2018-03-11

ハイク・フムフム・ハワイアン 3 俳句の電報、俳句の香木 小津夜景

・ハ 3
俳句の電報、俳句の香木

小津夜景


先日、日布時事でこんな短歌を目にしました。

 ヌアヌ風そよ吹くあたり君は今、碁かマージャンか午後三時なり  赤松祐之

オアフ島のヌアヌは、その昔、天上の神々の住処だった場所。またその森はハワイの王族達の愛した避暑地としても知られ、聖地カニアププにはカメハメハ3世の夏の離宮が今も残っています。

赤松祐之は元小説家志望のホノルル総領事。この歌はというと、日本に帰国する赤松氏がクィーン浅間丸のデッキ・チェアーに寝そべってホノルル生活を思い出していたところに、総領事館一同から無事の航海を祈る電報が届いたのだそう。で、それに返事すべく、万年筆をとりだしてスラスラと一同に宛てた短歌電報、とありました。

ああ、このむせかえるようなハワイの香り。内容はとても俗なのに、いやだからこそ、永遠に誰も死なない楽園を彷彿とさせる。思わず「いいなあ。俳句にもこういう甘い夢みたいのないかしら」と探してみましたら、こんな俳句電報を発見。

 たまたまに逢ふ兄弟や春の嶋  古屋静雅

古屋静雅はヒロ蕉雨会の同人。この句は特務艦神威に乗っていた静雅氏の義兄弟がハワイの港に寄港することになった折「顔が見たい」と氏に連絡をよこしたのを、どうしても外せない用事のあったために、洋上の神威に宛てた無電の文面らしいです。静雅氏曰く「俳句の究極点がこの平々凡々のところにある」とのこと。うむ。たしかに。

それにしても、短歌電報にせよ俳句電報にせよ〈逢いたい/逢えない〉というのが前提としてあるにもかかわらず、信じられないほどふわふわ。まるで郷愁がウクレレの音色に乗って漂っているみたい。あるいは心の目をひらいてハワイの風土を見つめ、その土地特有の実存様式に身をひたすと、おのずとこういった作品が醸されるのでしょうか。

ついでに書きますと、古屋静雅氏の家業はヒロのカメハメハ街にあった古屋美術店のようです。下は氏のお店の雰囲気を描いた文藝雑記より。

▲カメハメハ街古屋美術店の店頭  春の店頭にふさはしく、趣味豊かな布哇(ハワイ)香木の板が、数枚ぶら下げられてゐる。その中の一枚に、品川玉兎子が達筆を振つて『山茶花の垣に物干す小春かな』とある。
▲つかつかと入つて来た白婦人、火山の写真などには目も呉れず、これを下さいと俳句の香木を買い取つた。婦人はヒロ市公立学校々長エム・ビー・ブリュー夫人にて、これを英訳してくださいとの申し出。(「日布時事」1930年4月6日)

とても風流な光景です。四季のうつろいを愛で、心を遊ばせるのに、軒に吊るす香木はぴったりですね。無論その中には、先週紹介したキアヴェも混じっているのでしょう。他にもいくつか静雅の春の句を。

 父となりし君の噂や春の宵  古屋静雅

 訪ね来し村遥かなり花マンゴ  〃

 祭殿の昼の灯しや花マンゴ  〃


《参考資料》
「日布時事」1930年4月6日、13日、1930年8月17日

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