2014-11-16

『後藤兼志全句集』刊行のお知らせ 平山雄一

『後藤兼志全句集』刊行のお知らせ

平山雄一



昨年2013年2月に永眠した句友・後藤兼志さんの全句集『後藤兼志全句集』(企画制作:「鴻」はなのき句会/発行所:「鴻」)が完成した。

文庫本サイズで、144ページ、600句以上を収録。文字は大き目で、老眼鏡にも優しい一冊となっている。

兼志さんは生前、「鴻」俳句会の同人会長を務め、一方で「鴻」誌のデザインとディレクションを担当。読みやすく端整な誌面デザインと、様々な連載企画、何より俳句結社誌史上初の裏表紙4コマ俳論漫画の掲載を実現したのは画期的だった。

同人会長としては、会員ができるだけ気軽に俳句を楽しめる工夫にいつも腐心されていた。権威主義の排除や過剰な支出を抑えた結社の運営を志し、そのためなら活発な議論も厭わない、真のリベラリストだった。結果、「鴻」は風通しの良い結社に成長していったのである。そうした兼志イズムの結晶が、先師・吉田鴻司の全句集だった。

まず、誰もがいつでも読めるようにと、持ち運びに便利な文庫本サイズを選択した。普通は記念碑的句集であれば、豪華な箱入りの本を想像するが、兼志さんはあくまで実用に主眼を置いた。その流れで、「読者には最新の作品から読んでもらうべき」と、作品を逆年代順にしたほうがよいと提言された。さらには歌と酒を愛した鴻司師の人柄を表わそうと、表紙には軽妙な似顔イラストを描いた。そうして出来上がった『吉田鴻司全句集』は、大いに評判を呼び、本棚に死蔵されることなく、多くの人々に読まれることになった。

僕はそうした経緯を目撃していたから、今回、兼志さんの全句集出版のお手伝いを申し出た時、出来るだけ兼志さんらしい本にしたく思った。それゆえ文庫本サイズ、最新の作品から順に句を並べることになった。兼志さんの第一句集『遊』(ゆう)は全句集の後半に置かれ、前半は増成栗人主宰の選も頂いた『遊』以降の三百五十句の遺句集『風』(ふう)とし、その二つのブロックで本書は構成されている。

企画制作は、兼志さんのホームグラウンド名古屋の“はなのき句会”で、表紙の題字は、兼志さんの最後の弟子で、日展作家である伊藤隆さんが揮毫している。兼志さん所縁の人たちの手によって、全句集は上梓の日を迎えた。

僕がこの句集で最も共感したのは、「紙雛のもてはやされし汚れかな」である。僕は音楽評論を仕事にしているので、“人気者”に接する機会が多い。たとえばアイドルはこの紙雛のように、人々を楽しませながら汚れていく宿命を負っている。それは“名誉の汚れ”と言うべきもので、どれだけ多くの人を喜ばせたのかの証でもある。そしてその汚れがその人の個性になり、顔に刻まれた皺になったとき、アイドルから脱け出してアーティストと呼ばれるようになる。現在活躍中の歌手や女優にも、かつて紙の雛だった人が大勢いる。僕にとってこの一句は、“芸能の本質”を描いた秀句に思えてならない。フリーのエディトリアル・デザイナーだった兼志さんは、表現を仕事にすることの表裏をよく知っていたのだと思う。

ぜひ一読をお薦めしたい。


『後藤兼志全句集』30句

遺句集『風』より

揺れ足りしものより枯れのはじまれり
あおぞらの下の八月十五日
飲みほしてよりさくら湯のにほひけり
セーターを着て風狂に遠くをり
耳ふたつ口一つ春惜しみけり
芒野をモーゼのごとくすすみけり
ふくらんで紙風船の空つぽに
蛸の足おくれて蛸の頭かな
綿虫を受けし手のひらもてあます
陶枕に似て冬瓜のうすみどり
紙雛のもてはやされし汚れかな
ひよんの実を吹くとき眼つむりけり
瓢とはうしろすがたのかたちかな
鵜飼見る船のいづれも傾きぬ
負独楽に自づと色のもどりたる
沢蟹のかたむきながら沈みけり
蝌蚪沈む影とひとつになるために
何か言はねば懐手解かねば

第1句集『遊』より

雪に田をあけわたしたる明るさよ
ためらはず草色となる夏の虫
指で溶く絵の具つめたき神の留守
啓蟄やたてよこに振る仔馬の尾
子蛙やいのちといふはやはらかし
技人の国の蓑虫よく垂るる
高天原へ降臨の田螺かな
遠吠えを仔犬がおぼえ別れ霜
落し文どんな顔して拾はうか
かいつぶり幾度浮きても同じ景
せがまれて茅の輪なんどもくぐりけり
なんのやらわからぬ種も蒔きにけり



【購入申し込み先】
半谷洋子
〒456-0053
名古屋市熱田区1番2-22-5-502
電話・FAX:052-653-5090
メールアドレス:youko.7471xqhanyj@r6.dion.ne.jp
価格:1200円(送料込)





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