2017-02-19

俳句の自然 子規への遡行55 橋本直

俳句の自然 子規への遡行55

橋本 直
初出『若竹』2015年8月号 (一部改変がある)

「丙号分類」の検討に戻る。前々回に触れた同じ語の使用の分類に続いて、「縁語」や「隠題」が収集されている。ただし、ここで子規の言う「縁語」は、現在言うところの和歌以来の技法としての縁語とはやや趣を異にする。例えば、

 春過ぎてなつかぬ鳥や時鳥     蕪村
 閑古鳥可もなく不可もなく音哉   同

一句目の上五は、「春過ぎて」からすぐに「小倉百人一首」の「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山」(持統天皇。『万葉集』では「春過ぎて夏きたるらし白妙の衣ほしたり天の香具山」)の冒頭七音をそのまま踏んでいるものとわかるであろう。従って、掲句の「なつかぬ」は、動詞「懐く」の打ち消しだが、同時に名詞「夏」が掛けてあることにもなる。子規はこれらの句の分類項目に「二音=名詞動詞ヲカケル動詞形容詞ヲカケル」と付記している。つまり、子規の収集意図は、縁語というより今日いうところの掛詞のようなのである。ゆえに二句目も、二つの「なく」が形容詞「なし」の連用形であるとともに、動詞「鳴く」と掛けてあるということで、この項に分類されている。
 また、「隠題」は主に季題を、その語は入れずに詠むとい
う意味である。例えば、

 さかさまに傘きて花の踊り哉   淡々

は、葉の広がる様子と、そこに受ける雨によって揺れる花を詠むことで、名前の出ない「蓮」を題としているとわかる。しかし、これは題を明示してあるわけではないので、中にはよくわからないものもあり、例えば

 あたまから蛸に成けり六皮半   其角

は「瓜カ」として、子規は題の断定を避けている。享保年間に成ったとされる小笠原家の家伝礼式書「萬躾方之次第」によれば、武家の躾として瓜は六つ半に切ると決まっていたそうで、其角の句はその切り方を蛸に見立てたかと思われる。

このあと、句の例出は略すが、「表面比喩」(直喩にあたる)、「裏面比喩」(暗喩にあたる)、擬人(擬人法)、擬物法という、現在でも韻文の基本的なレトリックが用いられた句の分類がなされ、さらに、漢語、和歌、連歌俳句、古語、故事、詩にちなむ、先行する作品から言葉や発想などの何らかの引用がなされた句の分類が続く。これらはいわゆる「本歌取り」的なものといえるだろう。あるいはそれを、一句が引用の網の目で成り立つものとまで考えれば、クリステヴァのいう「インターテクスト」のようになってくるけれども、そのような引用を視野にいれた分類になってくると、分類者個人の能力、つまり既存のあらゆる作品群の知識量に左右されるうえ、俳句のような短い形式の文脈の中の言葉の場合、どこまでが引用なのかの線引きはなかなか厄介なものではないかと思う。子規は数百句集めているが、これは彼(またはその周辺)の知識で確実と判断した範囲にとどまるもの、ということになるのだろう。

この辺りから、「丙号分類」はしばらく子規独自のセンスによる分類で分けられた項目が並ぶ。その項目はユニークなもので、そのためかそれぞれの句数も少なめである。列記すると「小区分ニテ大区分ヲ現ハスもの」「固有名詞を普通名詞に用ふるもの」「大区分を以て小区分を現はすもの」「無形を有形にいふ句」「有形を無形にいふ法」「一部ヲ以テ全体ヲ現ハス」「材料を以て其物を現すもの」「結果を以て原因を現すもの」「色彩をならべたる句」「同じ形の者を二ツよみたる句」「同物にして反対の現象をなすもの」「三事物をならべたる句」等である。このように説明的項目立てなので、おおよそどのようなものかはわかるのだが、中には子規がどう概念化していたのかがよくわからないものもある。例えば、「小区分ニテ大区分ヲ現ハスもの」と「大区分を以て小区分を現はすもの」は、対になるものと思われるのだが、前者は、

 米くれる人にはにげて花と鳥  (作者名記載なし)

の一句のみで、後者にいたっては

 鳰の海

としか記されておらず、内容がはっきりしない。

その後、仮名のない句、仮名が一字、二字の句などの分類が続いた後、切れ字・切れに関わる表現の分類がはじまる。これは非常に興味深いもので、どの助詞、助動詞がどの場所でどう使われているのかを細かく分類しようとしており、子規の「切れ」対する分類意識をみることができる。

分類順にみていくと、まず「ぬ」からである。①中七の「ぬ切」を、「みのりぬ」「なりぬ」「ありぬ」などの「~りぬ」で集めたもの九句。②同じく中七の「ぬ切」を「行ぬ」「やみぬ」「くひぬ」などの「~イぬ」(「イ」は「り」以外の母音を含む)で集めたもの九句。③上の二種以外七句の、三種二五句である。例をあげると、

 a入道のよゝと参りぬ納豆汁  蕪村
 bうそ寒う昼飯くひぬ煤払   几董
 c村々の寝心更けぬ落し水   蕪村
 d鶯の声入て後日は入ぬ    暁台

aは①、bは②の例。説明は不要と思う。cは③の例で、中七の切れだが、①②以外の「~エぬ」(「エ」は母音)で切れる場合。dは下五の切れという意味である。

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