2023-10-15

中矢温ブラジル俳句留学記〔11〕サンパウロ大学のストライキ日記

ブラジル俳句留学記
〔11〕サンパウロ大学のストライキ日記


中矢温


サンパウロ大学の哲学文学人間科学研究科の特に文学部を中心にして9月18日から続いているストライキについて、渦中にいる文学部の交換留学生として何かしらを書き残しておきたいと思った。

10月5日時点の情報なので、今後更新もあるだろうし、何よりポルトガル語のあまり分からない留学生が見聞きして収集した情報であるので、その正確性は担保できない。また直接的に俳句を含め詩の話は出てこないことも御赦しいただきたい。けれど、大学における文学部の存続と詩の世界の存続はやはり強く結びついていると思うので書いた。

ストライキの原因と状況についてまずは9月29日付けの『ブラジル日報』(ブラジルで発刊されている最後の邦字新聞)の記事を引用して代替とする。

最大の原因は教員不足の問題だ。長期にわたる財政危機とコロナ禍の影響で、2014~23年に定年などで818人もの教員が大学を去ったが、その分の補充採用が許可されていない。これは、学生数に変化がないにも関わらず、教員が15%減少したことになり、必修科目が開講されず、学生の卒業が遅れるケースも発生した。大学側は25年までに879人の段階的な教員採用を計画していたが、学部からの要請と学生からの圧力により、採用手続きを前倒しせざるを得なくなった。それでも、選考プロセスの非効率性や遅れもあり、新しい教員着任は来年以降となり、学生の不満は解消されていない。

因みにサンパウロ大学は公立なので学生の授業料は無料である(私は派遣留学なので東京大学に授業料を納めている)。恐らく州政府からの援助や大学自身の利益で運営しているのだろうと思う。

さて、特に私の所属する文学部の韓国語科の教員不足が深刻で、来年度の授業が全てキャンセルされてしまった。ストライキ執行部曰く、話し合いの機会を嘆願したが開催を拒否されたので実力行使に出たとのこと。つまるところ学生主体のストライキである。「韓国語の教員を補充します」という宣言がサンパウロ大学から出されない限り、このストライキに終わる見込みはない。現在は膠着状態だ。

先に安心もしてもらおう。このストライキは全く暴力的ではない。デモ行進や学生へのヒアリング、陳情提出など平和的な手段のみを使用している。

私個人の所感も書いてしまおう。

今回ストライキを経験できてよかったと思う。勿論ポルトガル語がよく分からないなりに授業の予習・出席をして、先生や学生のポルトガル語を浴びる経験は、今回の留学を逃せば向こう暫く経験は出来ないだろう。そして授業前後の何気ないお喋りの機会がなくなったのも悲しいことだろう。だが、それ以上に得るものが多かった。ブラジルの学生の主体性やエネルギーには目を見張るものがあって、尊敬する。そしてサンパウロ大学内での「選択と集中」は日本の教育でも既に起きている深刻な問題なので、この状況は他人事ではない。何とかしたいし、諦念ばかりが肥大した私には酷く刺さって目が覚めた。

ストライキ中は、コロナ禍とどこか似ている。何かが大きく変わってしまったことだけが分かって募る焦燥感、終わりの見えない不安、自分にできることがあまり感じられない感覚、SNSに限定される友人とのコミュニケーション……。ただしコロナ禍と違って、大学外を見てみれば、社会は普段どおり動いている(ように見える)。

以上が今回の要旨である。

ここからは書き溜めている日記からストライキの部分を抜き出して纏めた。

9月15日(金)

14~16時、「ブラジル文化の諸相」の授業。いつもと違うコーヒースタンドでコーヒーを買おうと思って歩いていると、大きな横断幕が掲げられている。どうやら greve が9月18日にあるらしく、そして greve はストライキという意味らしい。授業で先生も学生も誰もそんな話にはならなかったはずだが……。

9月18日(月)

授業がないので一日中お家にいた。夕方になって、友人たちのインスタグラムのストーリーがストライキについての投稿だらけになる。教員不足の解消や期限付きの雇用の改善を求めて、学生側がサンパウロ大学に対して起こしたストライキらしい。来年の韓国語のコースの開講がキャンセルされたのだとか。

9月19日(火)

午後からボランティア活動。帰宅してアナ先生(ホストマザー)に昨日から私の学部がストライキに入ったことを伝える。アナ先生に「不便を申し訳ない」と謝られる。私が「ストライキも学生の権利だよね」とか言って、全然怒ったり困ったりしていなさそうなことに驚かれる。リベラルで醒めているところは多分元々なので気にしないでほしいと思った。しかしアナ先生に「あなたはわざわざ遠いブラジルに来ているのだし、授業を受ける権利があるのよ!」と諭される。更に「のどかは大学で先生や友人とコーヒーを飲んで、交流やディスカッションをする機会も失われているのよ!」と言われて、それは確かに辛いと気が付く。

9月20日(水)

ストライキで授業がないので、日本人留学生たちのワッツアップ(日本でいうところのLINE)のグループで、サッカー博物館への遠足が計画されていた。私は午後からボランティア活動なのでパス。

9月21日(木)

ストライキで比較文学の授業がお休み。(※元々木曜日の比較文学と、金曜日の「ブラジル文化の諸相」の二コマしか授業を入れていない。)ワッツアップ(日本でいうところのLINE)のグループで「このサボタージュが終わったら言ってくれ」と発言した現地学生に対して、他の学生が「これはストライキだ、今すぐ訂正しろ」と即座にレスポンスを飛ばした。ストライキに積極的に参加する学生もいれば、しない学生もいることを知る。留学生は情報も入ってこないし、当然だが全てポルトガル語だし、なんとなく蚊帳の外にいる感じを受ける。

9月22日(金)

ストライキ中だが、「ブラジル文化の諸相」は留学生対象の授業なので哲学文学人間科学研究科の管轄ではなく、開講されるらしい。授業があるのが有難い。日本では授業は開講されて当然だったからだ。

授業後、とある日本語科の先生と面談の約束をしていた。私の修士論文の内容について助言を依頼したが、断られてしまった。だから三分で面談は終わってしまって、そこからはストライキの話になった。ポルトガル語交じりの日本語で説明してくださり、ようやく全貌を知る。

韓国語コースの教員が現在二名しかおらず仕事が回らないため、来年の韓国語の授業の開講を全てキャンセル。これを第一のきっかけとして、哲学文学人間科学研究科の学生が18日にストライキを開始。教員は20日に総会の結果ストライキへの参加を決定。韓国語科が二人で最も深刻だが、日本語科は五人いるものの、昼間の授業に加えて夜間にも授業を開講しているため、人手不足。先生の体感としては日本語科に十人いると有難いが、せめてあと二人は必要。大学が募集さえしてくれれば、博士号持ちで授業を開講できるだけの人材はブラジルに十分いる。同じ東洋といえど、中国語科はさほど逼迫はしていないとのこと。

先生に伺ったなかで特に興味深かったのは次の二点。ますは定員を減らしたところで、解決できる問題ではないということだった。30人だろうが10人だろうが、各学生の卒業単位数は変わらず、単位数に必要なだけの授業を開講するキャパシティはないとのこと。そして二つ目に、開講や継続を望む学生の希望には応えたいが、授業と事務作業をしたくて、教員になった訳ではなく、研究者として研究の時間を確保したいと話してくさったことだった。

因みに学生と教員は参加しているが、大学職員は参加していないので、図書館や学食や清掃などのサービスは “今のところは” 引き続き継続されるらしい。長くなってしまったので礼を言って、先生の研究室をお暇した。

9月23日(土)

日系ブラジル人の知人の方のバーベキューにお邪魔した。ストライキで授業がないことを話すと、「大変な時期に来ちゃったね、サンパウロ大学はストライキの長い伝統があるよ。僕の姪が遭遇したストライキは丸丸半年続いて、卒業単位が揃わなくて大変だった」と返される。は、半年……?私は2024年の2月には日本に戻らないといけないので、少し頭がくらくらした。ストライキはどうやったら終わりを迎えるのかイメージがわかないことに気が付く。バーベキューは美味しかったはずだが、不安が募ってあまり味がしなかった。

9月24日(日)

一日中お家にいて、家事などをする。日本の友人たちにストライキのことを伝えてみると、「ちょっと憧れる」だったり「ストライキをするだけの団結力、行動力、そして風土が現代もあるのはかっこいい」だったりの返信が多数。私の友人でいてくれるような人たちだから、属性に偏りはあるかもしれないけれど、私も実はそう思っている。私は大学や教育に不満があっても、せいぜい友人に愚痴を言う程度のことしかしたことがなかったことに気が付く。

9月25日(月)

どうやら木曜日の授業の比較文学の先生がストライキ中のイベントの一つとして、講演をするらしい。

わざわざ友人が教えてくれたが、大学まで片道一時間半かかるので、億劫になってしまって、お家で休んでいた。バスは平気で30分遅れるし、呼び止めないと目の前を爆速で走り去るので気が抜けない。一回お釣りを渡すよう脅迫されてから怖くて近づいていなかったけれど、今週からメトロ通学に挑戦してみようか。

9月26日(火)

午後からボランティアに行く。ストライキ中で留学生窓口が機能していないので、奨学金の在籍確認書のサインを代わりにサンパウロ人文科学研究所の理事長に依頼した。

9月27日(水)

午後からのボランティアの前に、東京大学の大学院の月次の有志ゼミの発表資料を仕上げる。今回は日本時間で14時に開始されるので、ブラジル時間だと深夜2時開始になってしまう。何とか発表を終え、他の学生の発表を聞いているうちに眠ってしまっていた。明日もストライキで授業がないだろうから、安心してゆっくり眠る。

9月28日(木)

ストライキで引き続き比較文学の授業がお休み。哲学文学人間科学研究科から留学生に対して全体メールが届く。どうやら留学生たちだけでなく、それぞれの出身大学からもストライキについての説明を求められたらしい。来週の10月3日(火)に説明会が開催されるとのこと。そういえば私は東京大学の留学生課にこのストライキについては何の報告もしていないことに気が付く。でも東京大学に何をしてほしいかが分からない。

9月29日(金)

ブラジルで発刊されている最後の邦字新聞『ブラジル日報』にストライキの記事が掲載されていた。できるだけその日の朝に読むようにしている。


午後は「ブラジル文化の諸相」を受けに大学へ。そこでストライキ情報が掲載されるインスタグラムのアカウント( @caelll_usp )をようやく知る。最近のストライキは対面のビラまきではなく、SNSへの投稿なのだと知る。「ストライキカレンダー」なるものが毎週投稿され、「ギリシア語の学生の集い」や「●●先生の講演会」、「全体会議」など、毎日のイベントの予定が書かれている。動画の投稿には字幕が付いており、私のような初学者にも優しい。ポスターもスタイリッシュだ。

9月30日(土)

アナ先生の大学は私立大学なので少なくとも教員側がストライキを起そうものなら即刻解雇らしい。因みにブラジルでは公立大学の学費は無料で私立は高額で、教育の質は一部のトップ層の公立大学を除けば、私立大学の方がいいらしい。アナ先生は「ブラジルではストライキをするのが癖になっているから、まずは話し合いや会議の形で意見表明をするべきだ」と言う。「話し合い」に希望が持てないから実力行使(ストライキ)なのかなと思ったが黙っていた。「根本にあるのは貧富の圧倒的な格差だよ」とアナ先生は更に説明をしてくれる。なるほど、一つひとつのストライキは格差の表出でしかない。目の前がくらくなる。

午前中のうちにアナ先生のお家からキャンパス近くのシェアハウスに引っ越す。先生には本当にお世話になった。これからは大学に徒歩と無料バスで30分あれば通えるようになる。授業はなくとも、図書館と学食のために、ボランティアの日を除いて、週に三度は通うと思う。

10月1日(日)

留学生への説明会が3日(火)から5日(木)へと延期される連絡が届いていることに気が付く。どうやらメトロが時限付きストライキを3日に行なうので、交通網が確保できなくなるかららしい(バスは通常通り運転するのだとか)。ストライキってこんなにカジュアルに起きるんだっけ?ストライキという実力行使の必要なブラジルがやばいのか、必要なことはたくさんあるはずなのに身近にストライキをあまり感じない日本がやばいのか分からなくなる。

10月2日(月)

留学生への説明会とは別に、哲学文学人間科学研究科のなかの文学部のなかの更に東洋語コース全体の集まりがあることを知る。東洋語コースとは中国語、韓国語、日本語の三つである。早速キャンパスが近くなったことが役立った。10時の集まりの開始に向けて支度を整える。

以下は新たに知ったことである。

まずは事務的なこと。このストライキの終わりは誰にも分からず、このまま授業が開講されないと、恐らく単位も来ない。

次にストライキの背景について補足情報。サンパウロ大学は十年間東洋語の教員を補充していないこと。過労による退職や死去、そして定年退職により教員数は減少の一途を辿っていること。サンパウロ大学の収支を見るに、東洋語の教員を補充するのは十分な予算があるとのこと。哲学文学人間科学研究科のトップ(Carlotti Paulo Maritins)は、「予算がない」と申し訳なさそうな顔をしているが、実際には東洋語の授業開講は〈金にならない〉から予算を割り当てないらしい。とにかく文学のなかでも東洋語の優先度が低いらしい。そして中国語もかつては昼間授業に加えて夜間にも授業を開講したが、閉鎖したとのこと。このままではラテンアメリカで唯一韓国語のコースが閉鎖され、かつ日本語科の夜間の授業は閉鎖されるとのこと。悪名高き「選択と集中」が正に生じている。

ここまで説明してくれたのは、それぞれ韓国語と中国語を学んでいる現地大学生の二人。集まりに参加した留学生たちの履修中の授業をヒアリングして、教員に別途課題等で授業内容をフォローアップできないか確認してくれるという。

憂鬱な面持ちになった留学生たちを前に、二人はにっこりと笑いかけて、私たちを励ましてくれた。一つ、ストライキ中も様々な活動をしていて、気軽に参加してほしいこと。やりたいことがあれば二人が窓口となって、企画の実施をサポートしてくれるらしい。二つ、ストライキへの参加は義務ではないこと。他にやりたいことがあれば、そちらを優先したらいいらしい。そうして、今回の集まりの連絡に使った連絡グループは、今後ストライキの集会の情報をシェアするほか、サンパウロ市内の遠足を企画したり、相談を投稿したりするグループへと役割をスライドして、解散となった。

「まあ、とりあえず学食にみんなで行こうよ!」と歩く皆の後を追いかけながら、ストライキ中の振る舞いについて、ようやく前向きに考えられるようになった。

10月3日(火)

メトロのストライキは民営化への反対らしい。ただでさえ遅れがちなバスが更に遅れてかつ乗客が多かった。

10月4日(月)

サンパウロ大学の経営学部の友人から「元気かい」とメッセージを貰う。彼女の学部も現在はストライキ中らしい。卒論の授業だけは開講されているらしく、彼女は問題なく卒業できそうとのこと。よかった。

10月5日(木)

哲学文学人間科学研究科の国際交流課のトップから説明を受けた。メッセージは三つ。

「授業が開講されなかった回についてのフォローアップ課題を考案できないかについて、各自で各授業の教員に問い合わせてほしい。(ただし教員もストライキ中なので返信する義務はない。)」

「通常ストライキが起きた際は学期の終了日を延長することで対応してきたが、君たち留学生は学生ビザの期限があるから延長しても出席できない。」

「僕はここでの教員生活を三十年してきて、数々のストライキを経験してきた。だけど、一度も留学生に単位を渡せなかったことも、それが原因で君たちの奨学金が剥奪された例もなかった。通常より対応が遅くはなるかもしれないけれど、絶対何とかするから安心してほしい。」

10月6日(金)

14~16時、「ブラジル文化の諸相」の授業。オムニバス形式で、今週は経済学の先生の回だった。「ブラジルは周縁国なのに欧米の資本主義をそのまま取り入れようとしたばっかりに、このような貧富の格差が起きてしまった」として行き過ぎた資本主義を批判するという授業内容だった(多分)。そして、マルクス主義の愛読者世代が今のサンパウロ大学のトップ層の世代だから、彼らは経営者として聞く耳を持たず、学生たち(労働者)はストライキをして抵抗しているとの説明を受けた。資本主義に対する対抗手段としてストライキがあるのは分かるのだけれど……うーん、どうなんだろう。鵜呑みにしていいものかしら。

トライキ中は入口にpiqueteと呼ばれる椅子の積み上げが行なわれ、封鎖される。


私が10月2日に参加した集まりに際して、作られたデジタルのポスター。「本日!東洋語コースの委員会と交換留学生が輪になって、ストライキについて話す会。10時開始、111番教室」という案内。

ストライキを説明し、参加を呼び掛ける屋外の大型ポスター。似顔絵が上手い。


〔ポルトガル語版〕( escrevi o resumo no português )

FFLCH na USP estava na greve começou 18/09/2023. Este artigo explica pra leitores japoneses sobre esta greve. Respeito seus energias e coragens. Claramente, é fácil escolher qual disciplina é importante ou não ponto de vista de ganhar dinheiro ou não. Mas este escolhe vai significar a diminuição dos charmes da toda USP.

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