2019-09-29

【句集を読む】とかくこの世は 小川軽舟『朝晩』の二句 小津夜景

【句集を読む】
とかくこの世は
小川軽舟朝晩』の二句

小津夜景


食べたり飲んだり吸ったり嗅いだりにまつわる好き嫌いは人前で話すのが難しい。だいたいその種のことに興味があり、かつ日々楽しんでいる人は、本当のところを他人に明かしたくなんてないだろう(とかくこの世は言うにはばかられる話が多いのだ)。そんな中、ニコチン愛好は隠している人が少ないという意味でたわいない嗜好にちがいない。

八月や古書にしふねき煙草の香    小川軽舟

〈しふねき〉という文語の趣きが〈古書〉や〈煙草〉に似つかわしい。また〈しつこい〉と口語で書くよりもヤニの執念ぶかさがよく伝わって、なんだか典雅な愛念すらも醸し出している。なかなか効果的な文語の挿し入れ方だ。

秋風の遺影煙草をうまさうに    小川軽舟

〈秋風〉の漂白性と〈遺影〉にかがよう過去への憧憬。この流れで登場する一服はたしかに格別に〈うまさう〉である。

「あのさ、軽舟さんの秋風の煙草の句、あるじゃん」
「うん」
「あの句の遺影って誰だろう」
「市川崑がオツじゃない?  僕はそう想像したよ」

昨日、ある人とこんな会話を交わした。さっそく市川崑の遺影を見てみると、なんともいえず強そうで、優しく、茶目っ気たっぷりの表情をしている。

ああ。私にとって、軽舟さんのあの句の良さは、たばこはおしゃれとか、たばこはカッコいいといった価値観が通用した昭和の記憶の愛惜にあるのではなく、「人間とはくだらないものだ、だがそのくださなさのどこが悪いのか」という声がどこかから聞こえてくるところにあるのだ。そんなこと、ひとことも書いてはいないのだけれど……。市川崑の表情を眺めつつ、私はそう思った。

人間のおろかさやくだらなさとは、ただシンプルにおろかさやくだらなさであって、善や悪のあずかりしらない襞をもつ。もちろん背徳性に興奮をおぼえるといった世間依存型の快楽もありはするけれど、ほんらい趣味嗜好にまつわる人間の感性は道徳と一切関係がない。



小川軽舟『朝晩』はいわゆる「標準世帯」を守りつつ、横浜の自宅を離れて関西の鉄道会社に単身赴任する著者が、日々の暮らしをていねいに綴った句集である。

私の人生は私の世代の標準的なものである。あえて境涯俳句と呼べるような特色はない。しかし、平成も終わろうとする今、かつての標準がもはや標準でなくなっていることに気づいた。私の平凡な人生は、過ぎ去ろうとする時代の平凡だった。だからこそ書き留める意味もあるだろう(小川軽舟『朝晩』あとがきより)。
作者が書くのだから、おおむね本当なのだろう。けれどもこの句集はそんな「おおむね」からこぼれおちる趣味嗜好をちらりと感じさせもして、そこに私は興味をおぼえた。もちろんその部分を作者がはっきりと詠んでいるわけではない。とかくこの世は言うにはばかられる話が多いのである。




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