2024-04-28

田中裕明【空へゆく階段】№90「後記」第307号

【空へゆく階段】№90
「後記」第307号

「青」第307号(1980年4月)より転載
田中裕明


晩年のセザンヌの言葉に「再びクラシックに還らねばならぬ。但し、自然によってである。と言うのは感覚によってである。」とある。クラシックとは本道と言い替えてよいが、われわれが感覚のみで絵筆を持つことはできない。絵画と俳句とはどう違うのか。違いなどありはしない。たとえ俳句における遠近法が(思想の)深浅をあらわすにしても。

「私はこれを愛する」と言っているような絵を画家は皆描きたがるがセザンヌの絵は「此処にこれが在る」と言っているだけだ、と言うリルケの評は、そこにとどまっておれない焦燥感をわれわれに与えるが、「此処にこれが在る」と言うことは勿論感覚などではあるまい。

「私は依然として自分が見附けた道の未開人でありたい。」これもセザンヌの言葉である。

今月は「鷹」の飯島晴子さんが恵美さんの青賞受賞作に文章を寄せて下さった。三ヶ月連続のものはメンバーを一新。じっくりお読み下さい。


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