【野間幸恵の一句】
多角形
鈴木茂雄
透明な多角形など足して秋 野間幸恵
この句は、現代俳句の枠の中で独自の感性と抽象的イメージを駆使して、「秋」に新たな解釈を提示する作品である。伝統的な自然描写から一歩踏み出し、幾何学的な「透明な多角形」を通じて季節と内面的思索を融合させる。
揚句は、句跨りという俳句的手法を駆使して、5-7-5の音節構造にほぼ準拠させ、明確な切字を外した点で現代俳句の自由な形式を体現する。「透明な多角形」は具体的にはとらえにくい抽象的概念であり、記憶、感情、思考の複雑な層を象徴する。「など足して」はこれらの要素を秋に加える行為を示し、単なる自然描写を超えた内面的体験の重なりを表現する。「秋」は伝統的季語として季節感を根付かせ、読者に親しみやすい基盤を提供する。この句は秋の風景に個人的思索や感情を重ね、季節を多角的に再構築する試みである。例えば、透明な多角形は秋の清澄な空気や移ろいゆく心象風景を視覚化するメタファーとして機能する。
現代俳句は伝統的な自然中心のテーマから離れ、個人の内面や社会的視点を反映する傾向が強い。本句は、この流れに沿い、抽象的イメージで内省的世界を表現する。従来の俳句が紅葉や露など具体的な自然物を詠むのに対し、「多角形」の幾何学的イメージは現代的感性と知性を強調する。秋を単なる季節ではなく、思考や感情の複雑な交錯としてとらえる機会を読者に与え、現代俳句の表現の多様性と自由度を象徴する。
本句の魅力は抽象と具象の融合による思索の深さにある。「透明な多角形」は自由な解釈の余地を与え、秋に新たな視点を付与する。透明性は秋の澄んだ空や静かな心持ちを、多角形は人生や感情の複雑さを暗示し、独自の詩的空間を生み出す。一方、伝統的俳句に見られる即物的な感覚や共感を呼び起こす力は控えめである。具体的な自然描写(例: 落葉、秋風など)が少ないため、読者によってはイメージの具体化が難しい場合がある。しかし、この抽象性は現代詩の挑戦として評価でき、俳句の表現領域を広げる試みである。
「透明な多角形など足して秋」は現代俳句の可能性を体現する作品である。伝統的季語を用いつつ、抽象的イメージで内面的世界を表現し、秋に新たな解釈をもたらす。斬新さと知的なアプローチは現代詩に匹敵する一句と言えよう。
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