竹岡一郎 比良坂變 153句
数多なる忌を継ぎ重ね秘めはじめ
狐火にのしかかる骨灰の俺
殺むものなきまで殺めシベリア晴
少年が冱てし少女を抱き起こす
斃れざり雪女より生れし兵
錆色の腕を雪で強く拭ふ
折々の兵器と契る鬼火かな
しばれるや革命がまた私刑に果つ
雪焼の兵は帰還を約しけり
太陽の塔へ寒犬吠え死にす
量り売るわが身永久凍土の路地
少年の氷柱に少女赫へり
帝国の回路へ感染する鬼火
鎌鼬生者の正義嗤ひけり
真つ暗なかまくらの下の枕木
少年が鱶討てば泣く少女かな
芙蓉の実鳴るや予言はつつましく
鬼火曰く正義はあたしだけにある
豊艶にして報国のイルカたち
あたしのくしやみで文明畢るけど
少年が少女の臍に霰置く
柩無く塔と積まれていつ雪崩るる
玉音を受けしラジオを流氷へ
もののふの肚を貫きひこばゆる
比良坂に水たばしるや百千鳥
少年の髪を少女が梳く焼野
うすらひやウランの志す青天
啓蟄の黄泉軍のいろいろよ
三月俺は死霊の坩堝かつ子宮
二万四千年古びないこの春の季語
比良坂の蛹のどかにして爆け
耕していつか巨人の糞りし上
鳥の恋陸の形の変はる前
うららかに町を咀嚼する機械
満州も福島も経て畑打つや
比良坂を温く留めたる蝶番
黄砂腫れぼつたくゲバ棒は折れ易く
蝶の軍起てば盆地の煙りけり
靖国は荒ぶるを耐ふ雛真白
雛市を抜け比良坂に出でにけり
塹壕や雛まつる唄とぎれとぎれ
少年が少女に東風をけしかける
花の屍充つる特急あじあ号
朱鷺の王花の高みにとろけたり
国家割れ坂をはためく花衣
革命歌軍歌からまる花の塵
比良坂に植う新しき桃の苗
少年が亀鳴かせれば少女笑む
亀鳴くと武器商人がおろおろす
シベリアの白樺肥えて咲くゆゑん
海面に佇ちつばくらめ仰ぐ兵
老農の舞ふごと迷ふ招魂祭
少女怒れば少年の朧なる
陽は臨界を業として海女照らす
鋼鉄の蛹を割つて超てふてふ
ミサイルに張る蜘蛛の巣を奏でる蝶
厠にてがなるドナドナ窓など無い
蟹共喰パイプオルガン誤爆され
弾も石も尽き掃蕩の肉つぶて
虹染みる身を海鳴りへ投げ出せり
あめふらし愛づるに突如融解す
滴れるウラン生者への一揆
サザエ忌を信ぜぬ輩五月蠅なす
われら汽車業の鉄路は梅雨に入る
外つ星の白痴の神が梅雨と韻く
チェレンコフ光に涼める元帥達
九相図の蛆一匹が弾劾す
少年の黴びて少女に拭はるる
海溝の締まるや鰻したたるとき
苦潮に囲まれて黄泉たぎる国
屈強な婆の田植に里つづく
ギロチンに昼寝覚して刃が落ちない
毒瓶に元帥達の凝固せり
星拉ぐ砲丸として蛇交む
蛇のワルツ紳士淑女の踊り狂ひ
神を喚ぶ花火に焦げて交るべし
祭あと市電がへんなもの撥ねる
少年は少女に触れず滴れる
大いなる精子地底湖に着床
巨き脳わだつみへ煮え墜つる夏
戦ける巨きな鼓膜凪の中
ひまはりを茂らせよ巨人の肉片に
抱けわが瘦身虹の炎え噴くを
まちづくり虹放つ肉まづ敷かれ
寄せては返す羊水の闇枇杷浮かぶ
比良坂のぬめりや蛭のなつかしむ
参道にサルビヤ濡るる産科かな
羽化しては口中を灼くロゴス變
里たぐる糸引歌を婆美しく
少年が少女と遁れ祭絶ゆ
君達へ火蛾の大塊爛れ落つ
人波が人波攫ふ栗咲く香
拳折れ貨車殖え歪む栗咲く獄
自爆死の光栗咲き誇る零時
熱砂熱鎖死霊に自死の自由なく
比良坂や涙のやうに蛆零る
猿山のてつぺん直訴状曝す
枕木を踏む蠓が中有の門
炎帝を射る弓矢なり死蔵せり
朝顔の蜜吸つてから割腹す
少女には少年の雷よく見える
うすものを着てねえさんはテロリスト
三丁目亡ぶ夕焼に交り中り
乳に蛸載せて行き交ふ女たち
ひと交みひきつり千の蓮爆ぜる
人くさきとは比良坂の草いきれ
陽に代はるべく玉虫の湧き迫る
少年が少女跳び越え喜雨降らす
私家版戦後史特需の頁曝せば炭化
破れやすき裸人形奪る祭
賑はしく無間へつづく夜店の灯
螢売無念のかけら売つてをり
炉心灼け削げ孜孜として硫黄島
砲にわが憑きて虹撃つ虹潤ふ
潰えし半身虹もて補完せり吶喊
虹と虹斬り合ふ戦ぎ合ふ臨界
轟沈し大王烏賊をかすめけり
軍産複合体蛆の歌らせん成す
夏負けて生身生霊こぼるる陸
弔銃は無し草笛をただ一度
少年が少女に請はれ灼け渡る
流謫の舌ならむ蛭巻き延ぶは
天心に脈打つて蛭太りけり
夏瘦の少年少女月を研ぐ
蠅帳に護られて反る君の肉
敗戦を肯んぜぬ骨蟹軋む
革命を政府を見捨て婆泳ぐ
零戦よ綻びに海鞘実らしめ
朝焼のピンヒール「パパ刺して来た」
虹吸つて毒瓦斯と化す少女かな
もう言はぬ灼けたマスクにスマイル描く
がりがりと虹に触れては減るあたし
森は濃く馬は気高き汚染域
どこの地下壕も玉虫でいつぱい
抜刀のやうに肋骨抜けアダム
蓮見了へ帝国を踏みしだくべし
歯軋りの八月のため離陸する
螢浴び地獄の覇者になりたくねえ
少年が少女を置いて瀧と聳ゆ
英霊のみ心天降る紅蓮かな
凱旋を照らさむと待つ切子かな
軍票を焚き迎火を保ちけり
秋螢軍馬のかたへ離れざる
英霊へ栗飯の香の立ちにけり
薬莢に翅生えて鳴く汀かな
雁仰ぐ老兵は罅怺へけり
舌だけが活きて母呼ぶ雁のもと
鹿に乗り少女還るは蝕の夜
少年が少女へ銀河起こしけり
少年ヒルコ少女ヒルメの花野明く
稲妻が死兵に告ぐる帰還令
匂ひけり桃の比良坂緋の参道
人の皮脱いだ僕へと流星群
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2012-05-13
153句作品テキスト 竹岡一郎 比良坂變
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