物語を紡ぐ
結社誌10月号から
ひらのこぼ
広告の表現手法の一つに「ストーリーアピール」というものがあります。ドラマを感じさせるキャッチフレーズで興味を引き、本文(ボディコピー)へと読者を引き込もうというものです。
俳句にも思わず物語を紡ぎ出したくなる、そんな句があります。ただ俳句の場合は十七文字のキャッチフレーズだけ。本文である物語は読者が描きます。
今回は「物語を紡ぐ」句をあれこれ結社誌(2012年10月号)の中から探してみました(結社誌の誌名を作者名の下に表示しています)。
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飛び込んで村の子となる夏の川 岡井敬治(菜の花)
村の小学校へ転校してきた生徒でしょうか。なかなか馴染めないまま日を送っていました。で、この日。思い切って橋の上から川へ飛び込んでようやく仲間と認められます。そんなストーリーを想像させる一句です。その子の輝くような顔まで浮んできます。
蛸茹でてをり島裏は船溜り 加古宗也(若竹)
漁師町での暮らしぶりが鮮やかに描かれています。情景がきっちり描かれているので、読み手もすっと句の世界へ入っていけます。物語を感じさせるかどうかは、やはりその一場面が具体的に描かれているかどうかにかかってくるようです。
七輪を出してはじまる秋の暮 野中亮介(馬酔木)
「さあなにが始まるかは読者でお考えください」という作り方。「秋の暮」がヒントです。昭和の始めの長屋の路地なのか、キャンプ地でのことなのか。読み手の世代によってもストーリーは変わってきます。でもそれでいいのだと思います。
子の家の鰻の膳に着きにけり 佐野わか子(鶴)
「俳句は私小説だ」とは石田波郷の言葉ですが、まさにそんな一句。自分の人生のひとコマが描かれています。「釣堀に嫁の弁当ひらきけり 前原正嗣(鷹)」もシーンの切り取りが巧み。
結構に手間食ふといひ挿苗す 茨木和生(運河)
声を掛けた農作業中の男が手も止めずにぶっきらぼうに答えました。虚子の「どかと解く夏帯に句を書けとこそ」は台詞で登場人物を際立たせていますが、それはこの句でも同じです。
大丈夫かと起こさるる昼寝かな 佐々木冨士子(廻廊)
ハハハ、一体どんな夢を見ていたんでしょうか。そしてどんな寝言だったんでしょう。中七までで「いったい何事?」と読者を引き込んで「じつは昼寝だった」というオチのある句。
水準器の気泡小さし竹の春 広渡敬雄(沖)
モノに語らせるというのは俳句の王道です。この句では水準器。建築現場とかでの会話なども浮んできます。「日脚伸ぶ刺されしままの畳針」は同じ作者の平成二十四年度の角川俳句賞受賞作品から。こちらもドラマを感じさせる句です。
ライバルが気付く香水変へしこと 小津由美(菜の花)
恋の句は思わせぶりなだけに終わってしまって読者をしらけさせがちですが、この句はドラマテイックな状況設定で印象に残ります。「愛の巣はホテル六階夏つばめ 古川みつよ(蕗)」「夜濯ぎや嘘の匂ひの落ちぬシャツ 青柳 飛(秋)」なども具体的情景を詠むことで思わず句のシーンの前後を想像させます。
弁当が一つ足りない敬老日 夏田稀布子(航標)
我先にと弁当を受け取る人、当番の人をなじる人、「私は食欲ないから」と譲ろうとする人などの群像劇です。なんともおかしい。で、少し哀しい。でもこんなことがきっとありそうな…。
果樹園の受付といふ木蔭かな 平石和美(幡)
舞台は整いました。受付はどんな人たちか、どんなお客さまがやって来るのか。キャスティングとストーリーは読者の楽しみにとっておきました。でも爽やかな気分が伝わってきます。
夏帽や背に甲羅めくチェロケース 中村豊美(蘭)
人物像をきっちり描くことで物語が始まります。コンサート会場へでも向かっているんでしょうか。背に大きなチェロケースということで、姿勢よく夏の日射しのなかを歩く姿が浮びます。甲羅に喩えたことでコミカルな味も出ました。
担ぎ手に非番の巡査大神輿 関口波香(春月)
登場人物の職業でキャラクターを表現、物語を紡がせる。そんな句です。ほかに「同僚の今日は神主山開き 金子竜胆(春月)」「金魚飼ふ副園長の丸めがね 藤井彰二(馬酔木)」など。
蜜豆やひとりのほかはハイヒール 岬 雪夫(狩)
気さくな集まり。みんなカジュアルな服装です。そんな中、ばっちりとハイヒールで決めた女性がやってきました。さてこの人っていったいどんな人なんでしょうかという謎掛け。
老夫婦になつたんだ巨船飛鳥の夏 山本敦子(野の会)
定年後に夫婦で世界一周クルーズ。夏休みの国内クルーズかもしれません。そんな船旅での感慨。「老夫婦になったんだ」という独白が効いています。
ほたるぶくろ覗けば長安の小路 小澤 實(澤)
「セレベスに女捨てきし畳かな」(火渡周平)では国際的な舞台で展開されるスケールの大きな物語が詠まれていますが、この句はまた趣きが違います。螢袋のタイムトンネルを抜けると、そこは中国は長安の夏景色でした。
青蛙汝は見張りか留守番か 古川淨雪(氷室)
芥川龍之介の「青蛙おのれもペンキぬりたてか」の後日譚のような句です。なんとも青蛙らしいともいえる役まわり。「自販機の下より覗く守宮かな 金子 弘(琅玕)」では夜行性の守宮の切ない物語が始まります。
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2012-12-02
物語を紡ぐ 結社誌10月号から ひらのこぼ
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