【八田木枯の一句】
金魚死に幾日か過ぎさらに過ぎ
角谷昌子
金魚死に幾日か過ぎさらに過ぎ 八田木枯
第六句集『鏡騒』(2010年)より。
水槽を泳ぎ廻っていた金魚が、ひとところでずっと尾鰭を漂わせているようになった。やがてだんだん動かなくなり、或る日、水面に腹を見せてひっそりと浮かんでしまった。最後の一匹だったので、水槽の中に動くものはなくなった。あおざめた水を通して、書棚に並んだ本がゆがんで見える。
特にこころを傾けていた金魚ではない。子供が夏祭の縁日でとってきた三匹のうち、一匹だけなんとなく生き残っていた。名前をもらうこともなかった金魚は、庭の隅に埋められたが、墓はない。いまは草が覆ってしまい、どこだったかも定かではない。
金魚がいつ死んだか、もう記憶はあいまいだが、さらさらと流れる月日のかなたに、ふと金魚の輝く鱗がひらめくことがある。忘却のかなたに、さまざまなものの溶けてゆくなか、金魚の赤がまなうらにちらつくとき、こころにかすかな痛みが走る。
木枯の師山口誓子の句に〈友の金魚死なんとするを吻つつく〉がある。死にかけている仲間をつついている光景を客観的に描いているようだが、「友」としたところに、「非情の目」と呼ばれる誓子の意外に情深い一面がのぞいている。誓子は、たくさんの動物を詠んでいるが、金魚の句も多く、全部で60句ある。この誓子の句から、次の石垣りんの詩を思い出す。
水槽 石垣りん
熱帯魚が死んだ。
白いちいさい腹をかえして
沈んでいった。
仲間はつと寄ってきて
口先でつついた。
表情ひとつ変えないで。
もう一匹が近づいてつつく。
長い時間をかけて
食う。
これは善だ
これ以上に善があるなら……
魚は水面まで上がってきて、いった。
いってみろよ。
木枯の掲句は、もしかしたら、時間をかけて食われた金魚の永劫の弔いを詠んだのかもしれない。悼む対象の消え失せた水槽の水は、決して澱むことのないはずの「善」に充たされ、光を集めている。いや、まてよ……水が匂いはじめたのはなぜだ。
2016-07-17
【八田木枯の一句】金魚死に幾日か過ぎさらに過ぎ 角谷昌子
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