俳句警察24時〜『遊戯の家』に潜入せよ!〜
絵・文 石原ユキオ
警視庁捜査第575課、通称俳句警察。ここでは事件性のある俳句について日夜捜査が行われている。
山さん「今回の被疑者は金原まさ子『遊戯の家』(金雀枝舎、2010年)だ」
インバネス「ゆうぎのいえ? 目が回りそうな題字ですね、山さん」
山さん「ゆげのいえと読む。遊戯(ゆげ)ってのは仏教用語で『心の赴くまま自在にふるまう』って意味だ」
インバネス「あやしい! 法令を守ろうという気持ちが感じられない!」
山さん「さっそく捜査だ」
入国す女掏摸花虻団一行 金原まさ子(以下同)
インバネス「『入国す』で切れています。5・5・10の変則的なリズム。季語『虻(あぶ)』が虻そのものではなく犯罪組織の名称の一部にカモフラージュされています。一息に詠まれた『女掏摸花虻団一行』の字余りは、女掏摸が何人も列をなして姿を現す様子のようにも思えます」
山さん「どんな組織か推理してみろ」
インバネス「国際犯罪組織ですね。国籍はわかりませんが日本語に訳したら『花虻団』になるんでしょうか。同じ組織が蛇頭と呼ばれたりスネークヘッドと呼ばれたりしますから。構成員は全員女性……ああ……」
山さん「どうした! しっかりしろ! インバネス!」
インバネス「う……春の日差しの降り注ぐ空港……。スカーフを風になびかせて飛行機のタラップを降りてくるサングラスの美女たちを想像していたらうっとりしてしまいました……!」
山さん「なるほどな。花虻の透ける羽からスカーフを、複眼からレトロかわいい大ぶりのサングラスを連想したのか」
インバネス「レトロかわいい……山さん、言うことが女性ファッション誌みたいですね!」
山さん「うるせえ。年頃の娘がいるから言葉遣いがうつるんだよ」
インバネス「花虻は花から花へ蜜を吸いながら移動していきます。主な被害者は華やかな富裕層ではないかと思われます」
山さん「これがもし『牛虻団』だったら印象がまったく変わってくるな」
インバネス「掏摸じゃなくて強盗団っぽくなりますね」
山さん「やっぱり花虻団じゃないとな。虻は植物の受粉を促す存在でもある。財布を抜き取るかわりに何か幸運をもたらしてくれそうじゃねえか」
インバネス「だからって犯罪組織の暗躍を許しておくわけには……」
山さん「しばらく泳がして様子を見るぞ。さあ、次の句だ」
連翹の根もとに腕のようなもの
指一本挿してありライムジャムの壺
インバネス「二句まとめて死体遺棄容疑がかかっています」
山さん「レンギョウってどんな花だったかな」
インバネス「そう言われると思ってWikiっておきました! こんな花です。春に開花します」
山さん「春先はこういう奴が増えて困るんだよ。桜の木の下に死体を埋めたり連翹の根元に腕置いたりな……」
インバネス「飽くまで『腕のようなもの』です。『バールのようなもの』は『バール』とは言い切れません。この件も断定するには証拠不十分です。しかし、血の色を失った腕が満開の連翹の下で黄色い光を浴びているところを想像すると……あぁん……」
山さん「どうした! しっかりしろ! インバネス!!」
インバネス「はっ……またうっとりしてしまいました!」
山さん「大丈夫か。二句目を推理しよう」
インバネス「ライムジャムを再現してまいりました。こちらです」
山さん「ほう」
インバネス「『壺』と書いてあるのを尊重して、金属の蓋付きの『瓶』ではなく樹脂製の蓋付きの『ジャムポット』に入れてみました」
山さん「うーん。どれどれ。ゲッ! 指が入ってる!」
インバネス「暴力団から押収したものです」
山さん「気持ち悪いもん作るなよ!」
インバネス「大丈夫です。暴力団から押収した証拠品の中に紛れ込んでたジョークグッズの指です。ロフトとかで売ってるやつ」
山さん「心臓に悪い……。こんなふうに細かく刻んだライムの皮も一緒にジャムにしてあると、中に多少変なもん入ってても一瞬気付かないな」
インバネス「そうなんです! ライムジャムの中に挿してあるものは犯人以外知り得ない。この句は犯人の立場から詠まれたものと言えます」
山さん「ひんやり冷えたジャムに指突っ込んでみたくなる気持ちをシュルレアリスムっぽく言ってみただけなんじねえかって気もするけどな……」
インバネス「だとしても衛生面で問題があります。食品衛生法違反で逮捕できますよ。そうだ、山さん。ここ見てください。殺人未遂の句があるんです」
裸寝の父は鳥葬にしてやらん
山さん「やさしい娘じゃねえか」
インバネス「えっ。そうでしょうか。父親が死ぬ話してますよ」
山さん「いやいや、これは愛だよ。仕事に疲れてお風呂上がりに裸のまま眠ってしまったパパ。大好きなパパ。パパももう結構な歳だ。こんなおだやかな寝顔のままいつか死んでしまうのだ。つらい。さびしい。パパが死んだら大自然に還っていけるように鳥葬にしよう。鳥と一緒に大空へ還っていったパパはやがて千の風となって……わぁたぁしぃのぉぉぉぉ〜♪」
インバネス「山さんだめです。JASRACが怖いのでそれ以上言わないでください」
山さん「泣ける話だろ」
インバネス「鳥葬ってどうやるかご存知ですか」
山さん「山の上に遺体を運んでいって鳥に食わせるんだろ? チベットの葬送の方法だよな」
インバネス「その際に、専門の職人に頼んで遺体を切り刻んでもらいます。食べ残しがあったら成仏できないと考えられているからです。細かく刻んだ肉をハゲワシっていうでっかい鳥につつかせます。画像は自己責任でググってください」
山さん「……ウッ……。けっこう手間がかかるんだな」
インバネス「俺が『鳥葬』と聞いたときにもっとも生々しく想像してしまうのは、鉈で人間のからだを分解している段階なんです。『裸寝』から『鳥葬』を連想するのはわかります。しかし、生きているひとをそのまま鳥葬にすることはできません。息の根を止める必要がある。『してやらん』という言葉には自ら手を下そうという意志が込められています。暑苦しい夏をより暑苦しくしている裸寝の父。もう嫌だ。我慢ならん。出刃包丁でギッタギタに解体してやる! そして鳥につつかせてやる! ああ! この強い強い殺意……!」
山さん「落ち着けインバネス! お前さん、父親になんか恨みでもあるのか」
インバネス「そんなわけで俺はこの句を殺人未遂と考えます。ちなみに日本でおこなった場合、鳥葬も死体遺棄です」
山さん「『遊戯の家』、死体遺棄率が高いな」
インバネス「青蜥蜴をなぶったり、モグラを剥いたり、動物虐待の句も目立ちます」
山さん「ううむ。動物虐待は猟奇殺人に繋がるからな。要注意だ」
インバネス「あっ……山さん」
山さん「なんだ」
インバネス「被疑者はすでに捕まる覚悟ができているのかもしれません。こんな句が見つかりました」
流氷を視ており牢屋へ入る前
2014-04-20
俳句警察24時〜『遊戯の家』に潜入せよ!〜 石原ユキオ
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