俳句の自然 子規への遡行48
橋本 直
初出『若竹』2015年2月号 (一部改変がある)
「俳句分類」乙号、丙号、丁号の内容の検討に移る。これまで検討してきた甲号について簡潔に振り返っておくと、甲号は季語を軸として膨大な句を収集したいわゆる類題句集の一種といっても良いものであった。例えば、以前取り上げた「今朝の春」であれば、季語で集めた句をさらに「地理、器物、衣冠、神人、肢体、土木、飲食、神仏類、人倫、飲食、身体、心、時令、建築」などの組み合わせによる子規独特の方法でさらに細かく分類を加えてある。横軸に季語、縦軸にこれらの分類の項目をあてたものとも言えるのであるのに対して、これから検討する乙号は、この縦軸を横にして項目をさらに細分化したものということになるだろうか。
例えば、まず「地理」であれば、「奈良」「伊豆」「大仏」などの、いわゆる名所旧跡などが句に詠まれたものをそれぞれ集めてあり、特に子規の思い入れが強く、実際に数多く詠まれてもいた「富士」には、さらに甲号と同じように細かな下位分類が加えてある。また、「器物」であれば、「椅子」「徳利」「提灯」などの語が用いられた句があつめてある。
面白いのは、季語ではない分、項目立てが自由であるので、例えば「器物」のあとに「武器楽器玩具外国品舟車」という項目が立てられており、一見支離滅裂だが、おそらく甲号の分類を進めるうちにそれらが目についたから改めて整理したのであろうし、かつ、そこに子規の嗜好が反映されているということなのだろう。
そして「人事」になると、分類はさまざまな領域に広がる。「浮世」「へそくり」「手占」「病」「潮来節」「笑」「隣」「嗅ぐ」「顔」等々の一八〇を越える項目が立てられ、人にまつわるのものはもちろん、「日本晴」「地震」など、人事と思われないようなものまで含まれ、三句分類されている。
こぞは雨日本晴やけふの春 春可
地震せぬと雉子あはするは鷹野哉 一笑
時鳥地震に似たり縁の人 専吟
「日本晴」は、もちろん快晴のことであるが、心のありようも掛けてある句として人事と分類したものとおもわれる。「地震」の一句目は、雉子が鳴くと地震が起こるという俚言に基づいて、鷹狩りで雉子が地震がないと予言したとでもいうような意味になるだろうか。二句目はよくわからない。いずれにせよ、子規がこれらを分類した方針がくみ取りにくいが、それぞれの言葉に人事の意味があると言うより、人事の句として読めるということによるものだろうか。
次の項目「季節外、景物衣冠」中には、季語を中心として編まれる甲号のような類題句集的な分類では見えてこない、季語として使われていない季語が「季節外」として立項されている。これは平たく言えば季重なりにあたる。季重なりは現代の俳人には嫌われる傾向があるが、一句一季語をうるさく言う歴史はそう古くはない。たとえば、「春時月」であれば、
正月も丸うなりけり松の月 五渡
舟ならし江のこゑかすむ夕月夜 心敬
のように、主たる季語(ここでは「正月」「霞」)とともに詠み込まれている月を集めてある。この分類には他に「夏季月」「初時雨」「春雨」「秋季時雨」「雪」「蟹」「蝶」「秋季柳」「桜」「紅葉」など。その他に、「景物」には「山」「水」、「衣冠」には「足袋」「笠」「下駄」などの項目が並び、例えば「笠」ならば、ただの笠だけではなく、「小笠」「花笠」「市女笠」など二〇近い種類分けがなされている。
さらに、もう一つ興味深いところは、この後に立ててある「女流」のはじめが「家刀自」「妹」「母」「母親」「母人」であることで、「妹」は「いも」の春夏秋冬と「いもうと」で五項目をたててあり、「母」はもっと項目が細かい。よく知られているように、病床にあった子規の面倒を見たのは母の八重と妹の律であり、まずそこが念頭にあってのことだろうと思われる。が、読みが「いもうと」ではなく「いも」であれば、愛する人を詠んだ句になる。子規自身の作句傾向で言えば、この「いも」と詠む恋の句がかなりあるので、いずれ触れてみたいと思っている。
また、やや横道に逸れるが、子規が自分の「いもうと」や「母」を詠んだと思われる句は案外に多くはないので、この機会にいくつか紹介しておくと、
母 母人は江戸はじめての春日哉 明治26年
何とせん母痩せたまふ秋の風 同27
行く年や母健かに我れ病めり 同29
母人へ冬の筍もて歸る 同29
珍らしきみかむや母に參らする 同35
妹 妹に軍書讀まする夜長哉 明治26
薔薇の花マリーと呼ぶは妹なり 同31
妹に七夕星を教へけり 同32
七夕の色紙分つ妹かな 同32
このように、母にはやはり孝行の思いが濃く出る一方、最も世話になったであろう妹の句は、淡々と詠んでいる印象を受ける。それから、
母ト二人イモウトヲ待ツ夜寒カナ 同34
は二人とも詠まれた句で、子規一家の侘び住まいが偲ばれる句であろう。
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