俳句の自然 子規への遡行27
橋本 直
初出『若竹』2013年4月号
(一部改変がある)
(一部改変がある)
子規の時鳥の句の検討に戻る。本連載の二十四回では既存の俚諺故事等を取り入れた句、二十五回では近代の新しい文物を詠んだ句についてそれぞれ検討した。今回は、これまでにみたもの以外の時鳥の句の中で、事実やそれに付随して思ったことをそのまま句にしたと読める句をとりあげる。それは一応、「写生」句にもみえる句群である。
1. 聞に出て行き違ひけり鵑 明治二十五
2. 朝起は妻にまけたりほとゝきす 同
3. 頬杖の鉄扇いたし時鳥 同
4. 月もなし時鳥もなし風の音 同二十六
5. 一月に二夜の闇や時鳥 同
6. 郭公はてなき海へ鳴て行く 同
7. 時鳥昼もぬれたる寺の屋根 同
8. 時鳥二声嵐三声雨 同
9. 窓推すや其時遅し時鳥 同
10. 老鶯若時鳥今年竹 同
11. 石門の中に月あり時鳥 同二十七
12. 時鳥千代田の城は堀一重 同
13. 時鳥都大路の人通り 同
14. 時鳥それなら寝るのぢやなかつたに 同二十八
15. 時鳥山手通と覚えけり 同
16. 時鳥鳴くや上野の森の上 同二十九
17. 時鳥しはらくあつて雨到る 同三十
18. 時鳥毎晩鳴て足痛し 同三十
19. 時鳥夜滝を見る山の道 同三十
20. 鶯は婆アとなりぬ時鳥 同三十一
21. 鉢植の花なくなりぬ時鳥 同
22. 時鳥一尺の鮎串にあり 同
23. 時鳥雲にぬれたる朝の窓 同
24. 時鳥しはぶき聞ゆ堂の隅 同
25. 時鳥癪をさまりし夜明方 同
26. 青梅に檐の曇りや時鳥 同
27. 床の間の牡丹の闇や時鳥 同三十二
28. 鉢植の梅の実黄なり時鳥 同三十三
29. 時鳥辞世の一句なかりしや 同三十五
30. 時鳥啼かず卯の花くだしつゝ 同
特徴にそって分類してゆくと、まず、時鳥と他の要素の配合によってうまれる趣向の面白さをねらったとおぼしき句群(以下、紙幅の都合で先の引用から番号のみあげる)〈6、7、11、16、22、23、24、26、27、28〉。
これらの句作は、現在も基本的な作句法の一つであり、失敗が少ないように思う。ただし、6「郭公はてなき海へ鳴て行く」は、後年の誓子の「海に出て凩帰るところなし」を彷彿とさせるところがあるが、鳴きながら海上に消える時鳥というのは、果たして現実に基づいたものかどうか。
また、7「時鳥昼もぬれたる寺の屋根」は子規が「写生」を知る前の句であるが、いまの俳人が見れば写生句と見られるのではないか。なお、26から28の句は季重なりだが、明治大正の俳人は一方に焦点がはっきりしていれば今程季重なりにうるさくはない。
次に、備忘、つぶやき、ちょっとした発見のスケッチにあたるもの〈2、4、5、12、14、15、19〉。
これらは、特に技巧や趣向をこらすというより、あったことや思いつきをそのまま句に仕立てた理屈寄りの句群である。5の「一月に二夜の闇や時鳥」は、おそらく一か月に二回新月があったという事実に季語を取り合わせた句。先述の近代の新しい文物に関連することになるが、旧暦から新暦に変わったことによって旧暦時代には原則的におこらなかったことが新暦ではすくなからずおこる事象となったことをそのまま句にしていると思われる。
14の中七下五「それなら寝るのぢやなかつたに」は、当世風に言えばツイッターのつぶやきのようであるが、「落膽落膽といふ小歌のはやりければ」と前書があり、時鳥が鳴くのを待ちきれず眠ってしまった落胆の気持ちを詠んだものである。つまりは虚構らしく、また上五の切れを強く意識すると、句意が通じにくくもなる。
次に、本意として時鳥が鳴き声を愛でるものであることを用い、その鳴き声を軸に句中に時間の経過を詠み込んだもの〈1、3、9、10、17、20、21、31〉。
先に引いた14も、このうちに含められよう。1「聞に出て行き違ひけり鵑」と9「窓推すや其時遅し時鳥」は同想句とみていいと思う。なかなか思うようにならない自然が相手、という趣向の立て方で既に理屈である。
先の5の句などもそうだが、初期の子規は割にこのような知に偏る作りを好む。3もいわゆる「鳴くまで待とう」の武将を彷彿とさせ、川柳のようである。17も「しばらくあつて」がやや思わせぶりであるし、20は老鶯を俗な表現で俳諧化したのが理屈だろう。最晩年の30「時鳥啼かず卯の花くだしつゝ」にいたって、ようやく余分な言い回しを削り落とし、事実のみを取り合わせて時間の経過をうまく詠み込めているように思われる。
最後に、自己の身体にかかわる句〈18、25、30〉。この三句は、子規の生涯を知っている者にはその辛さが伝わる句であろう。18「時鳥毎晩鳴て足痛し」の「鳴て」は「泣て」との掛詞になっており、子規自身の悲鳴でもある。30は実際はそうならなかったが、辞世の句も詠めずに衰えて死ぬかもしれない自己への感慨が重いだろう。
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