〔句集を読む〕
赤と青 アンソロジー『水の星』発刊によせて
松尾清隆
先ごろ、歌人・永井陽子(1951−2000)が22歳の頃にまとめた句歌集『葦牙』を目にする機会があった。
2005年に刊行された全歌集に収録されているので作品を読んだことはあったが、やはり実物には違った味わいがある。くるみ製本の赤い表紙にスミ一色で書名と著者の名が刷られた六十頁ほどの簡素なものだが、なにか表現に対する真摯さのようなものが伝わってくる気がした。俳句をすこし引く。
水鉄砲は造物主への子供の謀反
遠すぎる理想 きりきり林檎むく
にぎりこぶしを開けば何もない秋野
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同じころ、やはりシンプルな体裁の一冊が届いた。実験的俳句集団「鬼」に所属する若手作家八名によるアンソロジー『水の星』である。
こちらの表紙はセルリアンブルー。百三十二頁と束は厚くないが、B6判を横に使った一頁に十句が並び、なかなか読みごたえがある。
三句ずつ紹介しよう。
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高勢祥子(1976−)
花冷や誰にも触れぬ手を洗ふ
鳥渡る指はわたしのゆきどまり
本棚の天に伸びたき十一月
孤絶感や閉塞感を表出しつつも、対象にそっと触れてゆくかのような詠みぶりは朗らか。
田口茉於(1973−)
自販機に顔照らさるる春の闇
初夏のたそかれ同じドアいくつ
無防備な屋上ばかり冬はじまる
現代の空気感を伝える作品に注目した。ホンマタカシの写真のような空気感。
井上明惟子(1986−)
履歴書に顔をはめ込む立夏かな
一方ではバナナ剥きたる幸せよ
髪どめのタテヨコナナメ夏が来る
最年少。粗っぽいくらいの大胆な言葉の組み合わせが小気味よい。
原 千代(1973−)
骨壺に納まりません星月夜
菜の花や首絞めらるる心地して
散る桜魂絡めとる腕六つ
よく生きる、ということはカッコ良く死んでゆくことと同義であるかも知れない。
磯部朋子(1963−)
おにぎりをむすぶ手赤し女正月
口角の傷深くなりさみだるる
真夜中の足湯にいにい蝉の鳴く
淡々とした日常の描写のなかに感じられるかすかな屈折が清々しい。
角南範子(1974−)
夏帽に席とられをる野外劇
東京に交はす名刺の夕焼ける
冬あたたかスリッパで待つ靴修理
題材のおもしろさは抜群。独自の視点でものを見ている。
菊池麻美(1976−)
信じるにたる偶然の噴水よ
呼び捨てにされ白玉を飲み込める
手袋をして軽すぎるプレゼント
ドラマ性のつよい句が並ぶ。この訴求力はなんだろう。
橋本 直(1967−)
お前に惚れたなんて鰻に言つてみる
聖堂のほとんど黒し鴨渡る
本当が嘘追ひかける秋の影
知性や美意識が前面にでた秀句もあるが、胆力を感じさせる句にこそ作者の本領があるとみた。
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以上、短くまとめるためにコメントしやすい句のみを挙げたきらいがあり、他にも紹介すべき句が多くあったことを付言しておく。この、多様な読みをさそうであろう一冊が一人でも多くの人に読まれることを願う。
入手希望は橋本直氏まで(で、よいでしょうか、橋本さん)。
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2011-06-05
〔句集を読む〕 赤と青 アンソロジー『水の星』発刊によせて 松尾清隆
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2 comments:
松尾様
ご紹介ありがとうございます。
えっと、知ってる方は私宛直接でも良いのですが、もし入手ご希望の方は下記のアドレスあてにお問い合わせください。
mizunohoshi2011@gmail.com
なお、本句集は私家版で一般には流通しないものです。念のため。
松尾さん
『水の星』をご紹介くださりありがとうございました。
私も橋本直さんの
お前に惚れたなんて鰻に言つてみる
の句、好きです。
また何かの会でご一緒できますことを。
菊池麻美
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