2013-11-03

2013落選展テキスト 6カナダ 杉原祐之

6 カナダ 杉原祐之

花冷えのクラムチャウダー湯気を立て
弁当を使ふ男に花吹雪
摩天楼まで池があり花があり
葉桜となりつつ池へ枝垂れけり
機関区の脇を徐行や立葵
子の甚平(じんべ)ハンケチほどの大きさよ
ショッピングカートはみ出す西瓜かな
金曜の午後のけだるさ日の盛り
スタンドの三階席に西日差す
夜涼みを襲つて来たる驟雨かな
プライベートビーチの二畳肌を焼く
起き抜けて未明の夏炉守りにけり
ムスリムの黒衣を畳み泳ぎをり
海軍の兵学校のヨットかな
立秋を明日に湖の暮れてゆく
秋冷の二重扉を押しにけり
秋耕の一往復に日の暮るる
栞折れ秋の風鈴鳴りにけり 
妻に子がくつついて寝る野分かな
ハロゥインの明けて冷たき朝の雨
客船や霧をまとうて躙りくる
休憩にスープをすする夜学かな
日系人会館おでん煮えにけり
炉開の妻のオリーブ色の帯
鍋の蓋焦げてをるなり十夜粥
試合果てスケートリンク冷えて来し
雪囲されたる村の小橋かな
短日の人混みに揉まれるままに
ショッピングカート行き交ふ師走かな
冷やかに小銭は恵むためのもの
毛糸編みタイヤ交換待ちにけり
ターミナルビルを震はせ虎落笛
背中より湯気を発するラガーかな
竹薮で目隠しをせる避寒宿
旅先の簡易剃刀初手水
音もなく吹雪となつてゐたりけり
雪嶺をロングビーチに仰ぎみる
渋滞の先頭にゐしラッセル車
耳当の顎まで届き子の眠る
敷石を傾かせゐる霜柱
雪を掻くサクマドロップ舐めながら
解氷の川風強く吹きにけり
磨ぎ汁の白濁の濃き寒夜かな
氷柱垂れ掘立小屋の潰れあり
釣銭の合つてをらざる毛皮売
樏をはきてテントを見廻れる
管理人雪の森より現るる
結氷の真っ只中に着陸す
滝飛沫浴びたるままの樹氷かな
真青なるカナダの空や田鶴渡る


2 comments:

天気 さんのコメント...

「日記のような句」とは、悪い意味で言われることが多いようですが、日記のような句もあっていいと思う。覗いてみたい日記もあるのだから。

>雪を掻くサクマドロップ舐めながら

サクマドロップとそこまで具体的なことを書かない日記もあるだろうし(ただ「雪掻きをした」と書くような日記)、書く日記もあるだろう。覗きたいのは後者。

缶の蓋を開けてひとつ取り出し、また蓋を閉じる。カッポン、カッポンという音が残響。雪掻く動きと音がそこにあるだけだとしても。

「ご苦労さまです」というのが、この句の読者として正しい態度。情(じょう)の深い読者なら、作者の口中にあるドロップのひと粒と自分とを重ね合わせるかもしれません。

上田信治 さんのコメント...

6 カナダ 杉原祐之

摩天楼まで池があり花があり
渋滞の先頭にゐしラッセル車
日系人会館おでん煮えにけり

俳句には「報告」の徳というものがあるような気がします。
「世界はこうでした」「そうですか」というやりとりの、お釣りのない完結感。

冷やかに小銭は恵むためのもの

虚子もこう詠んだかもしれないというところ。ちょっと仮装っぽいわけですが。

真青なるカナダの空や田鶴渡る

ある意味「仮装」空間ということかもしれません。