2011-11-20

紙の本・紙ではない本 栗山 心

紙の本・紙ではない本

栗山 心


『都市』2011年8月号「俳句月評」より転載

「電子書籍」とは、「古くより存在する紙とインクを利用した印刷物ではなく、電子機器のディスプレイで読むことができる出版物である」(Wikipediaより)。電子機器とは、携帯電話や携帯情報端末、パソコンなどである。しばらく前には、角川春樹先生主宰の「河」が、結社誌の電子書籍版を出す、ということで新聞に載った。この5月には、アメリカで「インターネット小売り大手アマゾン・ドット・コムは19日、4月以降の電子書籍の販売部数が紙の本(ハードカバーとペーパーバックを合わせた数)を上回った」と発表があった(CNNより)。「紙の本」、という言葉には違和感があるが、そういう時代になりつつある、ということだろう。

インターネットの俳句サイト「週刊俳句」では、何冊かの電子書籍を販売している。今回、気になった2冊を注文してみた。今まで、無料サイトなどで電子書籍を読んだことはあるが、お金を払って購入するのは初めてである。2冊注文すると、一日二日のうちにメールに添付されて、PDFファイルという方式の「それ」がやってきた。表紙も奥付もあり、体裁は本そのもの。私はパソコンで読むので、マウスをクリックさせて頁をめくる。電子書籍二冊分で720円。文庫本より遥かに安い。代金は後払いで、郵便振替か切手だという。先端の物を買うのに、切手で払う、というのがなんだか微笑ましい。PDFファイルは、中学校で配布されるプリントなどにも使われる形式で、ごく一般的なものだ。そう言えば、今は、学校からのプリントの配布も少なくなった。資源節約または連絡ミス防止のためだろう、各自で添付されたファイルを開き、必要なら印刷する。

1冊目は、西原天気さんの『人名句集 増補改訂版 チャーリーさん』。2005年発行のオリジナル版を増補改訂、電子書籍化したもの。すべてに人の名前の入った句集である。人名は、歌手、俳優、コメディアン、作家、スポーツ選手など多岐に渡り、おおよそ今まであまり俳句に出てきそうもない人達。句の後に、その人に関する注釈があるが、大方のネットユーザーが多分そうであるように、パソコンでは同時にいくつかの画面を開いて仕事をしたり、楽しんだりすることが多い。電子書籍を読みつつ、同時にネットで人名を検索して情報を得たり、動画を探して見たりすることが可能である。知名度の無い人名を使ってもリスクにはならない。むしろ、今まで紙の本では得られなかった自由と広がりを感じるのである。人名俳句とは、なんと電子書籍向きのものなのか。

上田信治さんのブログ「胃のかたち」から引用された後書きに、『「編集後記」に「作るうちに彼(作者西原天気さん・上田注)は、人名がしばしば季語と同様の働きをもつことに気づいた。」』とある。確かに、冗談半分、自由奔放に人選しているようなのに、人名は全く動かない。

  たこ八郎観音 空も海も夏  西原天気
  蝌蚪生るる中島らも氏より生るる
  手を振るよ筒美京平式晩夏
  きみがいてチャーリー浜がいる毛皮

2冊目は、中嶋憲武さんの『掌編小説集 日曜のサンデー』。笠井亞子さんの繊細なイラストの美しい、瀟洒な一冊。中嶋憲武さんは、「毛皮夫人」シリーズなどを発表されている俳人であるが、この本には全く俳句は載っていない。「週刊俳句」上に掲載された短編小説を集めたものだが、さすが俳人らしく季節感に溢れた、瑞々しい短編が並ぶ。たとえば初期の村上春樹の短編「午後の最後の芝生」のような、切なくもほろ苦い読後感であった。

パソコンで小説を読む楽しさの一つは、BGMを付けられる、ということだろうか。「国道沿いの片恋」に出て来る、シュガーベイブの「パレード」はどんな曲かな、と思ったら、音源を動画サイトで探し、聞きながら読める。紙の本であったら、この連動は無理だろう。

実はこの本は、西原天気さんや笠井亞子さんの俳句から、着想を得た小説がいくつかあるようだ。

  鳩はみな西口にいる秋ぐもり  笠井亞子

は、「アマン」となり、

  大旦いまさら莫迦と言はれても  西原天気

からは、「つんつん」が生まれたようだ。

本には俳句は載っていないが、これらの俳句は、西原さんと笠井さんの『はがきハイク』に掲載されたもの。『はがきハイク』は、はがきにお二人の句が五句ずつと、イラストが掲載された俳句誌である。一句では絵手紙だし、五句というボリュームがちょうど良く、私は壁に貼って、一日に何度も眺めている。はがきという旧来のものを使った俳句発表の新しい方法だ。紙の本、紙ではない本、更に別の媒体へ。俳句を発表する場はどんどん広がっている。

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