【みみず・ぶっくすBOOKS】第2回
ドミニク・シポー&見目誠編『月と我/雑誌「馬酔木」の最も美しい俳句集』
小津夜景
ウラハイの【みみず・ぶっくす】を一時休載してお届けしているフランスの本屋探訪。第2回に紹介するのは『月と我/雑誌「馬酔木」の最も美しい俳句集』という本だ。私でも知っている(=義務教育で習う)あの有名結社のアンソロジーである。こんなの、並の日本人はまず手に取る機会がないだろう。ちなみにこれを買うことにしたのは、前回とりあげた本と編者が同じだったから。
本文134頁。価格は6,5€=約800円。 |
もっとも最初この本を目にしたときは「最も美しい俳句」なるサブタイトルがいかにも怪しいので「うーん。いまだかつてこの手の副題のついた本で美しいものを見たことない気が。いや、そんなどうでも良い話じゃなくて、このサブタイトル、いわゆる『オリエンタリズム』っぽくない?」と買うかどうか少し悩んだ。だが一応念の為と思い、もう一人の編者である「見目誠」をスマホで検索してみたら、なんとこの人物「馬酔木」の俳人である。ということはオリエンタリズムではなく単なる自誌礼賛なのか……とあれこれ考えつつ結局購入。
つるつるしている。 |
さて「馬酔木」のよりすぐりの作品が収録されている本書、とりあえず中身は脇に置いてまずは外見の話をすると、ご覧の通りたいそう清潔感のある白のペーパーバックで、青の差し色がサニタリー感をより極めた造りとなっている。表紙がほんのりエナメルっぽいのも新鮮だ。写真からその質感が伝わるか微妙だが、この表紙の白さは、午前中の明るいキッチンにある冷蔵庫を連想してもらえばほぼ完璧といえる。
本文の紙も涼しげな雰囲気。 |
本をひらいて前書きをみると、冒頭に「『馬酔木』は日本の重要な俳句雑誌の名称で、今日では『ホトトギス』より有名です」という一文。へえ。そうだったのか。完全に一般人のあずかり知らない業界秘話だ。というか、俳句をはじめたばかりの自分は『俳コレ』参加の坂西敦子が所属していたり、昨年テレビで偶然見かけた稲畑廣太郎に不思議なタレント性を感じたりしたこともあって、なんとなく『ホトトギス』の方が今でも業界随一の大手プロダクションなんだろうなあと勝手に思っていた。それだけにこの冒頭文は意外である(ちなみに私の『馬酔木』のイメージは「控えめな華」といったもの)。
《4S》の説明も抜かりなく。
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前書きの締めくくりは「秋櫻子の息子春郎の主催するこの質の高い雑誌は、63名の教師と98名の助手によるグループ下に1500名の会員を有します。今日ではさらなる保守本流となった馬酔木の作風は虚子および秋櫻子の筆法に則っており、本書ではこれら二つの作風を、男女の声のバランスに配慮しつつ皆さんにご紹介します」うんぬん。男女のバランスに配慮する、とわざわざ断るところに奥ゆかしさを感じる。
序文はオリヴィエ・アダム。とてもシンプルな文章を書く作家らしい。彼の小説で最近映画になった « Le Cœur régulier »は隠岐が舞台なので観た人もいるかもしれない(邦題は『KOKORO-心』)。この序文において彼は、トリュフォーやブコウスキーを引用しつつ自己の俳句観をまず語った後、ヘミングウェイの《For sale: baby shoes, never worn.( 売ります : 赤ちゃんの靴、未使用 )》というたった6つの単語から成る小説を引き合いに出し「形式、韻律、季語ないしその関連語など、ここには俳句の基礎を拒むものがひとつもない」「俳句とは音楽と浄化をめぐる最後のレッスン即ち《less is more》を私たちに授けるのである——厳格と情感といった矛盾を抱き交わしながら」と俳句の神髄をまとめる。
うーん、うーん。この Six Word Story、たまらなく粋な三歩格だなあ。たしかに音楽と浄化が感じられて、かつ厳格と情感が羽交いに抱きあったよう。ヘミングウェイってこんなに素敵だったんだ。どうりでファンが多いはずだよ……。
ローマ字表記もついていて親切。
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『月と我』の本文は見開き四句。収録人数は59人。収録数が6句以上の名前と作品を引いておく。
水原春郎(20句)
マロニエ咲く昔も今も通学路
丹羽啓子(13句)
草分くる犬の巻き毛やいわし雲
林翔(11句)
雲流る白木蓮白を極むべく
ほんだゆき(10句)
胸元にいつも風ある薄衣
西川織子(9句)
無言には無言で添へり夕螢
藤原たかを(7句)
たをやかな風が落ちあふ春の辻
徳田千鶴子(6句)
シャンプーの泡の虹色春立てり(※これは本書の巻頭句)
渡邊千枝子(6句)
ほととぎす晩年へ刻きざみをり
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