俳句の自然 子規への遡行53
橋本 直
初出『若竹』2015年6月号 (一部改変がある)
さらに「丙号分類」の検討を継続する。字余りの句に続いては、同じ語が複数回使われている句の収集がなされている。いわゆる修辞法で言うなら、反復法や対句法などに関わってくるものである。十七拍しかない俳句は、句中で対句にしたり反復をすると調子は整うが、すぐ字数が尽きてしまうぶん内容が薄くなるためか、昨今の俳人には使用を嫌がられることもあるようだが、江戸期の句において同じ語の反復の使用は少なくない。子規はこれを「同名詞二」「同動詞二」「同形容詞二」「同語一対」「名詞一対動詞一対」「同語二対」「同語三」「同音」というように分類し、さらに下位分類を加えている。もっとも数の多い「同名詞二」は、その名詞の位置や音数で細かく分けられている。いわゆる上五、中七を「一ト二」と表し、「一ト二=一音」であれば、
初夜の風後夜の小雨や遠砧 貞知
戸をさせば戸の外に来て閑古鳥 梅室
冬田より青田に悲し奈良の京 蓼太
という風に、上五と中七に同じ一音の名詞が使ってあるという具合である。さらに、一音同音の句は一〇句なので位置は様々であるが、非常に数が多い二音になると下位分類には「一ト二=二音=第一第二句の初ニアルモノ=春夏」とこまかく記され、位置まで含めての分類になっている上に、季節も分けてある。
犬に逃げ犬を追ふ夜の涼哉 嵐雪
鳰の巣に鳰のとまりて眠りけり 樗堂
水の上へ水の影ちる瀧涼し 雪人
など、九句が分類され、同分類「秋」には、
猿引きは猿の小袖を砧哉 はせを
里人は里も思はじ女郎花 蕪村
などが分類されている。「冬」はさらに無生物と生物で分けられ、
不二にそふて不二見ぬ空そ雪の原 几董(無生物)
水鳥の水をはなれし重さ哉 麦翅(生物)
などが分類されている。
その後子規は、「同名詞二」でそれ以外の分類として同じ二字の名詞の句中の配置に着目し、「密接」「隔一二字」「除第一第二句初同」「隔五字」「隔六七字」というように分けて分類を行い、さらに中七下五についても同様の方法で分類を行っている。
さらに、その他の分類についても手短に触れておく。「同動詞二」も、名詞同様、音数と配置による下位分類がなされているが、名詞と異なるのは、文法上修飾語述語の配置になることと、活用による語形変化があるので、同じ動詞でも活用によっては同音数が変わることである。「同形容詞二」は下位分類されず十句。「同語一対」は、先の名詞、動詞、形容詞で分類した語を除くもの(数字、助詞、助動詞など)によって分類されている。「名詞一対動詞一対」は名詞動詞が向後に配置され、「同語二対」はそれ以外の対の反復、「同語三」は文字通り同じ語が三つ使われているものである。
なお、冒頭にも触れたように、例えば同じ名詞が上五・中七の頭にある場合のように、いわゆる反復法を使った表現になっている句群の分類をしていることにもなるのであるが、いまのところ、子規がそのことに着目して俳句の反復について論じた記事は見いだせていない。例えば、子規が「真率体」「即興体」など二十四種類に句体を分け例句を示した「俳句二十四体」(「日本」明治二十九年一月~四月連載)でもっとも関係が近いのは「音調体」であるが、
布晒すこゝは玉川玉の里
月もあり黄菊白菊暮るゝ秋
などの同じ名詞の使用された句が分類されているものの、このスタイルは「趣向はさしたる事なくて只音調のみめづらかなるもの」とそっけなく書かれていて、反復についての言及はない。また、蕪村の句には反復が少なくないと思うのだが、「俳人蕪村」(「日本」明治三十年四月~十一月連載)では、その当たりについての言及はないようである。ただし、同連載中では、蕪村の縁語と比喩については一章を設けて言及されている。「丙号」は、今回触れた同音の語の分類の後、この縁語や比喩について分類をしてあり、その関係性については、あらためて考えてみたいと思っている。
ところで、和田克司氏の調査によれば、子規は、俳句分類作業を進めるにあたって、途中から日付を加えており、明治二十五年十二月二十六日から明治三十二年十二月二十五日まで確認できるという(「正岡子規の俳句分類日付別項目一覧上・下」「大阪成蹊女子短期大学紀要」第十六号・十七号 昭和五十四年・五十五年)。この丙号の分類は、表紙裏に明治二十四年着手とあるが、氏の調査に拠れば、実際の分類で日付が確認できたのは、同二十六年九月二十一日からと思われる。そして、この名詞を中心とする同じ語に関する分類の作業は、確認できる範囲で、同二十七年九月三日と同年十月三十一日にまとまった分類がなされており、その後断続的に何度も作業が行われ、三十二年三月二十四日が記録のある最後となっている。こうしてみると、丙号の分類作業も、割合早くから始められ、甲号乙号の分類の膨大な分類の合間に、長期継続されていたことが確認できよう。
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