ブラジル俳句留学記
〔16〕たいちゃん
中矢温
ある日の午後、部屋の外の階段に座ってマルコス(猫)を撫でていたら、たいちゃんが通りがかった。たいちゃんはこのシェアハウスの先住者で入居当初から色々とお世話になっている。
たいちゃんはあだ名なので、本名も年齢も知らないが、すらっと背が高くて、真っ赤な赤リップの似合う素敵な女の子だ。働きながら学生をしていることだけは分かっているのだが、肝心の仕事内容や専攻はイマイチ理解できていないままである。最初の自己紹介で理解しないまま笑顔で頷いていたのがよくなかった。英語や中国語など語学が得意なのは知っている。
「のどかちゃん、今日の午後はすることある?」
たいちゃんは階段に座っている私を眩しそうに見上げながら聞いた。たいちゃんは上下ともにぴちっとした真っ黒のスポーツウェアを着ていた。
「うーん?いや、特にないよ。」
対する私は灰色のパジャマに身を包んだまま、マルコスの毛だらけになっていた。
「じゃあ、一緒にアカデミアに行かない?30分後の出発でどう?」
「ん~?……おっけー、準備するね。」
半目で眠るマルコスをキッチンのベンチまで運んでから、適当な服に着替える。反射的に了承してしまったけれど、「アカデミア」って何だろう。アカデミックと語感が似ているから、何か学術関連かしら。あとで聞けばいいかと思って、とりあえず支度を済ませて、シェアハウスの入り口で待ち合わせる。ここから20分くらい歩くらしい。日焼け止めを塗って帽子を被って日陰を選びながら歩く私と、太陽が大好きなたいちゃんでは歩き方までまるで違う。
「のどかちゃんは私みたいなスポーツウェアを持っていないのね?」
「んん?そうね、ブラジルにはジーンズしか持ってきていないかなあ。」
何でスポーツウェアが必要なんだろう?「アカデミア」と関係あるのかな?そろそろ「アカデミア」について聞いた方がいい気がしてきた。
「たいちゃん、「アカデミア」って何?勉強するところ?サンパウロ大学の方向はこっちじゃないんだけれど……。」
「え!勉強も大学も関係ないよ!英語でいうとね……「ジム」だよ!」
「ジムなの?!」
何とポルトガル語でacademiaとはスポーツジムを指すらしい。こちらに語彙力がないのと、フットワークの軽さが妙にかみ合って大変なことになってしまった。日本でもジムに行ったことがないし、そもそも運動は不得手である。
「のどかちゃんごめんなさい、勘違いさせちゃったね……。今からでも一緒に帰ろう?」
優しいたいちゃんに不安そうな顔をさせてしまった。
「いやいや!実は以前から一度ジムに行ってみたかったんだよね。お誘いありがとう。たいちゃんがよければ、このまま一緒に行きたい。」
気持ちを込めて、たいちゃんに伝える。
それから歩くこと20分、ショッピングモールが見えてきた。因みにたいちゃん(に限らずブラジルの多くの人はそうなのだが)は赤信号でも横断歩道がなくてもがんがん渡るタイプで、そのタイミングも独特なので、手を引いてもらって歩いた。私ひとりだったら30分はかかった道のりだろうと思う。
たいちゃんの会員特典を使えば、一か月に五回まで非会員の友人を無料で一緒にジムを使うことができるらしい。二人して意気揚々と入ろうとすると、入口のスタッフのお姉さんに止められた。
「止まって。ジーンズの人は入れないよ。」
「服装の既定なんてありましたっけ?」
「駄目だから駄目です。どうしても入りたいなら、そこのお店で安く売っているから買ってきて。」
たいちゃんの交渉むなしく、二人して出直すことになった。
「のどかちゃんごめんなさい、ズボンは私がプレゼントするから一緒に買いに行こう?」
優しいたいちゃんがまたしても申し訳なさそうな顔をしている。こちらこそ申し訳ない。
近くの店で買って意気揚々と出直すと、さっきのお姉さんはいなくなっていて、違うお姉さんが入口で対応してくれた。「ズボンを買ってきましたよ。」と私が言うと、不思議そうな顔をしている。曰く、ズボンなんて何でもいいらしい。じゃあさっきのやり取りはなんだったんだと思って、力が抜けて思わず笑ってしまった。たいちゃんが代わりに抗議しようとしてくれたが、私は「もうタグも切っちゃったし、ズボンはあっても困らないし、中に入ろうよ」とたいちゃんを宥めた。
気を取り直して二人でジムに足を踏み入れた。黒を基調にして黄色い文字がアクセントの空間に所狭しと器具が並び、BGMとしてアップテンポな音楽がかかっていて、異様な空間だ。行ったことはないけれど、ディスコはこんな感じだろうと思う。
勿論ムキムキな女性や男性もいるけれど、おばあちゃんもおじいちゃんもふくよかな人もいる。そしてまあジーンズの人は一人もいない。新しいユニフォームもあいまって、私も溶け込めそうな気がしてきた。
ストレッチを済ませるとたいちゃんがスマホを取り出した。スマホにはこのジムの専用アプリが入っていて、トレーニングの記録とメニューが表示されている。たいちゃんのコースだと今日は脚を重点的に鍛える日らしいので、私も同じメニューに挑戦することにした。
先ずは脚を開く器具に乗る。閉じているところから力を込めて開いて、力を抜いて閉じるのを繰り返すトレーニングだ。10キログラムからのスタートであとは5キログラムずつ増えていく。メソポタミア文明が独自の六十進数であったように、このジムは独自の五進数で機能しているんだと驚いた。たいちゃんは楽々と20キログラムを、私はぜいぜい言いながら10キログラムを、お互い15回ずつ三セットこなした。二つ目は脚を閉じる器具、三つ目は足の甲を曲げ伸ばしする器具、四つ目にお尻の筋肉を鍛える器具に乗った。
ところでブラジルの「美人」の条件は、髪が長いこと、口が大きいこと、お尻が素敵なことらしい。私は生憎どれにも当てはまりそうにない。
トレーニングを終えて、夜道を二人で歩きながら、次のお出かけの計画を立てた。このジムはサンパウロ市中にあるので、お出かけと筋トレはもれなくセットで行うことができるらしい。「お出かけもトレーニングも一緒の日に出来るなんて最高だね。」たいちゃんはどこまでもストイックな人である。
書くのが遅くなったが、実はたいちゃんも詩人である。ただしたいちゃんは小さい頃から自分だけのノートに大切に書き留めるタイプの詩人なので、たいちゃんの詩はこれまでもこれからも多分誰も読むことはできないだろう。私は桜(日本の国花)とイペ―の花(黄色、紫、ピンク、白とあるが、特に白色がソメイヨシノの色と似ている)について詠った素敵な詩を見せてもらって、この「ブラジル俳句留学記」での翻訳と紹介を依頼したが、「絶対恥ずかしい」とのことなので泣く泣く断念した。(詩を書いていることと、この詩の概要は書いてもいいと言ってもらえた。)
たいちゃんとはよく話す仲なのに分からないことがいっぱいで、でもそれも何だか楽しい。灰色の排気ガスの混じった道路脇で夜風に強く吹かれながら、私たちは家路を急いだ。
〔ポルトガル語版〕( escrevi o resumo no português )
Minha amiga Thay, quem mora na mesma republica, me deu a convidada de ir à academia juntos. Nos divertimos o treinamento na academia, mas de verdade, antes da convidada, eu pensei que academia é a lugar acadêmica, pesquisa, ou ensino por causa do meu vocabulário pobre.
Não tenho a calça para academia, comprei na loja. Para mim foi a primeira vez usar instrumentos na academia, mas gostei deles porque pessoas fazendo o pratico de muscule são simpáticas.
Meu novo habito vai ajudar minha saúde melhor mesmo que sentando todo dia em frente do laptop. Depois da volta ao Japão, gostaria de fazer reserve a academia.
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