2015-11-22

【八田木枯の一句】インバネス戀のていをんやけどかな 太田うさぎ

【八田木枯の一句】
インバネス戀のていをんやけどかな

太田うさぎ


インバネス戀のていをんやけどかな  八田木枯

『鏡』第4号(2012年刊)より。

俗に「燃えるような恋」、「恋の炎に身を焦がす」などとも言うように、恋情は高温というのが通り相場だ。

けれども、おおっぴらにせず、自分で自分を昂らせることもなく、ひそやかに育む恋心もある。

インバネス、いわゆる二重廻しにしっかり包まれた身の内から生まれた微熱は外へ放出されることなく、自分だけを温め続ける。いかに抑制された熱とはいえ、長い間触れ続ければ危険。普通の火傷より低温やけどの方が時には症状が重く、気づいた時にはダメージは内側へ及ぶらしい。皮膚の下が腫れたり、皮下組織を壊すのだとか。あな怖ろしや、低温の恋。

この俳句は、けれどもそんな自家中毒症状を愉しんでいるかのよう。結局のところ、ひとりでじりじりと身を焦がすのが恋の醍醐味でもあるのだし。ダウンコートの前をはだけて恋人に駆け寄るのもいいけれど、こんなインバネスの恋もしてみたくなる。「ていをんやけどかな」の平仮名表記にはゆとりすら感じられてどうにもニクイ。

「鏡」4号は木枯さん最後の寄稿であり、「幕下ろす」のタイトルのもと14句が掲載された。タイトルからして予感的な作品のなかにこのような1句を置く、その粋な計らいに八田木枯という俳人の矜持を見る思いもするのだ。


1 comments:

ハードエッジ さんのコメント...

金属に疲労ありけりなめくぢら  ハードエッジ 2015.11.29

ヒント感謝