【週俳2月の俳句を読む】
読む側のバイアスか…
松尾清隆
憂国の少女かならず雪に溺れ 竹岡一郎 「神人合一論」
臘梅を育て戦に恋に備へ 同
「憂国」や「戦」といった社会性を帯びた語を盛りつつ、巧みにイメージ化した一連。「雪に溺れ」「恋に備へ」とおさめたことで単なる時事からは離れている。ただし、もっとも魅力を感じたのはそうした色彩のうすい〈 失はれし橋かをる日は凍死あり 〉の一句。全体に、どこかアイロニカルである。
かうかうと氷に空がある拝む 宮本佳世乃 「咲きながら」
富士山にゆふがたのあり冬終る 同
一句め、氷に映った空を詠んでいる。太陽や月への崇敬というのは普遍的なものだが、反射光を間接的に「拝む」というところに独自性がある。二句め、下五が「春隣」であったならいささかめでた過ぎの印象となるところ。「冬終る」とという春への期待感を込めない表現としたことで、霊峰のもつ静謐さがでた。
初夢やゆゑなく泣いて覚めにけり 照屋眞理子 「雪の弾」
にんげんは戦争が好き雪の弾 同
一句め、目が覚めたときに理由もわからず泣いていたという。おそらくは直前にみていた夢のせいなのだが、その記憶は既にうしなわれている。夢という事象をよく捉えており、それが「初夢」というのも気が利いている。二句め、無邪気な雪遊びの景が詠まれているが、雪合戦ではなくて「戦争」と言い換えられていることにはっとさせられる。
煙るような目をしていたり梅咲いて 皆川 燈 「千年のち」
寒夕焼から国境がこぼれおちる 同
一句め、「煙るような目」というのは、眩しげに見上げている様子と読んだ。二句め、時節柄、領空や領海といったことが頻りに報道されている。そうした現況での「国境」に対する意識の変容(それ自体の賛否は措く)が素直に表出されているといえよう。
摘草を料るにさつといふ手順 中原道夫 「西下」
括淡と延べ春の湖國土なす 同
一句め、「料る」は料理することの古風な言い方。広辞苑を引くと芭蕉の用例がでているので以前から気になっていた。現代俳句で用いられることは稀であろう。さっと湯掻いたか。二句め、湖のなめらかな水面もまた「國土」であるとの発想は、やはり領海云々ということと結びついているように思われる。あるいは、読む側に時事的バイアスがかかっているのか。
掌がゴムの匂ひや冴返る 岩田由美 「中ジョッキ」
すぐにまた元のごとくに囀れる 同
兄弟の間を通る春の蠅 同
一句め、家事用のゴム手袋をはずした際に生ずる僅かな心の動き。これを些細なこととして捨て置かないところが妙技。二句めも、自身の存在が鳥たちに及ぼした寸秒の変化を見逃さない。三句めも、些事をとらえることでアンニュイな世界観が表出されている。とても好きな句。
第302号 2013年2月3日
■竹岡一郎 神人合一論 10句 ≫読む
■宮本佳世乃 咲きながら 10句 ≫読む
第303号 2013年2月10日
■照屋眞理子 雪の弾 10句 ≫読む
第304号 2013年2月17日
■皆川 燈 千年のち 10句 ≫読む
第305号 2013年2月24日
■中原道夫 西下 12句 ≫読む
■岩田由美 中ジョッキ 10句 ≫読む
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