話。都都逸のような、しらっとした面白さと歯切れの良さがいい。結局のところ別れない男女って、結局のところ“喰わないハナシ”ってことで、クスリと笑える。〈冷奴〉の季語の斡旋が見事。

寝たふりをして木枯の音を聞く (疎外論)

作者は一人ではない。寝たふりをしている作者を見ている、もう一人。人がいる故の静かな時間が、緊張感が、伝わってくる。〈木枯の音〉は、単に風だけではない。風音の合間に見え隠れする気配と、作者の呼吸までもが聞えてくる。

独り寝や蚯蚓鳴くとはこのことか (疎外論)

〈蚯蚓鳴く〉の俳句を毎年作りたいと思いながら、できないまま秋が終わる。掲句を読んで、こんなふうに素直に詠めばいいのか、と目から鱗がボロボロリの思いである。〈踏切に秋の踏切番がをり(勝)〉と同様、やられた! と思った一句。

我思ふ故に湯ざめして我あり (肉体論)

本家の言葉は万人の知るところだが、それに〈湯ざめして〉を入れるだけで、こんなにも面白くなった。〈湯ざめ〉と〈我=作者〉の関係が絶妙である(因みに、「仁平勝の前世は素甘」と言われています)。哲学者を気取って思想し、湯冷めしてしまった作者はやや情けなく、故にデカルトよりも愛される。

日盛のひまな床屋を覗きけり (辺境論)

〈日盛〉の床屋はそりゃあ暇だろうけれど、それを覗いているあなたは? と突っ込みたくなる。床屋のオヤジは新聞なんか広げ、ふと顔をあげると窓硝子越しの作者と目が合った。まあ、どっちもどっちだけど。

老人を起して春の遊びせむ (転向論)

「今井杏太郎に師事」と前書きがある。〈老人のあそびに春の睡りあり(杏太郎)〉がモティーフだろう。〈春の睡り〉の中で遊んでいる老人を起そうとする行為が孤独で、たまらなく切ない。あるいは、永遠に目覚めることのない老人に「起きてよぉ、遊ぼうよぉ」とせがむ姿が無邪気で、どうしようもなく哀しい。

追憶はおとなの遊び小鳥来る (他界論)

春の睡りは老人の遊び。〈追憶〉はおとなの遊び。“あの頃の自分”は、一所懸命だった分だけ子供に見える。大人になった今、あの頃の自分を抱きしめたくなる。時間は人を優しくする。「The way we were」の歌詞に「So it’s the laughter / We will remember」という一節がある。思い出すのは楽しかったこと。掲句を読んでいると、追憶も、追憶される側になることも、案外悪くないなと思える。

「魚座」の句会では、やや“浮く”こともあった勝俳句が、句集『黄金の街』の中で力強く屹立した。構成、本歌取り、仕掛け、装丁・・・すべてが計算されて編まれている。俳句はもちろん、句集としてのストーリーの面白さにぐいぐい引き込まれる。『黄金の街』は句集がエンターテイメントにもなりうることを教えてくれた。

『黄金の街』の表紙は、新宿ゴールデン街の写真である。半透明のカバーを透して見る写真は、ぼんやりとした夜のゴールデン街。そしてカバーを外すと、街は夢から覚めた朝の顔になる。夜中に銀河のごとく輝いていたのは、古びた看板だった。キラキラしていた道は、ただの水たまりだった。どちらのゴールデン街が本物なのか。どちらの『黄金の街』が本物なのか。
どっぷり浸るか、逃げるか、戦うか・・・。『黄金の街』はゴールデン街への入り口であり、勝ワールドへの落とし穴である。



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