その熊、凶暴につき
『鏡』第6号の一句
山田露結
信じてはいけない熊に月あかり 東直子
冬眠前の腹ごしらえのために食べ物を探しにやってくるのだろうか、秋になると「熊出没」のニュースを目にすることが多いように思う。
つい先日も長野県のとある保育園に玄関のガラスを割って熊が侵入したというニュースを見た。園内は荒らされ、あちこちに熊の爪跡足跡が残されていたのだが、幸い真夜中だったためにケガ人はいなかったようだ。
もしこれが日中の出来事だったら大惨事になっていただろうと思う一方で、誰もいない真夜中の保育園にやって来て、食べ物を見つけられずにヤケクソになって園内を荒らして山へ帰って行ったこの熊の姿を思うと何とも哀れで、つい同情したくなってしまう。
さて、掲句。「信じてはいけない」をどう解釈するかによってさまざまに読みが分かれるだろうか。
童謡「森のくまさん」は、(おそらく襲うつもりで)「お嬢さん、お逃げなさい」(「逃げなきゃ食べちゃうぞ」)と言った熊が、あとからトコトコとひょうきんな足どりでついて来て、女の子が落とした貝殻のイヤリングを拾ってあげるという意味不明な行動をとり、そして、そのイヤリングを拾ってくれたお礼に女の子は熊に歌を歌ってあげるという荒唐無稽なハッピーエンドを迎えるシュールな内容であるが、考えてみればこの童謡に限らず、ティデイベアにしろ、クマのプーさんにしろ(最近では熊本県のマスコットキャラクター「くまモン」というのが人気らしいが)、どうやら世間一般の人は熊を可愛らしくてオチャメな動物だと勘違いしているようなフシがある。いや、しかし、熊が可愛らしいわけはない。
私は掲句を読んだ瞬間、咄嗟に冒頭の保育園に侵入した熊のことを思った。冬に備えて食べ物を求め、おそらく止むに止まれぬ思いで人里に下りて来た熊。しかし、この熊がたどり着いたのは、こともあろうに真夜中の保育園だったのである。もちろん目当てのものは何もない。結局、何を得ることも出来ないまましょんぼり山へ帰って行った熊。もうすぐ冬が来る。ひもじい思いでふと空を見上げる熊。月あかりに寂しく照らされる熊。おそらくこんな熊の姿を見たら、熊を可愛らしい動物だと勘違いしている世間一般の人はきっと「まあ、なんて可哀想なクマさん。お腹が空いてるのね。クマさんがお腹を空かせているのは、人間が森を伐採したりして環境破壊したためにクマさんの好きな木の実が減ってしまった所為なのに。本当に可哀想なクマさん。今すぐそばに行って慰めてあげたいわ。おいしいものを食べさせてあげるから、私の家にいらっしゃいって。」と思うに違いないだろうが、とんでもない。相手は凶暴な野生の熊なのである。妙な仏心を出して下手に近づこうものならたちまち熊の餌食である。熊に襲われてから熊が可愛らしい動物だなんて勘違いだったのね、と気づいても手遅れなのである。あとのまつりなのである。だから掲句は言っているのである。「信じてはいけない」と。
2012-10-28
その熊、凶暴につき 『鏡』第6号の一句 山田露結
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