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2024-03-10

中矢温・郡司和斗 「ブラジル俳句留学記」振り返り03 修論の展望

「ブラジル俳句留学記」振り返り03
修論の展望

中矢温・郡司和斗


郡司●今回の留学は修論を進めるのが最大の目的だったかと思うのだけれど、どこら辺が一番進みましたか。

中矢●うーん、一番は資料収集ですかねえ。あくまでも収集であって、読んだとは言えないのが情けないところです……。

郡司●どんな資料を集められたんですか。ポルトガル語で書かれた俳句集とか?

中矢●そうですね、そういう俳句集も入手しました。私は結局一人のブラジル人の風刺作家に着目することにしたんですよ。彼が当時ブラジルでベストセラーの週刊雑誌に「ハイカイ」というシリーズ名で連載をしていて、その事実が凄く面白いなと思って。売れっ子作家で、毎週見開き二ページ絶対原稿を落とせないとなったときに、「ハイカイ」というシリーズでイラストと三行詩を添えて連載しようと普通は思わないよなって。だから彼がどういう書物や経路で俳句を知ったのかとか、何で「ハイカイ」シリーズを書こうと思ったのかとかを解明できたらいいなと思います。前提知識や背景も丁寧に書きながら。

郡司●なるほど。

中矢●そのシリーズの作品の意味内容は「野良犬は水たまりの月を舐める」とか、「知識人は知識をひけらかすのに夢中で熱々のコーヒーも冷めるまで放っておく」とか、「VIPは空港で自分を見送るおべっかたちが悪口を言っているのに気が付いていない」とか、凡そ俳句っぽくはないかもしれませんが、面白いよなと。でも色んな意味でこれまで評価されてこなかったんですよね。まずは掲載媒体が雑誌だったので、単行本より刹那的というか消費物として流れて行ってしまった感がある。あとは季語とか日本の「伝統」を作品内で則る傾向が稀薄だったので、ブラジルの日本文学研究者からも重視されてこなかった感があります。最後に彼は風刺作家として著名なので、何というか俳句作家としての側面はあくまでも彼の天才性を示す一つでしかないということですかね。俳句を書いていたことにこそ言及はされても、内容まで鑑賞や引用するような研究はほとんど……。で、まあ留学中にその人の膨大な作品のアクセス先の特定や、あるいは複写とか、そういうことだけで結構時間を取られましたね。良くも悪くも。

郡司●作品論で行くのかと思ったけれど、その前段階としてブラジルの俳句受容史も書くんですね。

中矢●そうですね、やっぱり珍しいテーマだからこそ丁寧に書きたい感じはありますね。

郡司●修論を本にしたりとか、別の場所で書いたりするときにも、前段階の説明は大切になってきますよね。

中矢●ああ、本にしたり連載したりはあんまり考えたことがなかったですね。修士課程を出たら就職するということに対して、研究者としての未熟性が引け目にあるのかも。まあそれは置いておくとして、私が悩んだのは、日本人移民の日本語俳句を書くのもかなりいいテーマなんだよなということです。実は書きたい移民作家もあちらで出会えましたし、インタビューもさせていただいたし、章立てもざっくり考えたんですよ。でもこれは自分ひとりでもするなと思って、未来の私の楽しみに残しておいてあげることにしました。

郡司●え、インタビューということはご存命の俳人なのね。

中矢●ですです。本当に貴重で、感謝に堪えません。現地の日本語の句会で出会えた俳人ですね。

郡司●そう、私が連載のなかで驚いたのは、ブラジルにも日本語の句会があるということでした。中矢さんはブラジルで句作することはあっても、俳句の集まりで見せるような機会はないと思っていたんだけれど、句会があるんだなと。私は日本にいるけれど、ここ新潟の方がむしろ詩歌へのアクセスに乏しいと思います。

中矢●ふふ、そうなんですね。移民俳人の皆さんは高齢化やコロナによる中止によって、どんどんなくなっていることを嘆いていたのですが、私は東京でもブラジルでも詩歌に恵まれた珍しい環境に身を置いていたのかもしれません。

郡司●結構俳人の方もいらっしゃるんだなあと。

中矢●そうですね、恐らく1960~70年代頃が移民俳句の全盛期だったかと思うのですが、そこらへんだと、ブラジルの新聞俳壇に投稿する、更にブラジルの結社誌にも所属する、加えて日本の結社誌にも所属し投句する、はたまた日本の俳句の賞にも応募するとか色々な熱の入れ方が、各人・各グループであったように思います。

郡司●ブラジルで日本語の新聞が発刊されていて、かつ俳句投稿欄があるということもまた素朴に驚きました。

中矢●確かにそうですよね。……ブラジルで移民俳人の方に伺った話で特に印象に残っているのは「移民しなかったら俳句はしていなかっただろう」という言葉なんですよね。移民して日本との繋がりとかを考えるなかで俳句に打ち込んだという……。

郡司●日本との繋がりを思ったときに、俳句が選択肢として出て来るんですね。

中矢●そう、それを伺って、収録冒頭で言及した「書くことの楽しさ」100%ではないんだなと、そうやって俳句の効能に対して素朴に喜んだり肯定したりは少ししづらいなと思いました。寧ろそうしてしまうと、暴力的な議論になるなと。

郡司●その方が日本に抱いているナショナルアイデンティティとかの話にも繋がりますよね。

中矢●そう、例えば私がお世話になった俳人のお一人である西谷律子さんの代表句に、〈吾子の国父母眠る国サビア鳴く〉という句があります。ブラジルという国は、我が子にとっては母国だし、父母が永眠した国であり、そこにブラジルを代表する身近な鳥であるサビアが鳴くよという句なんですが、移民俳句特有の重みがあるなあと。そういうことを無視して、「移民俳人の皆さんは俳句が大好きなんです!」みたいなピュアなことは簡単には言えないなと思いました。修論として書こうと思ったとき、私には背負いきれないものの大きさに少し怯んでしまったところはあるかと思います。

郡司●なるほど。

中矢●勿論俳句が好きという思いがないと、何十年も俳句を続けられはしないと思うんですが、そのきっかけが、「日本に帰りたいけど帰れなくて、それでも日本と繋がっていたくて」という気持ちだったとか聞いてしまうと、24歳の若造である私が、からっとさらっと書けるものではないなと。

郡司●なんだか切ないですね。ぬめっとどろっとしたやりきれないものがありそうです。

中矢●最後に纏めのようなことを言いますが、でもその移民俳句の一端を知れたことは確実にプラスだったし、他にも色々な機会にも恵まれたし、幸福な六か月間でした。この半年間の経験をね、私の残りの人生を賭けてどう引き受けられるかな、何かプロジェクトや企画として発展させられるのかなと苦しいくらい悩んでいますね。頑張りたいです。私が生きるうえでの個人的な支えとして追憶するには、余りに良い経験をさせてもらったと思います。

郡司●そう言いたくなるくらい良い留学経験だったんですね。私もその留学経験を少しおすそわけしていただけてありがたかったです。今回の振り返り記事のなかではカットされるとのことですが、マルコス(猫)の記事や観光地に旅行に行く記事なども楽しませてもらいました。留学も連載もお疲れさまでした。

中矢●こちらこそ本日はありがとうございました。一人で振り返るよりずっと楽しかったです。この約半年間楽しく連載できて、本当によかったと思いました。今回のスピンオフを含め読んでくださった『週刊俳句』の読者の皆さまにも深く感謝申しあげます。

郡司●ありがとうございました。(完)




2024-03-03

中矢温・郡司和斗 「ブラジル俳句留学記」振り返り02 連載第23回を振り返る等

「ブラジル俳句留学記」振り返り02
連載第23回を振り返る等

中矢温・郡司和斗


郡司●具体的な連載記事を取り上げるとしたら、最近のやつだけど、第23回「悲観主義から生まれる希望:日本の少子化と世界の俳句を結ぶ私の価値観」で日記のノリが変わってちょっとウケましたね。

中矢●私のお気持ち表明が過ぎますよね(笑)。これはブラジルに暮らして長い中高年の日本人男性たちVS留学中の私一人という場で、少子化について聞かれるという結構苦しい場面があって、そこでの話を書いた記事ですね。

郡司●どういう流れで少子化と俳句が結びつく話になったのか聞きたいです。

中矢●私の思想が全面に出ますが、私はまず日本の少子化はそう簡単に止められるものではないと思っています。少子化が引き起こす各種問題のなかで絶対優先度は低いかもしれないけれど、日本語で書かれた俳句にアクセスする人や機会もまた減少します。で、日本語を解する人のなかでも、詩の解釈は難しいし、まして俳句は省略や前提が多いので特に敬遠されることが多いと思います。でも実はその俳句というものが、haikuやhaicai/haikaiという同じ名前で、一部接続しながら別途世界では展開しているんですよね。平たくいうと、各々の言語で同じく「俳句」を作る人が世界中にいるということです。このことが素直に嬉しいというか面白すぎる事実だと思うんですよね。この喜びや安心感というものがあるからこそ、あまり悲観的にならずに、日本語でしか書けない良さをもって、日本語で俳句を書きたいなと思えるんです。まあでも切り返し方としては変化球過ぎたと思うし、あまりおじ様たちには刺さらなかった感じがありましたね……。

郡司●漢字二文字の「俳句」が消えても世界にローマ字のhaikuが残っていることの安心感かあ。簡単に文化が消えない安心感ということでしょうか。

中矢●世界の俳句に興味があるというと、よく「何が日本の俳句と違うの?」って違いについて聞かれることが多いんですよね。寧ろ私は共通性を知りたいなというモチベーションがあります。あとは、これから世界の俳句プレイヤーが増加の一途を辿るなか、果たして一番「上手い」俳句は日本語なのかとかも興味がありますね。現時点では日本語の俳句の圧倒的蓄積があると思うんですが、いつか本家本元的なものをいい意味で越えていくのかなとか。そういうことはぼんやりとしか思っていなかったんですが、少子化という問いをいただいたときに初めて言語化できました。郡司さんに質問なのですが、我々(1999年生れ・1998年生れ)って、幼少期の頃からずっとニュースや社会科で、少子化問題を言われて来た世代じゃないですか。

郡司●それはそうですね。

中矢●少子化から二つくらいステップを踏むと、世界の俳句への理解に繋がる気がします。ただ、昼食会の場でも、「ブラジル俳句留学記」の記事でもかなり言葉足らずでしたね。

郡司●世界の「HAIKU」について具体的な俳人や作品を知らないので、私は何も言及できないんですが、二つだけ世界における「HAIKU」の受容の例を知っています。まず実体験としては、私がオーストラリアに留学したときに、趣味欄に「俳句・短歌」と書いたことによって、受入れを決めてくれたホストマザーがいたこと。

中矢●え?! そのお話、初耳です。面白すぎる(笑)。

郡司●ホストマザーが「私も俳句に興味あるのよね」と言って、主人公が俳句を書いているオーストラリア作製の映画を見せてくれました。こんなところで俳句が好きであることの効能があるんだなあと思いました。

中矢●映画のタイトルって思い出せますか。

郡司●いや、それが全く。少年が山のなかで俳句を書きながら、おじさんと仲良くなるみたいなストーリーだったと思います。

中矢●『老人と海』過ぎませんか(笑)。

郡司●オーストラリアでのリメイク版かもしれません(笑)。作中では俳句が肯定的に描かれていて、それこそ少年が「実作に救われ」る話でした。で、その映画をホストマザーと一緒に見たあとに、私がノートに俳句を英語と日本語で書いて、冷蔵庫に貼ってあげたりしてね。

中矢●その作品は覚えていますか。

郡司●いや、それも全く覚えてない(笑)。その場で三句くらい即興で詠みました。あともう一つの例は、否定的というか茶化されているという感じで、スパイダーマンシリーズの『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』だったか何かで、キャラが短い詩のような言葉を呟いたとき、「お前それ俳句かよ(笑)」っていうツッコミが入る場面がありました。アメリカの大衆向け作品の中で、そういう短くてよく分かんないポエムとして俳句が表象されるんだと思った記憶があります。馬鹿にされている感が少しあって、悲しくなりました(笑)。

中矢●なるほど。

郡司●でも裏を返せば、それくらい「HAIKU」が浸透しているんだなとも思いました。映画のフィクションにおいて、しかもスパイダーマンという超大作のなかで俳句という言葉がわざわざ採用されるのは、それだけ視聴者も俳句という言葉が何かを分かっているという信頼があってこそだから。俳句が伝わる層の規模感に驚きました。

中矢●すごく面白い例ですね。

郡司●でもそれでいうと、短歌の方が、歴史的な積み重ねがあって世界での認知度高そうな感じするんだけどね。俳句の方が皆知っているのかな。

中矢●俳句について書かれた19世紀末や20世紀初頭の欧米文献は勿論和歌にも言及しているんですが、俳句の方が多分短歌よりプレイヤーが多い印象です。やっぱり五七五の俳句は七七がない分短歌よりも短くて、こんなに短いのに詩なんだというインパクトが強いんだろうと思います。

郡司●短いって魅力なのね。

中矢●うーん、当時欧米の詩壇が新しい詩を模索するなかで、俳句という東洋の新しい短い詩形が一つの突破口としての刺激となったみたいな話は読んだことがありますね。ぱっと思いつくのだと、金子美都子先生の『フランス二〇世紀詩と俳句:ジャポニスムから前衛へ』とか。

郡司●なるほどね、ありがとうございました。最後に「ブラジル俳句留学記」を振り返りましょうか。

中矢●はい!引き続きよろしくお願いいたします。

~第三回に続く~

2024-02-25

「ブラジル俳句留学記」振り返り01 俳句の持つアマチュアリズム 中矢温・郡司和斗

「ブラジル俳句留学記」振り返り01
俳句の持つアマチュアリズム

中矢温・郡司和斗


『週刊俳句』にて2023年8月から26回に渡って「ブラジル俳句留学記」を連載した。今回スピンオフ回として、短歌を中心に活動されている郡司和斗さんを聞き手にお招きして、連載を無軌道に振り返った。2024年2月16日に収録した音声を元に、全三回に分けて連載する。

郡司●では早速ですが、日本に帰って来た所感はどうですか。

中矢●南半球のブラジルは夏で、北半球の日本は冬で、だから寒いなあ……と。あとは標識とか道行く人の会話とかが全部理解できて、日本語の国に戻ってきたんだなと思いました。

郡司●季節から話が始まるの、俳句って感じですね。

中矢●そうか、私やっぱり俳人かもしれないですね(笑)。で、ブラジルの出国は1月31日で、そこから一週間のポルトガル旅行を挟んで、日本に帰国したのは2月9日でした。だから、まだ時間としてはそんなに経っていないはずなんですが、もう結構「遠い感」が既にありますね。

郡司●ブラジルに対してもう「遠い感」ですか(笑)。照れるな。

中矢●今回郡司さんには連載の振り返りの聞き手をお願いしましたが、郡司さんの第一歌集『遠い感』にサインをいただくのも楽しみにしていたので、収録冒頭でちょっと差し込んでみました(笑)。

郡司●じゃあ話を戻して『週刊俳句』の「ブラジル俳句留学記」のなかで、気になった記事の話をしましょうか。

中矢●よろしくお願いします。実は今結構緊張していて、というのも連載を読んでくださっていた方で、かつ家族以外の方で、こうして面と向かってお話するのが初めてなんですよね。「ブラジル俳句留学記」の中で一本でも面白い回があったなら、嬉しいなと思います。

郡司●まずタイトルについてですが、「ブラジル留学記」 ではなく、「ブラジル俳句留学記」になっていますよね。でも実は結構俳句と関係ない記事も多いという。

中矢●それは本当にその通りで、タイトル詐欺感すらありますよね(笑)。でも、自分の中で書けなかった理由は結構明確に二つあるんですよ。まず一番大きいのは、ブラジルと俳句という制限を付けると、書けることがかなり制限される(笑)。

郡司●数あるマトリックスのなかで、ブラジルと俳句が交差することは、まあ滅多にない(笑)。

中矢●そう、本当に少ない。で、あともう一つは、私の修士論文のテーマが、ざっくり言うと「ブラジルにおける俳句文化の受容と展開」なので、新しい(学術的)発見が仮にあったとしても、『週刊俳句』に書きたい気持ちは押さえて、きちんと調べたうえで修士論文が初出となるように書きたいなという気持ちがありました。で、結果としては、郡司さんの仰る通り、あまり俳句らしいことはそんなに書けなかったんですよね。

郡司●なるほどね。個人的に留学期間中に一番記憶に残っているのは、『週刊俳句』の記事ではなくて恐縮なんだけれど、角川書店の『俳句』(2023年10月号)の「クローズアップ」に中矢さんんが寄稿した、アマチュアリズムの肯定についての短文だったんですよね。
「読み書き」
ここ二年ほど、実作活動があまりできておらず、代わって先人の俳句作品や評論を(本当に少しだが)読むようになった。読書を通じて感じたのは、俳句を書くこと自体の尊さや効能に目を向けたいということだ。加えて、俳句の持つアマチュアリズムのようなものを、卑屈ではないかたちで肯定し、実作に救われていたあの頃に戻れたらと思う。
郡司●私はこれを読んだときによいなと思ったし、岩田奎くんも『俳句』(2024年1月号)の座談会で反応していましたよね。

中矢●岩田くんが反応してくれたのは素直にとても嬉しくて、あとは南幸佑くんがX(旧ツイッター)上で同じく私の短文について反応をくれたのも嬉しかったですね。留学中にメンタルを崩して、Xのアカウントごと消してしまったんですが、消す前に知ることができてよかったです。

郡司●俳句に限らず他の詩歌ジャンルでも、「趣味やお遊びではやっていないぞ」という自意識がある人の方が多数派の印象があって、どっちかというとアマチュアリズムという言葉は批判される側にあるような気がしています。まあそれには、詩歌に興味のない人からナメられた経験とかが各人の背景にあったりするんだと思いますが。あとは表現者として暴力性を発揮していることへの自覚とか……。またそういうのとは別に、賞にまつわる政治とか歌集の発行部数とか短歌ブームに離れたところにある自己の評価とかに、かなり素直に惑わされている、悩まされている自分がいて、色々と余計な事を社会の側から考えさせられているところに、中矢さんの短文を読んだことでそこから少し救われたような気持ちになりましたね。「卑屈ではないかたちで肯定」がポイントで、かつ難しいことだなと思います。この短文を書いた頃ってどういう心境だったんですか。

中矢●メールを確認したのですが、2023年7月25日に提出して、8月1日に出国しているので、実はこの原稿は出発の直前に提出したもののようですね。出発前はとにかく多忙を極めていて、少し記憶が朧気なので、ちょっと今から思い出します……。

郡司●これからの留学の抱負的な位置づけだったのでしょうかね。

中矢●そうかもしれませんね。この短文のテーマが「ご自身が目指す俳句や、いま思うことについて自由にお記しください」というご依頼だったんですよ。で、短文には「ここ二年ほど、実作活動があまりできておらず」と書いたじゃないですか。ここ二年で私に起きた大きな変化は、コロナ禍のなか卒業論文を書いて、大学院に進学したことなんですよね。だから「代わって先人の俳句作品や評論を(本当に少しだが)読むようになった」というのは、卒業論文のテーマである、日本からブラジルに渡った移民の俳句についてであって、特に佐藤念腹という俳人に関連したものだったので、やっぱり今回の留学には接続していますね。

郡司●その日本人移民が日本語で書いた俳句やエッセイからこのアマチュアリズムという言葉が出て来たということでしょうか。

中矢●細川周平という文化人類学者が、日本人移民の俳句を始めとした文芸について研究・出版していて、この先行研究を受けて出てきた言葉かと思います。移民俳句には、賞を目指そうとか、俳句的テクニックを効かせるぞとか、先行作品への造詣の深さを見せるぞとかそういう尺度ではない世界があるんですよね。「書くことが楽しい」という素朴だけれど凄く一番大切なものがあると思うんです。句会に行けば友人たちの近況が分かって嬉しいとかも、コミュニティの力の根本のようでいいなと思います。

郡司●これを留学する直前に書いて、今留学終わって改めて読み返した訳ですが、何か思うことはありますか。

中矢●第25回の連載で書かせていただいたように、私はブラジルで砂丘句会という移民一世の方を中心とした日本語の句会に二度お邪魔したのですが、細川先生の言っていたことの一端を垣間見ることができたような気がします。あとはそうですね、日本国内にも同じように「書くことの楽しさ」に根付いた句会がきっとあるんだろうなという気持ちになりました。もう既に参加しているとも思いますし、他には例えば公民会や地域の句会とか。

郡司●社会教育的な意味合いでしょうか。

中矢●そういう側面もあるかもしれません。一句ずつの内容もまっすぐ思いを書くようなどちらかというと分かりやすい作品で、また季語や定型を所与のものとして素直にそれを活かしていくような書き方に出会えました。ここらへんの話は凄くどう表現するかいつも迷うのですが、皮肉や嫌味では全くないんです。

郡司●カルチャースクールや生涯学習という点でいえば、例えば囲碁とか将棋とか、俳句に限らない話かもしれませんね。そうなったとき、逆に俳句である意味って何でしょう。中矢さんは短文に「俳句の持つアマチュアリズム」と書いていますよね。

中矢●アマチュアリズムの反対がプロフェッショナルだと思うのですが、まずこのプロを生計に限っていうとすると、俳句活動だけで生計を立てている人って多分日本に五人くらいしかいないと思うんです。で、俳句で生計をどうやったら立てられるか、俳句がいい意味で経済を回せるようなビジネスになれるかということを考えることも多分大切なんですが、私自身の生き方としては俳句で飯を食うというそのイメージは、全く現実的ではなかった。だからといって卑屈になるのもあまりに極端で尚早だと思っていて、寧ろ肯定したいと思うんですよね。私自身を肯定するためにも。で、俳句の実作プレイヤーのほとんどが、俳句に関することではない違う手段で生計を立てているんだよなということをまず現実として受け入れたうえで、そうやって生きる人々の余力のところで回っている俳句界を、どうやって賑やかにしていけるかみたいなことを考えたいんです。

郡司●なるほど、ありがとうございました。私は結構、個人の内面的な姿の話が中心かと思いましたが、経済的なハード面の問題の方がやや強調される感じでしょうか。

中矢●個人の内面的な姿の話も勿論あって、そっちの方を先に言えばよかったですね。俳句って基本的には勝ち負けもないし、段位や資格やお免状みたいなものもないので、ある意味誰でもいつでも「私は俳人です」って名乗れちゃう。勿論賞をとるとか、代表句があるとか、句集を出すとか、選者になるとか、ある種段階はあるけれど、誰が「上手い」のか「凄い」のかも少し曖昧。そういう曖昧なところも、そして周囲からも「趣味」として軽く見られて自虐的になりそうになるときも、都度まず一旦そのアマチュアリズム性を引き受けたうえで、それを愛するとか、その現状を少しでも変えていくとか、行動に移していきたいなと思います。

郡司●なるほど、ありがとうございました。次はもう少し具体的な留学の話に移りましょうか。

中矢●はーい、お願いいたします。

~第2回に続く~

2024-02-04

中矢温ブラジル俳句留学記〔26・最終回〕セーハ・ド・イタペチ句会:ブラジルにおけるポルトガル語の有季定型句会への参加レポ

ブラジル俳句留学記〔26・最終回
セーハ・ド・イタペチ句会:ブラジルにおけるポルトガル語の有季定型句会への参加レポ

中矢温


2023年11月25日。この日はサンパウロらしい不安定な曇り空で雨が降っており、気温も11℃と冷え込んで、夏らしくない寒い日だった。私は再びモジ・ダス・クルーゼスというサンパウロ郊外をひとり訪ねた。第17回のブラジル俳句留学記で取り上げたリアナ・ナカムラ氏の詩集出版イベントが行われたブックカフェ・バーの「ア・エオリカ」(A Eólica Bookbar)で、毎月ポルトガル語の句会が行なわれていると聞き付けたのだ。

この句会の名前は、「ハイカイ研究会セーハ・ド・イタペチ」(Grêmio Haicai Serra do Itapeti)。正岡子規→高浜虚子→佐藤念腹→増田恆河→テルコ・オダ→ルシア・マルティンスを一つの系譜として継いでいるとのこと。2021年11月頃から始まったらしい。

11月の兼題は「春暑し」(primavera quente)と「燕」(andorinha)の二句だった。増田恆河とテルコ・オダが編纂したポルトガル語の歳時記『キゴロジア』(kigologia)から毎回選んでいるという。

事前に句作し、持参したのは次の二句。友人ヴィニに文法のチェックをしてもらったので安心して参加できた。

Primavera quente
Pássaros regressando -
À dinossauros 
(Nodoka Nakaya作)
(和訳;恐竜に小鳥が戻る春暑し)

Andorinha
Já saiu no céu da
Casa grande
(Nodoka Nakaya作)
(和訳:燕はや大邸宅を去りにけり)

少し早めにカフェに到着したので、ポンデケージョ(チーズパン)とカフェオレをいただきながら皆さんの到着を待った。

句会を運営しているルシアさん、教師のパウラさん、弁護士等のウォルターさん、欠席投句のネトさんと私の五名から計十句の俳句が出句された。

出句の短冊はその場でルシアさんがノートの切れ端を配ってくれた。「名前は書いちゃだめよ」とのこと。ただ他の皆さんは筆記体で書いているので、私のブロック体の出句ではもはや名乗っているのも同然である。

そのまま混ぜて分けたかと思うと、清記用紙への転記はなく、そのままホッチキスで留めて配ってくれた。一緒に選句用紙代わりのルーズリーフも配られ、「特に好きな二句をここに書いて」と指示を受けた。私はひとまず全部手持ちのノートに写した。

例えばこんな俳句。(翻訳と掲載については許可済です。)
Música eletrônica – エレキテルな音楽
No fio de eletricidade 電線で
Andrinha canta 燕が歌う
(Lusia Martins作)

↑一言コメント:
親燕が歌う様子を詠っているのが興味深く感じていただいた。一行目は電線のうえで歌うことを言っているのだろうと頭では理解できたが、上手く訳出できなかった。

一通り目を通したので選句をしようとすると、ルシアさんが「では一緒に見ていきましょう」と言って、一句ずつを音読して見ていくことに。

最初の三句については「この三句は季語が入っていないので選んではいけません」とばっさり。「短い詩というなら季語はなくてもいいですが、今日は俳句の会なので、季語は必要です。季語というのは季節のテーマで……」と丁寧な説明が続いた。この会では俳句のアイデンティティの根幹として、季語は必須条件に置かれている。

私の「春暑し」の句へのコメントに差し掛かった。普段の日本語の作句では季語を必ずしも重視していない立場だが、今回は二句とも兼題を詠んで参加していたので、季語についてのフィードバックはなく、代わって定型についてコメントをいただいた。

Pri/ma/ve/ra/ quen/te →quenteのアクセントはqueにあるのでteはシラブルとして数えないので五音。
Pá/ssa/ros/ re/gre/ssan/do - →同じく行の末尾のdoはシラブルとして数えないので六音。
À/ di/no/ssau/ros →同じく行の末尾のrosはシラブルとして数えないので四音。

五七五の定型に対して、五六四の句を提出してしまった。ルシアさんから二行目のPássaros をOs pássarosにして七音に整えることを提案いただいた。ただし、定型にとらわれすぎるのもよくなく、内容がよければ多少の字余りや字足らずは許容されるとのこと。日本での句会の教えと重なるところがある。

その後選んだ句を発表し、点盛をして、選句の弁を述べてお開きとなった。私の燕の句を二人に選んでもらった。上位の二句はテルコ・オダさんに見てもらえるという。以上がポルトガル語の句会の参加レポである。全てポルトガル語で行なわれるので新鮮なのに、句会のスタイルは慣れ親しんだそれそのものでどこか懐かしく、大変楽しかった。


後日、テルコさんからの選評がルシアさんを通じて届いた。

(Lucia) Boa tarde, enviei os haicais votados pra mestra Teruko!, ela fez essa pergunta; “Andorinha/ já saiu no céu/ da Casa grande. Não entendi a poesia do texto...”
(ルシア)こんにちは、選句した俳句をテルコ先生に送りました。彼女から「燕はや/大邸宅を/去りにけり この詩のテクストがよくわかりませんでした……。」という質問がありました。

(Nodoka)(のどか) 
Okay, obrigada. Vou explicar!
はい、ありがとうございます。説明いたします。
Para mim, andorinha, sabe voar rapidamente, é um símbolo de livre.
私にとって、ツバメは素早く飛ぶことができ、自由の象徴です。
Ele já conseguiu sair no céu da Casa Grande (o dono usou escravos).
燕はすでに大邸宅(主人が奴隷を使っていた家)の空を去ることができた。
Eu escrevi esse haicai no Dia nacional da consciência Negra.
私はこの俳句を国際黒人意識デー(11月10日)に作りました。
Mas concordo com a opinião da mestre Teruko.
ですが、私はテルコ先生の意見に賛成です。
Acho que não consegui mostrar meu sentimento nesse haicai. Tão complicado.
この俳句では私の気持ちをうまく表現できなかったと思います。あまりに複雑です。

これに対するテルコさんからの返信はなかった。実はこのやり取りの前にテルコさんに別件でハイカイについて直接連絡をさせていただいこともあるのだが、返信をいただくことができなかった。関係者曰く最近は少し俳句の場から退いているとのこと。


2024年1月27日。再びブックカフェ「ア・エオリカ」を訪ね、句会に参加した。

1月の兼題は「氷菓」(sorvete)、「クリスマス」(natal)、「サトウアリ」(formiga-açucareira)の三句だった。

Tirei e apaguei
As fotos do mar
Sorvete no trem
(Nodoka Nakaya作)
(和訳:車窓より海撮りて消す氷菓食む)
↑一言コメント:
一行目の音数の数え方はこうなるらしい。Ti/rei e a/pa/guei で四音。Pagueiは最後の音にアクセントがあるので最後の音も音数に含むのだとか。ポルトガル語の音数を数えるのはかなり難しいことがよく分かった。ネイティブの感覚が必要で、かつネイティブも練習が必要のようなので、道は長く険しい……。

Até o Natal
As provas do engenheiro
Um após o outro
(Nodoka Nakaya作)
(和訳:ナタルまで試験次々工学部)

↑一言コメント:
ブラジルでは他の多くの学部が4年生のなか工学部は5年生で、留年率も高いという。入学こそできても卒業が難しいらしい。サンパウロ大学で今年耳にした実話である。
ルシアさんが一つのジョーク(ポルトガル語ではpiada)を教えてくれた。
息子:ごめん、父さん。今年も工学部を卒業できそうにないんだ……。
父:案ずるな、息子よ。
息子:どうして?
父:父さんもまだ卒業していない。

Tatuagem:
Formiga-açucareira
Andando na perna
(Nodoka Nakaya作)
(和訳:脚の詩のタトゥーを昇るサトウアリ)

↑一言コメント:
ルシアさんがこの句を褒めてくださった。「幻想や頭のなかのイメージではなく、見たものを淡々と描いているのが俳句らしくてよい」とのこと。

他の皆様の俳句は例えばこんな句があった。(翻訳と掲載については許可済)
Hora do café コーヒーブレイク
A formiga-açucareira サトウアリが
Chega, sem convite! 来た!招待していないのに
(Geraldo Neto作)

↑一言コメント:
平明な句意のなかにユーモアの光る面白い句だと思った。

1月の句会にはモジに暮らすポルトガル語俳句を始めたいという友人も誘って参加することができ、よい会となった。
彼女が着席五分で即興で詠んだ句がこちら。

Lembrança de infância 子どもの頃を思い出す
Crianças correm pela casa 子どもたちが家のなかを走り回る
Então já é Natal さあ、今日はクリスマスだ
(Marisa Hirano作)

ルシアさんに「私はこのハイカイがとっても好きなんですが、ブラジルのハイカイでも、今現在の一瞬を詠むことが基本ですか?」とお尋ねしたところ、「イマ・ココ・現在は基本だけれど、例えばこのハイカイの場合は、現在の景色が過去を呼び覚ましているから、思い出=よくない俳句という訳では決してないの」という返答をいただいた。

ルシアさんは続けて、「マリサにとってはSekidai(席題)になったね」と言った。私は続けて「席題はすぐに詠まねばならず、俳諧の遊戯的な側面をよく表していると思う」と言った。口からでまかせの適当なことを言ってしまったかも……と後からちょっと後悔した。

ところで、ブラジルの全ての句会や俳人がこの「日本的」なスタイルという訳でもないはずだ。また季語という概念を重視しない俳人たちの存在も句集も多数確認している。ブラジルの俳句文化は多様である。統計も何も手元にないが、ブラジルでも季語や定型にこだわらない俳人たちの方が多数という肌感覚でいる。ただし、こだわらない彼らの句会スタイルは一つも確認できていない。句会や合評というスタイル自体が、「座の文芸」というか「日本的」だと思うので、季語や定型を意識せず、日本の「伝統」派でないブラジルの詩人たちが、句会をしているとはあまり思えないような気もする。そうなると、自分で作った俳句を自分で選んで一冊の句集に纏めているということになるが、どうなのだろう。謎のままでは修士論文の研究にならないので、また別途考えたい。

ところで留学を通じて一番数をこなしたのは自己紹介である。元々は「何をいえばいいか分からない」という自意識が原因で、自己紹介が苦手だった。ただ留学先では、何せ会う人全員が初めましてなので、自己紹介は避けて通れない。最近はコツも掴んできて、二つほど実践しているのでお伝えしたい。両方当然のことかもしれないが、私は留学に来てから初めて知ったことである。

一つ目は、挨拶したい人と知人の人がいるなら、その人と一緒に伺ってまずは代わりに声を掛けてもらって、あわよくば紹介までしてもらうといい。ブラジルでの関係性は、年が離れていようと何であろうと、「友だち(アミーゴ)」の一点張りで問題ないと思う。紹介が信頼の証左になるアミーゴの文化を時折実感する。

二つ目は、自己紹介を長くし過ぎないことだ。名前は絶対入れるとして、あとは短く済ませるのがといい。興味があれば相手が聞いてくれるし、それが会話になるからだ。興味がなさそうで何も聞いてくれなかったら……頑張ろう。こちらから何かを聞いてもいい。

ブラジルで私が自己紹介したのはせいぜい次の八つである。「名前」、「ブラジルの到着日」、「出発日」、「出身県」、「日本での居住地」、「ブラジルは気に入ったか」、「何故ポルトガル語の勉強を始めたのか」、「ブラジルで何をしているのか」。

最後の「ブラジルで何をしているのか」についても、「サンパウロ大学の文学部で交換留学中です」と簡潔に答えるよう心がけていた。しかし今回の句会会場のカフェの店主さんは少し違った。「文学部で何を勉強しているの?」と更に聞いてくださったのだ。ここまで聞いてくださって初めて「私はブラジルの俳句文化に興味があるんです。あ、俳句といいますのは……」と長めの説明をした。実は日本でもブラジルでも「俳句」と言ったら大抵の人を困惑させることが分かっていたので、あまり初対面の人に説明してこなかったのだ。失ったチャンスも多かったかもしれないが、小気味よいコミュニケーションのためにあまり話してこなかった。

店主さんは俳句とは何かの説明をしようとする私を遮って、「俳句?!」と驚いて、毎月ここで句会をしていることを教えてくれた。

その場で連絡先を交換し、ワッツアップ(日本でいうところのライン)のグループに招待いただき、皆さんが歓迎くださって、今回の句会に参加する運びとなったのだった。

さて、ここまで26回にわたる、俳句と関係がないことの方が多い連載「ブラジル俳句留学記」にお付き合いくださり、御礼申し上げます。俳句という文芸が、遠くて楽しい国ブラジルでも愛されていることが、どうか皆さまの心を温めますように。

2月に「ブラジル俳句留学記」を振り返るスペシャルな対談と、その書き起こしの寄稿を予定しております!『週刊俳句』で連載をすることが高校生の頃からの密かな目標だったので嬉しく思っています。ありがとうございました。

十一月句会

一月句会。ハイカイの本をプレゼントにいただいた。

ブラジルに来てからコーヒーが飲めるようになった。

簡略的な清記用紙。筆記体が書けない私の字は一発でばれてしまう。


〔ポルトガル語版〕(o resumo no português)

Participei da reunião de haicai com kigo(termo da estação) e métrica de sílabas. Essa reunião está feita cada mês no café, a Éoloca no Mogi das Cruzes em Sãp Paulo. A organizadora é Lucia Martins. A linha de alma de haicai japonês é ligada de Shiki Masaoka, Kyoshi Takahama, Nenpuku Sato, Goga H Masuda, Teruko Oda, Lucia Martins e outros participantes. Que interessante!

2024-01-28

ブラジル俳句留学記〔25〕砂丘句会 中矢温

ブラジル俳句留学記〔25〕
砂丘句会

中矢温


日本人移民による日本語の俳句会のひとつである「砂丘句会」に11月~1月の三回(12月は体調不良により欠席投句)お邪魔した。サンパウロ市内のサウデ駅から歩いてすぐの鳥取県人会の建物にて、毎月第一月曜日の13時から開催されている句会で、約40年の歴史があるという。移民俳句界における第一人者の佐藤念腹(さとう・ねんぷく)がブラジルで立ち上げた俳句結社が「木蔭」であった。その同人であった星野瞳(「子雷」主宰)が指導されてきた句会が砂丘句会で、星野氏亡き後、現在は小斎棹子先生と、コロナ禍以降広瀬芳山先生が指導されている。

『ブラジル日報』(2022年3月18日)にも砂丘句会についての記事があった。

私が砂丘句会に出席できたのは、この「ブラジル俳句留学記」の第七回で紹介した第14回全伯俳句大会(2023年8月20日開催(2023年8月20日開催)に参加した際に、砂丘句会のベテラン会員の児玉和代さんに声をかけていただいたことであった。私はとにかく若いという一点において大会にて目立っており、それが功を奏したと言える。

11月砂丘句会(2023年11月6日(月)の13~16時)

兼題「灯涼し」、「夏の蝶」、「羅」を含め当季雑詠8句出し。
参加者10名、欠席投句2名。参加費20レアル(≒600円)。
おやつ:チーズ味のポルヴィーリョ(マンジョッカ粉という芋でできたサクサクの麩菓子)三つ、おはぎ一つ、月餅一つ、コシーニャ(≒コロッケ)一つ、クッキー一つ、珈琲とお茶。(参加費とは別で、参加者のおば様たちが持ち寄りで準備くださっているとのこと。)

補足:11月3日の夜の暴風雨によりサンパウロ市内の木が多数倒壊し、電線が断ち切れ、停電が発生した。鳥取県人会は引き続き停電中だったが、天気に恵まれたため、会館の日本庭園脇での青空句会となった。

句会の流れ:出句から清記まで行なったあと、選句用紙に書いて、担当者に渡す形式。8句出し全96句で、10句選(特選1句並選9句)だった。選句を読み上げられると都度名乗りを行なう。披講が終わると、参加者は特選の弁のみ順に述べていく。各句に対する点盛は行わないが、担当者が参加者の名前を紙に書いて、下に正の字で取られた数を記録しており、最後にその点数により上位数名が発表された。

当日の句の紹介
足弱き夫に墓地は広すぎぬ  西森ゆりえ
花種や蒔く土持たず悲しめり  西森ゆりえ
水底に似たる茶房を出て炎暑  武田知子
羅の下に刺青朱の冴へて  広瀬芳山
地球より戦火は消えず夏寒し  小斎棹子

こぼれ話:短冊と清記用紙と選句用紙に加え、砂丘句会では『ブラジル日報』(ブラジルで発行されている最後の邦字新聞)の「ぶらじる俳壇」への投句用紙が配られた。砂丘句会を指導している小斎先生は「ぶらじる俳壇」の選者をされているため、句会の参加者は句会後に出句の中から選りすぐりを転記し、そのまま選者に手渡ししていた。皆さんに倣ってせっせと準備する私に、会計の太田英夫さんは「因みに新聞に掲載されても賞金も賞品もないんですよ(笑)」と冗談めいて耳打ちをした。すると児玉さんが、「我々は活字化されるだけで嬉しいんですよ、ね?」とにっこり笑った。「活字化の喜び」という言葉が私の心に響いた。それと同時に、もう日本人移民の俳句会に定期刊行本を発行する体力は、ほぼない といって差し支えないのかなという実感を得た。ポジティブにいえば『ブラジル日報』を見れば移民俳人の動向を垣間見ることができるともいえる。私たちの投句した句は約2週間後の、11月17日付の「ぶらじる俳壇」で掲載された。


12月砂丘句会(2023年12月4日(月)の11時~。
兼題「ナタ(ー)ル」(クリスマスのこと)、「端居」、「セルベージャ」(ビールのこと)を含め当季雑詠8句出し。
しかし前日に新型コロナウイルスの陽性となり、止む無く欠席となり、投句のみ失礼した。親切にも児玉さんが私の投句の結果を知らせてくださった。

体調は如何ですか?本当に残念でした、句会の結果をお知らせします。[中略]
伐採の予定の枝のリボンかな(2点)[中略]
以上入選しましたおめでとうございます。芳山先生より「佳句だが季語が不在」との指摘がありました。私たちの派は無季は許されないので、「夏伐採予定の枝のリボンかな」と添削し、「ぶらじる俳壇」に私の代筆で投句させていただきました。とても佳いお句です。体調にお気を付けられて一日も早く回復なさりブラジルの日々を楽しまれます様お祈り致しております。

「無季は許されない」とはなかなか強い言葉である。児玉さんからのご連絡の通り、私の句は「夏伐採予定の枝のリボンかな」として、12月9日付の「ぶらじる俳壇」で掲載された。そもそも投句時点であまり気に入らないまま出句したのだが、失礼を承知で正直にいうと、添削後の句もあまり個人的には好きだとは言い難かった。いつかどこかで読んだ結社誌である主宰が嘆いていたのを思い出す。選者による添削は俳句の「商慣習」の一つであるため、氏は選の一環として、会員からの投句に添削をして掲載することがあるのだが、その添削が「誤植」だとして、作者から編集部に連絡が時折来るとのこと。今回私自身恐らく初めての添削を経験したのだが、投句者の気持ちも、選者の気持ちも、何だかよく分かるようになった気がする。


1月砂丘句会(2024年1月8日(月)の13時~。
兼題「初笑」、「初鏡」、「去年今年」を含め当季雑詠8句出し。
参加者13名、欠席投句2名。参加費30レアル(≒900円)。
おやつ:太巻き二つ、かんぴょう巻き二つ、稲荷一つ、饅頭一つ、胡麻煎餅一袋、珈琲と緑茶(冷・温)。

当日の句の紹介
お降りやインカ遺跡にふりそそぐ  西谷律子
ソバと餅かかえて旅や去年今年  西谷律子
擬きなれどそばお節等去年今年  大塩佳子
樹は揺れて魚が応へる年新た  久保一光
陸奥の亡夫の里より賀状来る  小斎棹子

こぼれ話:一般に「コロニア語」と呼ばれる、移民一世の母語である日本語と、ブラジル現地でのポルトガル語とが接触・混交して生まれた言語がある。例えば11月句会で私が特選にいただいた「売り急ぐマンガ一山十レアウ」(太田英夫)はこのコロニア語の俳句と言えよう。マンガとはmanga(マンゴー)のことで、レアウとはreal(ブラジルの通貨)のことで、これらのポルトガル語の単語を片仮名発音に直して、それを日本語のモーラで数えて、五七五の定型に収めている。つまるところ、青空市場の終わりの時間になって、店側が急いでマンゴーを売っていて、それが一山で十レアル(≒300円)くらいというお値打ち価格になっていることを、俳句の定型に乗せて詠んだ楽しい句である。

実はブラジルに来るまで、私はこのコロニア語の俳句は、移民俳人たちは日本国内の俳人の詠む俳句との差異や独自性を考えるなかで、このような言葉の斡旋をしているものだとばかり思っていた。いわば戦略的な俳句だろうという仮説が自分のなかにあった。しかし実際には意図などなく、自然と生活に馴染んだ言葉であるのだ。砂丘句会にてある方が私に「そこのメーザ掛けを取ってくださる?」と話した。私は咄嗟にその場の状況からメーザ=mesa=机と分かり、机掛け=テーブルクロスと判断してお渡しした。するとその方は笑いながら、「あら、変な日本語を使っちゃってごめんなさいね、恥ずかしい……。ポルトゲース(注:ポルトガル語のこと)も全然話せないけれど、満足に日本語も話せなくって……。でもね、私たちは皆これでわかっちゃうの、不思議でしょう?」と悲しそうな、どこか誇らしげな顔をした。胸がきゅっとなった。

コロニア語の俳句の面白さだけでなく悲しいところも挙げるとすれば、まず一つに日本国内に在住の選者には分からないことが多いことである。二つ目にコロニア語俳句はポルトガル語を使っているものの、片仮名表記に直した日本語で書かれているので、ポルトガル語ネイティブのブラジル人が理解できる訳でもないことである。ブラジル日系社会のアウトサイダーでコロニア語俳句を楽しめるのは、日本語とポルトガル語の両方をある程度解する俳人に限られる。特に草花の句なら実際に咲いているところを見たことがあった方がいいだろうし、行事の句なら参加したことがある方がいいなどと更に注文をつけたくなってしまう。またなんでもかんでもポルトガル語に翻訳すればいいものでも、できるものでもないし、コロニア語俳句に対してこてこての注釈を都度付すのも少し違うのだろうなとも思ってしまう。なんとも難しい。

例として一句をコロニア語俳句として例に出したが、日本国内でこれまで参加してきた句会との差異を見つける方が難しいくらいで、私はブラジルにいることを時折忘れながら、ただただ句座を囲む時間を楽しんだ。砂丘句会の皆さん、ありがとうございました。

補記:
サンパウロ州の日本図書館(Biblioteca Japonesa)のあるサン・ミゲル・アルカンジョ(São Miguel Arcanjo)という地区でも、日本語による句会が毎月あるという情報を入手した。サンパウロ大学内の一つの図書館で司書さんと立ち話をしていたところ、自身がサン・ミゲル・アルカンジョ近くの出身で、また兄弟の妻が日系ということもあり、俳句を含め日本文化への興味関心をお持ちとのこと。早速連絡をしていただいたが、1月の句会はもう終了してしまったとの返答で残念だった。





O resumo em português

Em novembro e dezembro de 2023, participei da reunião de haiku escrito em japonês pelos descendentes ou imigrantes japoneses. Esta comunidade de haiku é chamada “Sakyû-Kukai”, Sakyû é dunas de areia e é o lugar popular na Provincia de Tottori no Japão. Todas as pessoas podem participar da esta reunião, mas o origem é poeta de haiku na comunidade de Provincia de Tottori. O lugar da reunião é também Associação Cultural Tottori Kenjin do Brasil. 

O procedimento da reunião de haiku no Brasil é igual dele no Japão. Antes da reunião, os temas de estação foram anunciados. Por exemplo, na reunião de novembro, participantes compõem haikus com temas “borboleta verão”. Cada pessoa leva oito haikus e escrita cada haiku no papelzinho sem nome do autor. Depois de misturar todos papelzinhos, a situação protege a anônimos e prepara para comentar aos e outros sem hesitação. Depois do tempo de selecionar favoritos e dar comentários, em fim os nomes de autores são publicados. 

Aqui no Brasil os poetas do haiku escrevendo em japonês é diminuindo por causa de envelhecimento da comunidade japonese. Mas este tempo é brilhando para vida alegria com identidade como um poeta. Esta reunião me deu a energia.

2024-01-21

中矢温 ブラジル俳句留学記〔24〕旅のアルバム

ブラジル俳句留学記〔24〕
旅のアルバム

中矢温


1. ニテロイ現代美術館前にて2023年9月1日に撮影。ブラジル人建築家、オスカー・ニーマイヤーの設計。



2. サンパウロ美術館にて2023年9月3日に撮影。エドゥアール・マネ作の『アマゾン:マリー・ルフェブールの肖像』。



3. サンパウロ郊外にて2023年9月9日に撮影。やや見えづらいが白・黒・茶の野良の馬が憩っている。初めての長距離バス旅行で微睡みから醒めたとき、最初に見た光景だった。



4. イビラプエラ公園内のアフロブラジル博物館にて2023年10月5日に撮影。サッカーの王様ペレはアフリカ系ブラジル人である。2022年12月29日に亡くなった。



5. ブラジル北部のフォルタレーザのクルーズにて2023年11月18日に撮影。10分間の停泊中に船長の許可のもと少年の父親が飛込み、少年を呼んでいた。



6. イグアスの滝近くの鳥公園にて2024年12月9日に撮影。伏せて眠るインコを見て、鳥に瞼があることに改めて気が付いた。



7. 上空のヘリコプターよりイグアスの滝を見下ろしながら2024年12月9日に撮影。地球平面説を信じる人の恐れる地球の果てはきっとこんな景色なのだろう。



8. ミナスジェライス州の州都ベロ・オリゾンテにあるパンプーリャ湖にて、2024年1月12日に撮影。



9. 同じくパンプーリャ湖にて同日撮影。木蔭で暫し休憩。太い幹を蟻が一匹だけ歩いていた。



10. ミナスジェライス州の世界遺産オウロ・プレートの教会にて2024年1月13日撮影。夕立が降り始めて上がりかけの頃、人懐こい野良犬が芝生を嗅いでいた。




2023-12-31

中矢温 ブラジル俳句留学記〔22〕ブラジルの資料アクセス先(暫定版)

ブラジル俳句留学記〔22〕
ブラジルの資料アクセス先(暫定版)

中矢温


今回は「日本在住の俳人がブラジルの資料にアクセスしたくなったら」というかなりニッチな内容である。つまるところ、私が渡航前に知りたかった情報である。誰の役にも立てないかもしれないが、こういう情報は共有財産にしていきたいので書き残す。

〔日本語編〕

1. サンパウロ人文科学研究所の蔵書検索(日本語資料)

日本人移民の資料にご関心のある方におすすめ。ページ下部の分類も眺めるだけで楽しい。今後寄贈図書のデーターベースも更新されるだろう。

2. 文協図書館

日本人移民の資料にご関心のある方におすすめ。蔵書検索のサイトはないので、現地訪問する必要があるが、大変面白い図書館。サンパウロ人文科学研究所と文協図書館は同じ建物内にある。

3. 国際交流基金(サンパウロ)の蔵書検索サイト

ブラジルにおける日本受容に関心のある方向けかも。日本語教育のサービスや蔵書に特に力が入っている。ここで一日漫画を読んで過ごしたこともある。
※↓国際交流基金のサンパウロ日本文化センター図書館全体のホームページはこちら。
https://fjsp.org.br/biblioteca/jp/

4. サンパウロ大学の日本文化研究所

サンパウロ大学に籍がないと来館予約や閲覧ができないのでかなりハードルは高い。そしてここだけの話、データーベースにはあるが現物はない(紛失?盗難?)ことに度々遭遇し、大変悲しい気持ちになった。蔵書検索はどなたでも!

〔ポルトガル語編〕

5. グーグル・アカデミコ ( Google Acadêmico )

グーグルスカラーのポルトガル語版。

6. 連邦大学の修論と博論の検索サイト

検索結果をクリックしたら即ダウンロードできる訳では必ずしもない。各大学の図書館で個別に検索したり、タイトルで検索したりすれば、大抵ダウンロードできる。修論や博論のデジタル化が日本より進んでいる印象を受ける。サンパウロ大学の先生に教えていただいた。

7. ブラジルの国立図書館の蔵書検索サイト

ホストマザーのアナ先生に教えていただいた。登録ナシで古い雑誌や新聞が読め、単語検索もできるので今後もかなりお世話になりそうだ。

8. サンパウロ大学の図書館の蔵書検索サイト

ブラジル到着前にチューターの学生に「何か心配なことはある?」と聞かれて、「サンパウロ大学の蔵書検索サイトを教えてほしい」と言ったら、「これだよ。生活面とかより、図書館の心配しているのは面白いね笑」と返信を貰ったのを覚えている。かなり助けられた。

8-1. ブラジリアナ図書館のデジタル資料

予約をしないと入れない大きな図書館。一部資料がデジタル済。

9. サンパウロ人文科学研究所の蔵書検索(ポルトガル語資料)

10. アマゾン

日本で使い慣れていたこともあり、こちらでも本の注文に使っている。スーツケースにもう入らないので、恐らく帰国前に日本に送る。(直接日本への配送は難しそう。)

11. Estante Virtual(バーチャル本棚)

日本でいうところの「日本の古本屋」である。ただし私が日本より持参したクレジットカードが二枚とも弾かれてしまったので、ホストマザーにPIX(ブラジルの電子決済)で代理購入してもらった。 (日本への配送は同じく難しそう。)
一度間違った本が届いたが、返品交換時の送料は注文者負担なので、新たに購入した。やれやれと思ったが、入手できたので赦す。

12. Mercado Livre(自由市場)

日本でいうところのメルカリなどのフリマサイトに近い。

言語能力の不足や情報処理能力の不足もあり、私一人の半年間の留学ではこれらの蔵書はとてもではないが活かし切れなかった。誰かの役に立てば嬉しい。

これに続いて、サンパウロのおススメのレストランやカフェ情報もお届けしたいところだが、他の方のブログにも情報は多いし、何より「ブラジル俳句留学記」ならぬ、「ブラジル食べ食べ留学記」になってしまうので控える。渡航前よりふっくらとして帰国するかもしれない。



2023-12-24

ブラジル俳句留学記〔21〕焦燥のクリスマス 中矢温

ブラジル俳句留学記〔21〕
焦燥のクリスマス

中矢温


ブラジルに来てから毎月一回、日本の方の大学のゼミにオンラインで参加し、研究の進捗を報告している。私以外にもアルゼンチンやホンジュラスから参加するゼミ生もいて楽しい。毎月の発表とその準備は、誘惑の多いブラジル生活でのペースメーカーになっている。12月のゼミは27日に実施されるので、いかにクリスマスまでに準備を済ませられるかが勝負の分かれ目であった(この書き方から分かるようにちっとも終わっていない)。

ブラジルに滞在する時間が長くなるにつれて、どんどん友人関係は広がっていき、急な予定や旅行の計画が入るようになってきた。落ち着いて研究に腰を据えられているかといえばノーである。特に12月はクリスマスや忘年会など年末年始の予定が連日続いた。

ブラジル全土かは自信がないが、少なくともサンパウロのクリスマスは、苺のショートケーキではなく、パネトーネ(panettone)というイタリア発祥のシフォンケーキ(パウンドケーキ?)でお祝いする。私が初めてパネトーネを食べたのは、まだクリスマスの感じもないような12月頭だった。仕事帰りのシェアハウスの友人が「ボスに貰った~」と1キロ越えのパネトーネを抱えて帰ってきた。そのまま少し分けてもらったが、縦に手で裂くことができ、ふわふわの食感で大変美味しかった。私が食べたのはチョコレートだが、色々なフレーバーがあるようだ。常温で保存も効くので、ケーキというより菓子パンに近いかもしれない。

現在ブラジルは夏真っ盛りで、暑い暑いと託ちながら暮らしているあいだに、年を越してしまいそうだ。年の瀬の迫る歳末という感がまるでない。私は修士論文という大きな宿題を抱えたまま、夏休み最後の八月三十一日に閉じ込められて、毎日を繰り返しているような感覚がある。焦りもあるのだが、楽しさの方が大きくて、文字通り夢のような不思議な日々である。



〔ポルトガル語版〕(escrevi o resumo no português)

Cada mês participo a reunião online do meu curso da minha universidade e reporto o resultado da pesquisa. Esta reunião começa às 14 horas no Japão, então tenho que acordar da meia de noite de à manhã. Porque é a minha alegria de conversar na reunião, no dia da reunião preparo doces, salgados e bebidas. Alguns estudantes participam em Argentina e em Honduras. Mesmo que a vida no Brasil é cheio de passeios com amigos, graça da reunião eu mereço ser estudante no curso de mestrado. Neste mês, a reunião vai fazer em 27 e acho que é chave se posso acabar a preparação antes de Natal ou não. Como você pensa, não acabei a escrever o documento de apresentação nada. 
Aqui no São Paulo, vai comer panetone como bolo de Natal, mas não tenho certeza que nas todas regiões a gente vai celebrar o Natal com panetone. A primeira vez de experimentar panetone foi a compartilhar pelo amigo da república. Um chefe dele lhe deu um panetone grande mais pesado que um kg. Foi macio e gostoso.
Estou no verão verdade e estou fazendo reclamação sobre queninho. O tempo passa rapidamente. Já chegou no fim do ano. Estes dias parece o dia de final do feriado de verão da primeira escola no Japão; entendo a prioridade de acabar de escrever o papel de mestrado, mas deixo sem avançar. A vida aqui é cheia de sonho e pressão.

2023-12-17

中矢温 ブラジル俳句留学記〔20〕トイレの落書き

ブラジル俳句留学記〔20〕
トイレの落書き

中矢温


今回はブラジルに来て一番衝撃だったことを書きたいと思う。それはブラジルのトイレは鍵が閉まらないことが多いことだ。短い腕を伸ばして必死にドアを押さえてみたり、荷物を置いて開かないようにしてみたり、誰も来ないでくれと祈ってみたり。都度頑張って対処している。

因みに詰り防止のため、使った紙は便器脇の屑籠に捨てる使用となっていることも衝撃的だった。日本で身に着いた習慣は恐ろしいもので、数度便器のなかに捨ててしまったこともあるが、力いっぱい流したら無事紙が流れてくれたので安心した。

こういう訳なので勿論ウォシュレット等の機能はないし、便座はいつも冷え冷えとしている。まあ慣れればなんということもないが、慣れるまでは大変であった。おすすめのトイレは、サンパウロ通りにある国際交流基金のトイレである。勿論鍵がきちんとかかるし、清潔だし、ウォシュレット機能もあって、おまけに広い。

有難いことにどのお手洗いにも石鹸はあって、また手を洗った後のペーパータオルもほぼ必ずあるので、ハンカチを忘れても安心である。

それにしても公共のトイレは不思議な空間である。ひとたび鍵を閉めればプライベートな空間になるが、ドアを開ければまたすぐパブリックな空間に戻る。壁や鍵でプライベートが確保されつつも、密閉空間ではないので、外で待つ他者や隣の個室にいる他者の気配は感じる。

前置きが長くなったが、ブラジルに到着して数日後、初めてサンパウロ大学のお手洗いに入ると壁に「落書き」が書いてあった。

Quero me matar.

思わず息を呑んだ。
直訳すると「私は私を殺したい」、つまり「自殺したい」ということである。シャープペンシルで書かれた弱弱しい字だった。

その「落書き」から矢印を伸ばして、「大丈夫?」と違う筆跡で一言書かれていた。私も何か書こうと思ってペンを探る。青いペンで「あなたは一人じゃないよ」と書いた。

その「落書き」のことは気になりつつもその個室をピンポイントで利用することもなく、一週間ほど経ってまたその個室に入ったら驚いた。落書きが大量になっている。「自殺したい」を取り囲むようにあれこれと励ましのメッセージが並んでいた。「私に連絡して!」と電話番号を書いている人までいた。詩のような暗喩めいた言葉はなく、どれもまっすぐ心に届くメッセージだった。

そういえば日本の女子トイレにも希死念慮やDVについての相談を促す小さなカードが置いてあることがある。なんとなくその意図や効果が分かったような出来事だった。公的空間と私的空間の狭間でひっそりと発されたSOS。あの落書きを見てから四か月が経つ。彼女は少しは元気になっただろうか。元気いっぱいでなくともいいのだけれど、ただどうかしなないでほしい。

雨季の12月に訪れたイグアスの滝


〔ポルトガル語版〕(escrevi o resumo no português)

Gostei do Brasil e já foi costumado para o Brasil, mas ainda não posso entender porque quase todo porta do banheiro é quase quebrado. 

Demais queria deixar fora o papel na banheira, mas sorgo a regra de deixar fora para lixeira ao lado da banheira. A sistema da banheira não tem bastante pressão de água.

Então, no banheiro da USP, eu vi uma mensagem em uma parede.

-Quero me matar.

Fiquei muito triste, mas eu também descobri outra mensagem ao lado da mensagem.

-Tudo bem? 

Eu decidi adicionar minha mensagem. 

-Você não é sozinha.

Depois de uma semana, eu visitei esta parede de novo. Nossa. A parede fica com cheio das muitas mensagens. Gosto do coração aberta dos brasileiros e desejo ela fica melhorar, quem escreveu -Quero me matar.

2023-12-10

中矢温ブラジル俳句留学記〔19〕2023年度口語詩句賞結果

ブラジル俳句留学記〔19〕
2023年度口語詩句賞結果

中矢温


この度公益財団法人佐々木泰樹育英会主催の2023年度口語詩句賞にて、奨励賞をいただいた。素直に嬉しい。

他の受賞者の作品はこちらから読むことができる。

この口語詩句投稿サイトに投稿された口語詩句は、複数の選者によって毎月一定数の佳作に選出され、選評もつく。ここでしか作品を読めない詩人たちがいる。特に表彰式や授与式を通じて、うっすらとしたコミュニティもあって嬉しい。2023年12月1日時点で、林桂、西躰かずよし、龍秀美、杉本真維子、小島なお、立花開、髙橋修宏、木下龍也の八名(敬称略)が審査にあたられている。(審査員の先生方の顔ぶれを見てわかるように、「鬣」の息吹を強く感じる。またこちらの賞の後援は現代俳句協会と思潮社現代詩手帖編集部である。)一名以上の選者によって佳作に選ばれた句のなかから十句を選んで応募する仕組みである。応募にあたっては、各種証明書の送付が必要で、今回は日本に暮らす親の手を随分煩わせた。改めて感謝したい。

私が応募した作品は次の十句。この場を借りて、(陳腐なものになることを知りながらも)自句自解を開陳したい。

漱ぐ 言葉貧しくして光れ

→「語彙力がない」の言い換えとして「言葉を貧しくする」という表現にした。語彙の乏しさは一見ネガティブな現象と思われがちだが、使用言語が制限されることにより研ぎ澄まされて輝くものもあるのではないかと思っている。ある種ポジティブなものとして読者に提示したかった。

真昼間の柱時計を巻く仕事

→ある日の夢のなかで私は、軽井沢(※行ったことはない)の別荘で柱時計を巻く(※巻いたことはない)仕事をしていた。田中裕明の「教会の冷たき椅子を拭く仕事」の句型を拝借した。

貸ボートみな八月の湖のうえ

→ボートが全て出払っている気持ちよさを詠いたかった。「ボート」と「八月」で季重なりだと気が付いたときには遅かった。類想のある句だとは思う。

来世あるはず心に象を住まわせて

→今回の応募句のなかで個人的に一番気に入っている句はこれ。私は上五の「結構余ってもあとが定型なら赦される感じ」が好きでついつい勢いよく字余りをする手癖がある。「来世あるはず心に●●を住まわせて」がすんなりできたあと、二音の動物をあれこれ考えて象に決めた。第六回芝不器男新人賞の選考会で、中村和弘先生にいただいた「あなたは動物を詠むのがお好きなんですね」という選評を思い出す。「象」にしたのは小川洋子の作品のなかでも特に好きな『猫を抱いて象と泳ぐ』が元ネタ。本心は猫になりたい。

セプテンバー瞳のなかで混ぜる白

→美術の印象派の描き方が、「瞳のなかで」色を混ぜる見方を想定しているのだと、どこかで聞いたことがある。クロード・モネの『日傘をさす女』をイメージして詠んだ。

天文学は天の文学水絞る

→天文学という言葉を見て、ぱっと思った閃きのまま作った。季語の使用を禁じてみたとき出てきた下五は「水絞る」だった。ここで絞っているのは薄汚れた雑巾でもいいが、せめて布巾くらいの、あるいは空全体に充ちているような綺麗な水だと嬉しい。

空に鳶鉄条網に毛布干す

→ブラジルで見た風景を詠んだ句。路上に眠るホームレスの方の横を通ろうとすると、その人はいきなりばっと立ち上がって、くるまっていた毛布をばっと空に放った。毛布は隣の敷地の鉄条網にかかり、天日干しされていた。ここで読者は「鉄条網」から閉鎖空間を想像するだろうと思い、映画『カッコーの巣の上で』などを少し念頭に置きながら全体を整えた。

帯電の身体で泳ぐあおみどり

→私は泳げないからこそ泳ぐ句を詠むことがある。うっすらと電気を帯びた身体で遠くまで泳いだらどうなってしまうんだろう。「あおみどり」は海の色かもしれないし、なんでもない何かかもしれない。説明責任を果たせない句も時々は作りたい。

白浪の晴れてことばの日本海

→今年の二月末、私はお世話になっている先生を訪ね、その際に初めて日本海を見た。冬場の日本海にしては珍しく快晴だった。「俳句が出来たら是非私に教えてください」とにこにこされる先生の横で、私はいつまでもうんうんと唸っていた。「日本海という景色を言葉にする」という現象を組み替えながらできた一句。

一日を船はあおぞら梳る

→私は船酔いが酷く船が苦手だからこそ船の句を詠むことがある。もし甲板に寝っ転がって一日空を見て、もしそれがずーっと「あおぞら」だったら何を思うだろうか。季語の使用を禁じてみたとき出てきた下五は「梳る」だった。この句をヴィニ(ブラジル人の友人で日本語が得意)に見せたら、「船が進んで出来る水脈が、まるで櫛を使っているみたいということ?」という鑑賞を貰った。「水脈」が語彙の引き出しにあるのは本当に凄いと思った。

さて、以上今年の応募では「文語旧仮名ならば出しやすい抒情を、口語新仮名においてどう再現するか」を目指した。成功したかどうかは怪しいが。

そういえば私は大学四年生の秋からこちらの投稿サイトに参加してきたのだが、あるとき「口語という条件なのに、切れ字を使うのはレギュレーション違反ではないか」という指摘をある方からいただいた。私はその場で咄嗟に越智友亮の〈古墳から森のにおいやコカコーラ〉や神野紗季の〈アイドルの口小さくて苺かな〉(アイドルに林檎を齧る仕事かな/野口る理 とセットで覚えている)を引き合いに弁明したのを思い出す。

しかし現在改めて口語詩句投稿サイトのホームページを見ると、確かに作品ルールの第一に「口語とする(や、かな、けり等の切れ字は文語と見なす)」と明記されていた。2022年度奨学生選考でも、2023年度奨学生選考でも、私は「や」と「かな」を平然と使って連作を編んでいたことに気が付き、遅ればせながら青ざめている。レギュレーション違反をした私に全面的な非があることをまずお詫びしたうえで、選考のなかで問題に挙がらなかったのだろうかと思う。しかし選出方法はどうやら選出にあたって選者同士の議論はなく、個々の先生の投票結果で決定するようで、良くも悪くもスルーしていただいたのだろう。

今年度の応募では「や」も「かな」も含んでいない連作で10句揃えることができた。その一方で俳句の重要な要素である切れを生む切れ字を封じて果たしていい句が詠めるものかと、そもそものルールに疑問がない訳でもない。例えば「さ」は切れ字として口語認定されないのだろうか。まだまだ模索中である。

改めてここ二三年を振り返ってみると、大変有難いことに、こういった奨学生に選出いただけたり、年に一二度は総合誌からの依頼をいただけたりと、数年前の私には想像もできないようなお話が多い。しかしこういった依頼はこれまた有難いことに有償のことが多い。そして有償の依頼に応えることでキャパシティが精一杯なのも事実である。しかしここでふとひとつの不安が胸をかすめる。それは詩を書く喜びが第一にあったはずなのに、私は報酬があるから詩を書いているのではないかという疑念である。私は折角好きで入った結社の句会にも不参加が続いており、何だかずっと勝手に後ろめたさを感じている。これではまるで素振りや筋トレもせずに打席に立つような事態である。ぶん回すバットでたまたまヒットが打てることはあっても、ホームランを打つことは望めないと分かっている。

報酬と自発性の問題について調べてみたところ、どうやら既に名前があって、アンダーマイニング効果というらしい。

アンダーマイニング効果とは、ある行動において、自身のやる気やその後の達成感など内発的なものによって行動していたはずが、報酬を受けた結果、報酬を受けることそのものが目的にすり替わり、結果として本来の内的動機が失われてしまう状態のことである。

お金がほしくて俳句を書くことはないのでアンダーマイニング効果にはあたらないのかもしれない。ただ、有償の発表の機会が決まってはじめて俳句を作ったり、有償の発表の機会だけで満足してしまったりしているのは確かである。学部二年生のときの手帳を見返すと、ほぼ毎週土日に句会を入れて、オンライン句会も毎月四つほど打ち込んでいたようで、その頃と比べると句作量はかなり落ちこんでいるといえよう。そして正直戻りたいとも思えない。あの頃はあの頃で今とは違う漠然とした不安と苦しさがあった。

数年ごとに変化する人生のステージの変化への対応に精一杯だが、作句の結果としての作品については、「いい句」を書いた者の「勝ち」だと確信している。自身のアイデンティティの一要素として俳人を選び取るならば、そのスタンスは評論など散文で語る以上に、やっぱり作品単体を通じて自己を示していきたいと思う。その作品の生まれる過程は机上であっても、泥酔で混濁する意識のなかであっても、屋外での対象への真摯な観察を通したものであっても、「いいもの」を書いた者の「勝ち」だと思っている。「いいもの」を書きたい。でも多分粘り勝ちのような根性のところに自分の勝ち目はあるんだとぼんやりとした革新がある。俳句を手放さないというその一点に賭けていきたい。

Eu sou poeta, especialmente, escrevo haiku que tem característico em terma da estação (natureza) e em 5-7-5 sílabas. 

Posto na internet site organizado pela Fundação de Bolsas de Estudo do Sasaki Taiju. Oito mestres (haiku, tanka e poema) escolheram e comentam boas obras cada mês. 

Felizmente, foi selecionada no concurso da Fundação em 2023 como terceiro lugar.
Especialmente gostei esta minha obra,

Creio a existência na próxima vida
No meu coração
O elefante vive




2023-12-03

中矢温 ブラジル俳句留学記〔18〕神よ

ブラジル俳句留学記〔18〕
神よ

中矢温


11月17日から20日にかけて、三泊四日でブラジル北東部のフォルタレーザを訪ね、友人の友人(ジェニー)の家に宿泊させていただいた。

フォルタレーザの美しい海について書いてもいいが、ここはやはり「ブラジル俳句留学記」らしく、言葉について思ったことを書きたいと思う。

ジェニーは近所の方と協力しながら、80歳の女性(サレッチ)を介護している。具体的には毎日サレッチのアパートを三~四回訪ね、すりつぶした食事を口に運び、栄養満点の自家製フルーツジュースを持って行き、お風呂を介助し、祈りを捧げている。私もこの四日間都度ご一緒して、簡単なお手伝いをした。

ジェニーもサレッチも含め、この地区の方々は皆カトリック教徒である。サレッチは覚醒と半覚醒のさなかを彷徨いながら、「オー・メウ・デウス(ああ、我が父よ)」とうわごとのように繰り返していた。その声のかたちごと、今でも私の頭のなかに谺している。

サレッチは混とんとする意識のなかでも、祈りの言葉を覚えており、横になったまま諳んじてジェニーと共に祈ることができていた。私はこの光景を見ながら、第二次世界大戦に従軍した元日本兵のドキュメンタリーを思い出した。番組名も定かではなく恐縮だが、認知症になった彼は、最期まで軍歌だけは力強く歌うことができた。

「オー・メウ・デウス」。英語でいうなら、「オー・マイ・ゴッド」である。これは定型表現として、落胆したときや感謝したときに使う言葉かと思う。しかしサレッチたちの口からこの言葉が零れるとき、それは単なる定型表現としてではなく、正に言葉通りの意味を帯びている。ここに神はいるのだと思った。

サレッチに最後別れを告げたとき、彼女の意識は明瞭で「また今度(アテ・ア・プロッシマ)」と言ってくれた。私が次にフォルタレーザに来られるのは、そもそもブラジルに来られるのはいつになるだろうか。「また今度」という言葉は私の心を締め付けると同時に、いつまでも温めている。

Na minha viagem de Fortaleza, fiquei na casa da amiga católica. Essa comunidade é composta por quilombos. Demais, visitei à casa onda uma mulher doente mora sozinha. Na cada manhã e antes da tomar comida, elas rezam. As palavras das “graças a deus”, “meu deus” e “meu pai” são importantes literalmente para elas. Sinto a alma da palavra. Especialmente, amo e respeito a aliança na sua comunidade. Acho que a vida na cidade está esquecendo a importância de ajudar uns aos outros. Finalmente, estou rezando a saúde e felicidade da Salete e vocês. Graças a Deus, estou com vocês mesmo que depois da volta.




2023-11-26

中矢温 ブラジル俳句留学記〔17〕 [翻訳修正版]リアナ・ナカムラ「市場」

ブラジル俳句留学記〔17〕
[翻訳修正版]リアナ・ナカムラ「市場」

中矢 温


去る10月28日、この「ブラジル俳句留学記」の第五回と第六回にて取り上げた日系の詩人のリアナ・ナカムラさんに招待いただき、の出版記念イベントで朗読を行なった。朗読した詩は『週刊俳句』にも掲載した「市場」。リアナさんがポルトガル語を一行読んで、私がそれの日本語訳を読んで、またリアナさんが次の行を読んで……というキャッチボールのような朗読形態にした。イベントの場所はモジ・ダス・クルーゼスの素敵な本屋兼カフェで、私の住むシェアハウスからはメトロと電車で片道2時間の距離だった。

リアナさんは自分の詩集を自分で宣伝できる点でプロデュース力が大変高く、尊敬してしまう。モジはリアナさんの出身地で、家族や友人も多く来場されていた。イベントにはおおよそ20人が参加した。

イベントは講演と演歌と私の朗読という三本立てで、特に美空ひばりの「川の流れのように」を聴くことができ楽しかった。

私にとって詩の翻訳は勿論、朗読も初めての機会だったが、何とか楽しくやり遂げることができたと思う。これも私一人の力では決してなく、友人ヴィニのおかげである。ヴィニは同じシェアハウスに住んでいて、日本語も話せるサンパウロ大学の学生で、和訳の確認と朗読の練習を手伝ってくれた。更にはシェアハウスからモジまでの長くてちょっと危険な日帰り旅行にも同行してくれた。ヴィニの学部は絶賛試験期間前のはずだったが、優しい友人に恵まれたものである。

最後に「市場」の更新版を掲載しておく。見比べると前回掲載したものの誤訳が際立つが、私には翻訳できるだけの力量はまだまだないのだと改めて思った。それでも私に託してっくれたリアナさんと、助けてくれたヴィニと、当日来場くださった皆さんに心から感謝したい。

a feira
市場

5 da manhã. o caminhão precisa estar carregado,
朝五時、軽トラに積荷の準備をしなきゃ、
feira começa antes.
市場はこれより前から始まる。
cortar, picar, cozinhar, marinar, lavar panela, 
切って、切り刻んで、料理して、味付けして、鍋を洗って、
fogão engordurado preto-noite.
真っ黒な夜のように油まみれのガスコンロ。
solupan derrete gordura,
洗剤のソルパンが油と溶け合って、
mas não tira o cansaço.
でも疲れを溶かすことはできない。
boné na cabeça, avental vermelho, cheiro gelado da manhã,
頭に被った衛生キャップ、真っ赤なエプロン、凍てつく朝の匂い。
descarrega a barraca, metal, plástico, lona, caixa, engradado,
テントと金属とプラスチックとブルーシートとコンテナと木箱を降ろす。
litros de óleo despejados no tacho brilham.
鍋に何リットルもの油が注がれて、輝く。
idosos chegam primeiro, lentos e famintos.
お年寄りたちが先に来て、ゆっくりとお腹を空かせている。
dentro da barraca você é só
調理テントの中で私は、ただの
mais uma feirante
店の人でしかなくて
sem nome.
名前もない。

meio-dia, que fila!
正午、行列がすごい!
dinheiro, sacola, canudinho, saco de lixo, mesa suja.
小銭、ビニール袋、ストロー、ごみ袋、汚れた机。
meu pai suado, ainda bem que não choveu...
父は汗だく、雨がまだ降らなくてよかった……
chuva é dia triste na feira!
市場の日の雨は悲しい!
boné e tênis ensopados, aguardando os clientes mais fiéis
衛生キャップも靴も濡れるのに、常連さんは待っているから
sem feriado, sem descanso,
休日もなければ、休息もない
molho do yakissoba cai no avental.
焼きそばソースがエプロンに落ちた。
a soma da conta feita de cabeça, óculos embaçados de gordura.
お代を頭の中で弾いたら、眼鏡が油でぼやけている。
no fim do dia, me desculpe, mas isso já acabou, agora só na sexta-feira.
その日の終りに私は、「申し訳ございません、もう閉店しました。金曜日だけ開けているんです。」
marmitas embaladas,
詰め込んだお弁当、
para nós, só o que sobra,
私たちには、残りものだけ。
karaague frio, yakissoba sem carne.
冷え切った唐揚げと、肉のない焼きそば。
lava panela, carrega caminhão, conta as notas do caixa:
鍋を洗って、軽トラに積んで、今日の売上を計算する。
MIL REAIS. 
よんまんはっせんえん

cinquenta para cada funcionário, mais um pote de restos.
従業員一人あたり2400円を支払って、残り物の入ったもう一つの鍋がある。
no banho, água preta:
シャワーを浴びると、黒い水:
suor, gordura e caldo.
汗と油と汁。
durmo e penso:
横になって思うことがある。
sexta-feira de manhã tem mais.
これからも続く金曜日の朝。




2023-11-19

中矢温 ブラジル俳句留学記〔16〕たいちゃん

ブラジル俳句留学記
〔16〕たいちゃん

中矢温


ある日の午後、部屋の外の階段に座ってマルコス(猫)を撫でていたら、たいちゃんが通りがかった。たいちゃんはこのシェアハウスの先住者で入居当初から色々とお世話になっている。

たいちゃんはあだ名なので、本名も年齢も知らないが、すらっと背が高くて、真っ赤な赤リップの似合う素敵な女の子だ。働きながら学生をしていることだけは分かっているのだが、肝心の仕事内容や専攻はイマイチ理解できていないままである。最初の自己紹介で理解しないまま笑顔で頷いていたのがよくなかった。英語や中国語など語学が得意なのは知っている。

「のどかちゃん、今日の午後はすることある?」
たいちゃんは階段に座っている私を眩しそうに見上げながら聞いた。たいちゃんは上下ともにぴちっとした真っ黒のスポーツウェアを着ていた。

「うーん?いや、特にないよ。」
対する私は灰色のパジャマに身を包んだまま、マルコスの毛だらけになっていた。

「じゃあ、一緒にアカデミアに行かない?30分後の出発でどう?」
「ん~?……おっけー、準備するね。」

半目で眠るマルコスをキッチンのベンチまで運んでから、適当な服に着替える。反射的に了承してしまったけれど、「アカデミア」って何だろう。アカデミックと語感が似ているから、何か学術関連かしら。あとで聞けばいいかと思って、とりあえず支度を済ませて、シェアハウスの入り口で待ち合わせる。ここから20分くらい歩くらしい。日焼け止めを塗って帽子を被って日陰を選びながら歩く私と、太陽が大好きなたいちゃんでは歩き方までまるで違う。

「のどかちゃんは私みたいなスポーツウェアを持っていないのね?」
「んん?そうね、ブラジルにはジーンズしか持ってきていないかなあ。」

何でスポーツウェアが必要なんだろう?「アカデミア」と関係あるのかな?そろそろ「アカデミア」について聞いた方がいい気がしてきた。

「たいちゃん、「アカデミア」って何?勉強するところ?サンパウロ大学の方向はこっちじゃないんだけれど……。」
「え!勉強も大学も関係ないよ!英語でいうとね……「ジム」だよ!」
「ジムなの?!」

何とポルトガル語でacademiaとはスポーツジムを指すらしい。こちらに語彙力がないのと、フットワークの軽さが妙にかみ合って大変なことになってしまった。日本でもジムに行ったことがないし、そもそも運動は不得手である。

「のどかちゃんごめんなさい、勘違いさせちゃったね……。今からでも一緒に帰ろう?」
優しいたいちゃんに不安そうな顔をさせてしまった。

「いやいや!実は以前から一度ジムに行ってみたかったんだよね。お誘いありがとう。たいちゃんがよければ、このまま一緒に行きたい。」
気持ちを込めて、たいちゃんに伝える。

それから歩くこと20分、ショッピングモールが見えてきた。因みにたいちゃん(に限らずブラジルの多くの人はそうなのだが)は赤信号でも横断歩道がなくてもがんがん渡るタイプで、そのタイミングも独特なので、手を引いてもらって歩いた。私ひとりだったら30分はかかった道のりだろうと思う。

たいちゃんの会員特典を使えば、一か月に五回まで非会員の友人を無料で一緒にジムを使うことができるらしい。二人して意気揚々と入ろうとすると、入口のスタッフのお姉さんに止められた。

「止まって。ジーンズの人は入れないよ。」
「服装の既定なんてありましたっけ?」
「駄目だから駄目です。どうしても入りたいなら、そこのお店で安く売っているから買ってきて。」
たいちゃんの交渉むなしく、二人して出直すことになった。

「のどかちゃんごめんなさい、ズボンは私がプレゼントするから一緒に買いに行こう?」
優しいたいちゃんがまたしても申し訳なさそうな顔をしている。こちらこそ申し訳ない。

近くの店で買って意気揚々と出直すと、さっきのお姉さんはいなくなっていて、違うお姉さんが入口で対応してくれた。「ズボンを買ってきましたよ。」と私が言うと、不思議そうな顔をしている。曰く、ズボンなんて何でもいいらしい。じゃあさっきのやり取りはなんだったんだと思って、力が抜けて思わず笑ってしまった。たいちゃんが代わりに抗議しようとしてくれたが、私は「もうタグも切っちゃったし、ズボンはあっても困らないし、中に入ろうよ」とたいちゃんを宥めた。

気を取り直して二人でジムに足を踏み入れた。黒を基調にして黄色い文字がアクセントの空間に所狭しと器具が並び、BGMとしてアップテンポな音楽がかかっていて、異様な空間だ。行ったことはないけれど、ディスコはこんな感じだろうと思う。

勿論ムキムキな女性や男性もいるけれど、おばあちゃんもおじいちゃんもふくよかな人もいる。そしてまあジーンズの人は一人もいない。新しいユニフォームもあいまって、私も溶け込めそうな気がしてきた。

ストレッチを済ませるとたいちゃんがスマホを取り出した。スマホにはこのジムの専用アプリが入っていて、トレーニングの記録とメニューが表示されている。たいちゃんのコースだと今日は脚を重点的に鍛える日らしいので、私も同じメニューに挑戦することにした。

先ずは脚を開く器具に乗る。閉じているところから力を込めて開いて、力を抜いて閉じるのを繰り返すトレーニングだ。10キログラムからのスタートであとは5キログラムずつ増えていく。メソポタミア文明が独自の六十進数であったように、このジムは独自の五進数で機能しているんだと驚いた。たいちゃんは楽々と20キログラムを、私はぜいぜい言いながら10キログラムを、お互い15回ずつ三セットこなした。二つ目は脚を閉じる器具、三つ目は足の甲を曲げ伸ばしする器具、四つ目にお尻の筋肉を鍛える器具に乗った。

ところでブラジルの「美人」の条件は、髪が長いこと、口が大きいこと、お尻が素敵なことらしい。私は生憎どれにも当てはまりそうにない。

トレーニングを終えて、夜道を二人で歩きながら、次のお出かけの計画を立てた。このジムはサンパウロ市中にあるので、お出かけと筋トレはもれなくセットで行うことができるらしい。「お出かけもトレーニングも一緒の日に出来るなんて最高だね。」たいちゃんはどこまでもストイックな人である。

書くのが遅くなったが、実はたいちゃんも詩人である。ただしたいちゃんは小さい頃から自分だけのノートに大切に書き留めるタイプの詩人なので、たいちゃんの詩はこれまでもこれからも多分誰も読むことはできないだろう。私は桜(日本の国花)とイペ―の花(黄色、紫、ピンク、白とあるが、特に白色がソメイヨシノの色と似ている)について詠った素敵な詩を見せてもらって、この「ブラジル俳句留学記」での翻訳と紹介を依頼したが、「絶対恥ずかしい」とのことなので泣く泣く断念した。(詩を書いていることと、この詩の概要は書いてもいいと言ってもらえた。)

たいちゃんとはよく話す仲なのに分からないことがいっぱいで、でもそれも何だか楽しい。灰色の排気ガスの混じった道路脇で夜風に強く吹かれながら、私たちは家路を急いだ。



〔ポルトガル語版〕( escrevi o resumo no português )

Minha amiga Thay, quem mora na mesma republica, me deu a convidada de ir à academia juntos. Nos divertimos o treinamento na academia, mas de verdade, antes da convidada, eu pensei que academia é a lugar acadêmica, pesquisa, ou ensino por causa do meu vocabulário pobre. 

Não tenho a calça para academia, comprei na loja. Para mim foi a primeira vez usar instrumentos na academia, mas gostei deles porque pessoas fazendo o pratico de muscule são simpáticas. 

Meu novo habito vai ajudar minha saúde melhor mesmo que sentando todo dia em frente do laptop. Depois da volta ao Japão, gostaria de fazer reserve a academia.

2023-11-12

中矢温 ブラジル俳句留学記〔15〕「かもしれない」生活

ブラジル俳句留学記
〔15〕「かもしれない」生活

中矢温


こちらでの報告が大変遅くなったが、9月末でアナ先生のお家でのホームステイをお暇して、10月からは私はレパブリック(ポルトガル語の発音ではヘプブリカ)というシェアハウスでの生活を開始している。

シェアハウスといっても、形態としてはアパートに近い。ベッドとバスルームもトイレが各個室にあり、キッチンと洗濯場が共用である。ワッツアップ(日本でいうところのLINE)のグループには30人近くの若者が入居しているはずだが、生活リズムが違うのかもう退去したが退会していないのか10人程度しか会ったことがない。ダブルベッドの部屋もあって、カップルで住むこともできる。私の部屋だと月1350レアルで、日本円に直すと一か月40500円。ブラジルのシェアハウスの相場からしても決して安くはないが、高すぎる訳でもない。

ところで「かもしれない運転」という言葉を聞いたことがあるだろうか。子どもが飛び出してくるかもしれない、対向車が自分に気が付いていないかもしれないなどと、運転時の万が一に備える姿勢を促すスローガンである。

私はこのシェアハウスで猫がいる「かもしれない」生活を送っている。

一年ほど前からここに住み始めた若い雄猫が一匹いて、名はマルコスというらしい。約一年前に大家が貰ってきた猫らしい。ただし住民への猫アレルギーの確認などはなく突然だったらしい。豪快である。

さて、マルコスがいる「かもしれない」生活というのは名の通りで、マルコスが床に寝転がっているかもしれない、マルコスが戸の外で待っているかもしれない、キッチンで何かこぼしたらマルコスが誤食してしまうかもしれないというのを想定して、注意深く生活を送ることである。

マルコスは昼間はキッチンを中心にどこかで眠り、夜間は誰かの部屋で眠っているようだ。マルコスは狩猟本能に長けているので、この時期になると大発生するゴキブリを(気が向けば)倒してくれる。一通り遊んで弄ってからころしているようだ。一度ドアの前に骸が置いてあって驚いた。

さて、そんなマルコスは一週間に一回くらい甘えてくる。不意に甘えるので読めないが、大抵はこちらが急いでいたり荷物を抱えていたりするときが多く、厄介である。こちらに時間の余裕があるときにいざ撫でようとすると、知らん顔で寝ているか、どこかに立ち去ってしまうのだ。

マルコスの甘え方は次の通り。まず尻尾を揺らしながら、まっすぐ私に向かってくる。こちらが対応できずまごついているときは、「みゃー!」とハッキリ鳴いて催促する(ような気が勝手にしている)。私がすっかり嬉しくなってしゃがむと、マルコスはそのまま太腿に後ろ足をかけて、肩に前足を掛けて、私の顔の特に顎と耳をよく噛む。しかしそのあとケアとして(?)舐めてくれるので、ぎりぎり痛くない方が優る。ただし爪はいつも最高に尖っているので、服を貫通して肌に刺さって痛い。私はそのまま腹のあたりでマルコスを抱きかかえる。瞳は澄んだブルーで、光の当たり方によっては赤くも見える。目ヤニが付いているときは取るが、嫌がるときは無理はしない。マルコスが腕にすっぽりと収まったあとは、じっと抱きかかえる。マルコスは多分顎の下を撫でられるのが好きな気がするので、時々撫でる。因みにマルコスは基本的にほんのり甘くていい匂いがする。

さて、この触れあいタイムは始まりも突然だが終わりも唐突である。誰かがキッチンや廊下に現れたら来たら気になって膝を降りたり、宅急便のチャイムや雷の音に驚いて走り去ったりで、いつも読めない。

そして流石は長毛種と言うべきか、ひとたび撫でようものならあっという間に毛だらけである。ころころと転がして毛を取るクリーナーを買おうかとも思ったが、マルコスが私に甘えるのは一週間に一回という微妙な頻度なのでまだ買っていない。都度大人しく服を洗濯している。

猫の話ばかりでシェアハウスの住人の話をしていなかったが、皆いい人たちである。会えば挨拶と簡単なお喋りをするが、基本的にはお互いのパーソナルスペースを保っていて心地よい。治安もいいので、洗濯ものを干しにいくなどの一瞬の外出は鍵も掛けなくていい。

だがマルコスが部屋に入って来てしまうことを思うと、鍵は都度掛けないといけない。というのもブラジルではよくあることだが大抵のドアが壊れかけなので、鍵をかけないときちんと閉じず、マルコスが頭突きをすれば簡単に開く状態なのだ。ある日五分もたたないうちに洗濯ものを回収して戻るとマルコスが私のベッドで寝ていて、吃驚したことがある。これがマルコスがいる「かもしれない」生活の実態である。

このままだと「ブラジル俳句留学記」ならぬ「ブラジル猫留学記」になってしまうので、マルコスに似合う猫の俳句を徒然なるままに書いて、筆を置きたい。X(旧Twitter)での呼びかけに対し、好きな猫の俳句をお送りくださった皆さまありがとうございました。

夜長くて猫の言葉を解すなり 田中裕明
冬空や猫塀づたひどこへもゆける 波多野爽波
何もかも知つてをるなり竈猫 富安風生
百代の過客しんがりに猫の子も 加藤楸邨
仔猫の爪を以て仔猫を胸に留む 正木ゆう子
猫の子に光の海としてシーツ 神野紗季
ひるがほや猫の糸目になるおもひ 宝井其角



〔ポルトガル語版〕( escrevi o resumo no português )

Depois de home-stay, no primeiro do outubro, comecei morar em uma república, perto da estação Butantã.

Marcos, o gato, é a razão porque escolhi aqui a república como a moradia depois de home-stay.

Na república, no dia ele dorme na cozinha e na noite ele dorme um quarto de alguém. Usualmente Marcos gosta de ficar sozinho, mas só uma vez a semana ele quer ficar nos meus abraços. Não posso deixar dele sozinha porque eu o amo, mesmo que minhas mãos já cheias de coisa ou preciso ir logo. 

Primeiro, ele caminha até mim. Eu o recebo nos meus abraços. Ele morda meu queixo e orelha com gentileza. Ele me subiu. Eu gosto tudo dele, mas especialmente olho azul e cheio doce. 

O gato me permite fazer comunicação na maneira diferente para humana. Por exemplo, cheirar no corpo dele ou murmur. 

Apaixono Marcos.
Desejo sua saúde.

Na próxima vida, vou viver como o gato com dono rico. Eu uso meus charmes e quero diminuir pessoas com depressão.

2023-11-05

中矢温 ブラジル俳句留学記〔14〕サンパウロ人文科学研究所での実践活動②本に囲まれて

ブラジル俳句留学記
〔14〕サンパウロ人文科学研究所での実践活動②本に囲まれて

中矢温


前回に引き続き、サンパウロ人文科学研究所(以下、人文研)での実践活動について紹介したい。私はまず日本語資料約4300冊の蔵書点検を任せていただくことになった。データベースにはあって本棚にない本、本棚にはあってデータベースにはない本、誰かが格納場所を間違えてしまった本、背表紙とラベルの相性が悪く剝がれかけの本、漢字変換ミスされたまま登録された本などがないかを一冊ずつ確認をしている。本棚への閲覧者の立入はお控えいただいているので、まさに役得である。

蔵書点検と聞いたとき、きっと簡単だろうと高を括っていた。しかし始めてみると、本棚は特注の立派な代物で、体感2メートル50センチ以上あり、上段の本を見るには脚立が必須である。また、本棚の高さの都合上大型本は一番上の段や下の段に寝かせて置いてあることもあるので順番通りに並んでいないこともある。逆に小さくて薄い本は背表紙を辿っていたら見逃す可能性もある。閲覧者が自由に出入りしていたときの時代の名残で、うっかり全然違う棚に返されていることもある。蔵書の番号も、後から寄贈された本の番号は、イレギュラーに割り振るしかない。概ねテーマごとに並んでいるが、複数のテーマに跨る本も多く、棚作り自体が難しい。

これらは本当に正に「言うは易く行うは難し」という作業である。10月末時点でようやく半分というところか。焦る気持ちが募るが、こつこつと進めていくほかない。これは私に適任の仕事なのだ。何故なら私にはまずブラジル移民の歴史と社会に関心と尊敬の念があって、サンパウロ市内に居住しており、かつボランティア活動をする時間を確保でき、先の未来に帰国期限というデッドラインを抱えた日本語ネイティブだからだ。ポルトガル語ができないことに落ち込みつつ奮起することも大切だが、週に二回ここで自信を取り戻すのも悪くないかもしれない。

私のよいところのひとつの本を読むことと同じくらい、本という物体そのものが好きなことがあると思う。一冊一冊の本には、作者、寄稿者、編集者、翻訳者、出版社、読者、寄贈者がいて、それをこの棚に収めた多くのボランティアや職員の方がいる。そんなことを考えているとつい本の中身まで確認したくなり、しばし作業の手が止まりそうになる。本に謹呈者の名前が書かれたものもあると、つい頰が緩む。寄贈者の名前が書いてあると、たとえ存じ上げずともその方に頭を下げる。

私は本は本でも特に本の後書きが大好きだ。どの本を読むときもまず後書きや編集後記から読む。ひとつひとつの資料が誕生したときに作者・編者・読者たちを中心として共有された同時代的な喜びが詰まっていて、活字化という営為の尊さに都度立ち返ることができるからである。

今日とうとう俳句や短歌、詩や小説の棚に差し掛かった。手書きのガリ版刷りのものもある。ISBNを持たず、数巻で終わってしまって、人文研ですら全号揃っていないこの同人誌たち。開いてみても、誰一人存じ上げないこともざらにある。長年の月日の末に傷んでしまって捲るのに躊躇するような本もある。

この本が今ここにあることの尊さを噛みしめるだけではあまりに惜しいので、この資料を基にしてどこかで何かを書きたい。仮に今回の滞在で書ききる時間がなくとも、せめて書けるだけの準備をしたい。この記事が人文研という機関とその資料についての広報に少しでも貢献できていたら嬉しい。




〔ポルトガル語版〕(escrevi o resumo no português sem revisão gramatical)

Antes de me candidatar ao Centro de Estudos Nipo-Brasileiros (CENB), eu não tinha certeza do que poderia fazer no centro. Eu não tinha nenhuma qualificação ou experiência como bibliotecário ou arquivista.

Mas logo consegui trabalhar com confidência como voluntario. Eu sou a exitencia rara e importante.
1. respeito muito pela história e pela sociedade de imigrante japonês.
2. gosto de ler e dos livros físicos.
3. moro na cidade São Paulo, perto do Centro.
4. tenho bastante tempo de trabalhar.
5. minha língua nativa é japonesa e posso ler títulos dos livros sem dificuldade. 

Na vida cotidiana perco confidencia por causa da falta de habilidade de português. Para mim é experiência importante, mas é importante também ter algum lugar que me dar o tranquilo. 
Cada livro na estante tem cada narrativa de nascimento até doação. Respeito todos. Gostaria de não só respeitar mas também escrever algum ensaio e promover este tesouro(livros) para sociedade geral e acadêmica.

2023-10-29

中矢温ブラジル俳句留学記 〔13〕サンパウロ人文科学研究所での実践活動①「トビタテ!留学JAPAN」に背中を押されて

ブラジル俳句留学記
〔13〕サンパウロ人文科学研究所での実践活動①「トビタテ!留学JAPAN」に背中を押されて

中矢温


※今回の記事は9月初旬に執筆した記事であるが、リリースが二か月ほど遅くなった。

9月に私はかねてより計画していたボランティア活動を開始することができた。ブラジルに渡った日本人移民の資料整理に関する活動で、受入機関はNPO法人サンパウロ人文科学研究所(以下、人文研)である。
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一回目の訪問時に、長く人文研を支え、現在理事を務めている細川多美子さんと坂口律子さんにお目にかかり、活動内容や頻度をご相談した。当日夜の月例会議で保久原淳次ジョルジ理事長や他の理事の皆様にもご挨拶させていただいた。

と、ここまで固く書いてしまったが、人文研は温かい雰囲気で、以降のびのびと活動している。活動の日はほぼ毎回何かしらおやつとコーヒーを出してくださり、加えてお二人は自炊の私の健康を心配してよくおかずを持たせてくださる。歓迎会も開いてくださった。

そうして私の活動日は、毎週火曜日と水曜日の14~18時(開館時間は平日の14~18時)を基本とすることになった。因みに人文研は「ブラジル俳句留学記」の第五・六回のリアナ・ナカムラさんの詩集刊行イベントと、第七回の全伯俳句大会の実施された文協内にあるため、私にとって文協はすっかりなじみの建物となった。

実は学部一年生の2018年時点で、人文研のホームページを眺めては、「いつか人文研で資料閲覧をしたい!」と思いを募らせていた。しかし、資料閲覧だけでなく、より一歩踏み込んで資料整理のボランティア活動を計画したのは実はここ一年間のことで、「トビタテ!留学JAPAN」(以下、トビタテ)という官民協働の給付型奨学金の応募機会を活用して構想した。トビタテの詳しい説明は公式ホームページ にお任せしてここでは割愛するが、私はトビタテ15期生にあたる代である。

10月11日には来年度の留学に向けて高校生9期、大学生16期の応募の募集要項がリリースされた。応募を決めてから約一年が経ったかと思うと感慨深い。

この奨学金応募にあたっての懸念は、ボランティア活動等の何かしらの実践活動が必須であることだった。実践活動を自由に計画できることに心躍らせつつ、「私なぞを受け入れてくださる機関をブラジルで見つけられるだろうか」という不安に苛まれていた。そんな不安を抱えながらも実践活動の相談を差し上げた際に、受入許可をくださったのが人文研だったのだ。(人文研の日本支部とブラジル支部が連携し、早々に受入許可をくださったことで、応募時の書類審査と面接審査の際も、自信をもって自分の計画をアピールすることができた。)

今回の記事は、これまでの留学経験の振り返りというより、これからの経験のための準備の記事としたい。トビタテの応募書類に付した題目は次のとおり。

「紙ごみ」なんて言わないで!ブラジルに眠る日本人移民の百年の俳句資料―保存とその活用―

まず「紙ごみ」という言葉は本好きであろう読者の方々にとって、大変衝撃的な言葉かと思う(俳人は往々にして本の虫である)。しかし皆さんのなかに私物整理や遺品整理にあたって、日記や本を思い切って、あるいは泣く泣く手放してしまった経験をお持ちの方はいないだろうか。例えばあなたが若き日の葛藤を綴った日記は読み返すのも恥ずかしい「紙ごみ」に見えるかもしれないが、ある人や機関にとっては、あるいはずっと未来においては、ある時代を生き抜いた一人の人間の心情を克明に綴った資料という「宝」かもしれない。実はブラジルの日系社会においても同様の現象が生じていることが推察される。移民一世から二世三世四世五世へと世代が下るにつれて、日本語は家庭内言語ではなく、教養の一環となり、後天的に学ぶ言語となりつつある。更に資料たちも歳を重ね、古ぼけたり色褪せたり、ある意味で「紙ごみ」らしい風貌を備えつつある。しかしそれらを「宝」と捉えて、受入・保存・活用を行なって来た機関(例えば人文研)があることの認知度が高まれば、散逸や廃棄の危機を乗り越えることができるのではないか、更には資料が物語る家族史ごと後世の日系人たちが自分の来歴をより肯定できるのではないか。つまるところ、私は断捨離という言葉が好きではないのである。

さて、トビタテへの応募・採択の有無にかかわらず、人文研には足繫く通っていただろうが、恐らく応募をしなかった場合、私は人文研のことをただただ素晴らしい資料室と見做してしまっていたことだろう。念のために申し添えるが、この記事は資料閲覧のみを希望する来館者を否定する意図は勿論全くない。

ここまで書いているうちにメトロが最寄り駅に着いてしまったので、人文研での具体的な活動内容は次回記事に譲るとする。

渡航前にパソコンに貼った
トビタテのステッカー(非売品)。
どこか薄汚れてきてしまった。

ポルトガル語版(escrevi o resumo no português sem revisão gramatical)

De meia de setembro, comecei trabalhar como voluntario no Centro de Estudos Nipo-Brasileiros ( CENB ). ( https://www.cenb.org.br/ ) Fica em Bunkyo no Liberdade.

Senhoras Tamiko Hosokawa, Ritsuko Sakaguchi, os membros do conselho da administração, me receberam e ensinam sobre meu trabalho. Na reunião online, consegui dar saudação para outros membros incluindo o presidente Jorge J Okubaro. Então, no 14-18 horas na cada terça e quarta, estou ali. Vocês têm que reservar antes de visitar, mas bem vindo, por favor.

CENB tem várias atividades, mas especialmente tenho interesse em o serviço como biblioteca.
Primeiro minha tarefa é verificar três mil livros comparando livros em estantes físicas e digitais. A coleção dos livros no centro é o montinho de tesouro. Posso manter ler sem descansar.

Os livros doados ocupam a alguma parte da coleção. Tenho medo sobre que os livros sobre nipo-brasileiros são deixados ou jogados fora na cada casa porque os livros dos seus avôs são velhos e sujos e porque é difícil entender conteúdo. Para alguém um livro é lixo, mas para outro ele é o tesouro.

Minha atividade no CENB é apoiada por essa bolsa de estudos; Tobitate! (Leap for Tomorrow) Study Abroad Initiative. ( https://tobitate-mext.jasso.go.jp/about/english.html )