2023-06-18

西原天気【句集を読む】キリコの街 白石正人『泉番』の一句

【句集を読む】
キリコの街
白石正人泉番』の一句

西原天気


顔持たぬキリコの街や西日濃し  白石正人

ジョルジョ・デ・キリコ(1888年 - 1978年)には街、それも広場の絵が多い。そこで人は、描かれても遠景で、なるほど顔が見えない。

ところで、「キリコの街」と句にあるとき、読者(私たち)は何を思い浮かべるのだろう。省略を補って「キリコの(描く)街」が順当な想像か。

あるいは可能性として「キリコの(生まれ育った)街」とか「キリコの(絵のなかにだけある)街」とか、無理筋を含めればキリがなく、これを省略の機能/効果のひとつ、すなわち多様な想像/連想の召喚といったぐあいにポジティヴに解することもできる。

ところが、俳句には、しばしば季語が置かれる。それも、かなり重要な役割を担いつつ。

この句の「西日濃し」は、さまざまなキリコの、あるいは一枚のキリコの絵にある街の全景を受け止めて、私たちのアタマに浮かんだ景色にくっきりとした輪郭、さらには質感や空気を与える。

そういえば、キリコの描くもののすべてに長い陰が伸びていた。シルエットが実体と同等かそれ以上の存在感をもつ。この句の「西日濃し」が、そのことをあらためて思い出させてくた。


白石正人句集『泉番』2022年7月/皓星社

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