2026-03-08

句集を読む 「その人」性ということ 岩田奎句集『膚』再読 上田信治

句集を読む 

「その人」性ということ 
岩田奎句集『膚』再読

上田信治 

 

岩田奎句集『膚』(2022)を再読した。

この人は、何か過剰で圧倒的でスゴイものを、作りたかったのだ。──と思った。

誰でもそうでしょう、と言う人もいるかも知れないけれど、よく考えればそんなことはない。

いきなり話はそれるけれど、令和ロマンの高比良くるまという人が、女性タレントのMEGUMIとつきあっているという話にはびっくりした。

くるまという人も、岩田奎と同様に、あからさまに優秀なんだけど「何がやりたいんだろうこの人は」と思わせるところがあって(ヤーレンズの楢原という人や、真空ジェシカの川北という人は、ただもう、彼ら自身でありたいわけじゃないですか)そして、岩田奎は、さいきんの角川俳句賞を、M−1グランプリになぞらえるツイートをしていて、だとしたら(決してそうは言わないだろうけれど)自身を高比良くるまに重ねる気持ちもあるのかもな、と思っていたのだ。

で、くるまがMEGUMIとつきあっているという話をきいて、それは「姉御的ポジションの人とつき合う」ということなわけだけれど、そういうことをしたい男性心理を想像するに、ああ、この人は「スゴいと思われる自分」への灼けつくような欲求があるのかも、と思った。

ちょうど『膚』のことを考えていて、見えかけていたのが「スゴさ」に対する志向だったから、その符合には感じるところがあった。

平成11年(1999)生まれの岩田奎の登場は、俳句にとって、かなりの出来事だった。

2020年「赤い夢」50句で、角川俳句賞を最年少(21才)受賞(*1)

自分も「赤い夢」には、少なからず驚き、論じたいと思った(「週刊俳句」で予告もしていた)。なにより、一読、よいと思える句が多かった。

にはとりの歩いてゐたる木賊かな

銀閣のまへを吹かれて氷旗

野分去る万力に錆浮きにけり

巻尺をもつて昼寝のひと跨ぐ

降るもののけはひの中に葦枯るる

ところが、なんとなく書けずにいるうち、彼は、2023年『膚』で、田中裕明賞と俳人協会新人賞を受賞(俳人協会賞は最年少受賞)。メジャーな新人賞を総なめにしてしまった。

当然、この句集についても書きたい、と思いつつ、なんとなく書けずにいた。

書けずにいた理由には心当たりがある。

句集『膚』は、編年体で、巻頭にもっとも初期の作品が並んでいるのだけれど、2017年以前(年齢で言えば18才以前)と記され、巻頭に並んでいる4句が、なにしろ──

千手観音どの手が置きし火事ならむ

鶯やほとけを拭ふ布薄き

何もない鶴の林を飛んでゆく

雨女鶯餅を買うて来し

なのだ。いや、全部いい句なんだけどさあ(笑)

自分がまず反応したのは「何もない」の句だ。

何もない鶴の林を飛んでゆく

何もない」が何に係るでなく、句の全体に係っているようであることが、面白い。つながっているようで、つながっていない意味の脱臼によって、日常語に近い言葉が、俳句になっている。「何もない」は、一つのマニフェストのように働いていて、おお、これはどんな句集が始まるのかと期待させる。

雨女」の句もぬけぬけとただごとを書いているようで、「雨女」と「鶯餅」が、理由なく対句になっていることに読みどころがある。

しかし「千手観音」の審美性、というか審美性の手つきと「何もない」の句を、両取りする作家性とは、いかなるものか。また〈鶯やほとけを拭ふ布薄き〉はあまりに田中裕明レプリカではないか。

しかも、その次の見開きには

天の川バス停どれも対をなし

旅いつも雲に抜かれて大花野

という、いかにも健康な(高校生らしいと言われかねない)二句が並ぶ。

俳句というものを書いてみたら、始めから、達成と呼べそうな句が書けてしまった、彼は、その能力を発揮することを、ただただ楽しんでいる。サムライミ版の「スパイダーマン」のようだ。

形式との幸福な関係ということなのだろうけれど「自分、なんでも書けちゃうんですけど、どうしたらいいでしょう」と言わんばかりの編年体だ──と書いたら、ちょっと意地悪が過ぎるだろうか。

自分が『膚』をまず読んで、すぐれている、好きだと思ったのは次のような句だ。

何もない鶴の林を飛んでゆく

雨女鶯餅を買うて来し

夜のはてのあさがほ市にふたり来し

寒卵良い学校へゆくために

絵がなくて九月海風壁に釘

にはとりの歩いてゐたる木賊かな

愛日の海にあそんで大人たち

枯園にてアーッと怒りはじめたる

棗とは思ふかすかな雨の奥

逃げ水となり我我は急ぐかな

面白い蟷螂生まれつづくなり

いっぽう、俳人協会新人賞の選考においては、複数の委員が「現場に足を運んだ実感」ということを推薦理由に挙げていて、それは、前書に地名を冠した句がひじょうに多いことに寄せられた評価だったと想像される。この賞は、選考経過をつたえる文字数がとても少ないので確言はできないのだけれど

前書のある句というのは(ざっと数えて50句以上ある)たとえば、このような句だ。

能取
残雪に狐の不浄みて過ぐる

甲斐 長坂
秋の蠅丹青なすや甲斐の糞

安房 大山
なにが悲しくて千枚みな春田

奈良二句
冬深くうすらひざまに板膠
冬空やねぢれびかりに握墨

糸取」「夏蚕」など、滅びゆく産業季語も特徴的だし「板膠」「握墨」も古風でありつつ見学とか観光がベースにある言葉だ。

前書を付し「行ってきました」という報告こみで作品とすることは、コミュニティに向けての挨拶として機能する。もともと歌枕を訪ねるという行為がそういうものだし「報告」は俳句の大事な一部なんだけれど、それが自分が上にあげたような句と並ぶと、とまどいが生じないこともない

何もない」にしても「アーっ」にしても、むしろ俳句コミュニティに対する不義理を前提として、生まれるような句だからだ。

田中裕明賞の選考会でも、後半の吟行句についての評価は分かれていて、髙柳克弘は「吟行の一連が読みごたえがあったかというとやや疑問」と述べ、むしろ初期の作品のみずみずしさと抒情性を推し、関悦史は、彼独特の表現で、吟行句の現場性を評価していた。(*2)

作者は、二軸をもって、この句集を編んでいるのかもしれない。

それはたとえば、俳句コミュニティに対する「挨拶」と「不義理」あるいは俳句コンテキストに対する「順接」と「逆接」の二軸だと言える。(*3)

俳人協会の人にも受けるし、自分のような野次馬にも受ける。髙柳克弘や関悦史にも、高田正子にも佐藤郁良にも受ける。

しかし、その全員がきっと、ばらばらの「岩田奎」像を見出している。

だとしたら、じゃあ、この人のいちばんいい部分、可能性はなんなんだっていう話に、どうしたってなる。

本人は、角川俳句賞を受賞したのち「年毎に自分の句風を固定せず」「存分に壊れることができると思った」と語ったそうだけれど(『俳句年鑑』2023年度版)

しかし俳句に限らず表現は、けっきょくその人固有のものしか残らないからなあ、とも思うのだ。

彼の、俳人協会新人賞の受賞のことばを引用する。

いったい句集というのはその人の人生の体現であるのか、作家性の体現であるのか。(…)人生をもって作家性となすのは恰好よいが、案外たやすいのかもしれない。
私は作家性をもって人生となすことをこれからもなるべく試みてゆきたい。と思っている。

「俳句文学館」2024.3.5号「新人賞受賞の言葉」より

ものの言い方から、田中裕明の「夜の形式」(*4)が意識されているのは明らかで、彼は「人生」と「作家性」を、裕明の「昼の形式」「夜の形式」のような、対をなす概念として提示している。

彼は「句風を固定せず」に書きたいとも明言しているので、その対概念は

「作家性」=複数の可能性があって選べるもの

「人生」=選べない(固定された)ただ一つのもの

という対だと見なせる。

そして「人生」という語に託されるようなものを指向しない、軽やかな形式との関係を自分は選ぶ、それを通じて自分の作家性を作り上げていく、と言っているわけだ。

そういえば、田中裕明は、自分の作品は「いわゆるアンソロジーピースが多い」と書いていて、それは自嘲でもあり、個性的であることよりも典型を志向する、という自負でもあったと思う。

裕明がそう書いたのは『花間一壺』のあとがきだから〈ことごとく全集にあり衣被〉のような句のことを指しているのかもしれない。しかし『花間一壺』のほとんど全ての句は、どう見ても、裕明の句以外の何ものでもないのだし、とうていアンソロジーに入りそうもない、わがままに書かれた句も多い。

あるいは。

たとえ一句限りでも、つまりそこに「人生」があってもなくても、「その人」が書かなければ、他の誰も書かなかっただろうと思わせる句はある。

他ならぬ「その人」が書いていると、人に感じさせるのが「作家性」というもので、逆に、少々出来がよくても「その人」性に達していない表現は、悪い意味でのアンソロジーピースになる。

そして「その人」性というのは、案外、選べないただ一つのもので、それを複数もつ作家というのは、自分には想像しにくいのだ。(*5) 

何が言いたいかといえば、自分は、句集『膚』に、その一冊と等号で結べるような「作者」を見出すことができなかった──。

「作者」とは、高浜虚子が、橋本鶏二の句集『年輪』に贈った短い「序」に書いた「一口にて申せば「鶏二は作者である」」という意味で、なのだけれど。

2年半前に出した句集が自分のものであるということがにわかには信じられない。そもそも俳句にかぎらず1年以上前の自分の言動なんて、その年齢なりにがんばってるなと思うが基本的に恥ずかしくて思い出したくもない。なぜみんなあんなに作家性とか自我を保っていられるのか

https://x.com/ii_tawake/status/1923787751406829831

俳句において固有であることが難しいのは、私たち自身がこの世界で自己の固有性を確信することの難しさゆえでもあって、あなたの俳句上の才能とか経験値にはあまり関係がない。

https://note.com/keiiwata/n/nfa375066bba8

句集の題を『アーッ』にする勇気が出なかったことをたまに後悔してます

https://x.com/ii_tawake/status/1772635211244732462

自分が前段で書いたようなことは、彼としては重々承知、わざわざ言われたくもないことかもしれない。だとしたら、すいません、あやまらなければいけない。

ただ、当時の(といっても数年前か)俳壇のあまりの高評価から、その句集には絶対的な価値があると太鼓判が押されたかのように、外野からは見えたので、その評価はバラバラの作者像を見て生まれているかもしれないよ、ということは確認しておきたかった。

では、もうノビノビと、自分が、彼の句に見出した「その人」について書こう。

判断材料は、自分が選んだ11句と、作者自選の30句だけにして、それらの句から、ホログラムのように想像した、この書き手について書きます(当たるも八卦というヤツかもしれない)

上田選11句

何もない鶴の林を飛んでゆく

雨女鶯餅を買うて来し

夜のはてのあさがほ市にふたり来し

寒卵良い学校へゆくために

絵がなくて九月海風壁に釘

にはとりの歩いてゐたる木賊かな

愛日の海にあそんで大人たち

枯園にてアーッと怒りはじめたる

棗とは思ふかすかな雨の奥

逃げ水となり我我は急ぐかな

面白い蟷螂生まれつづくなり

作者自選30句(第十四回田中裕明賞」冊子より)

耳打のさうして洗ひ髪と知る

紫木蓮全天曇にして降らず

仔馬開眼ひかりとしてのわれ佇てり

かんばせは簗の光のなかに泣く

水羊羹風の谷中のどこか通夜

葦二本枯れて貫く氷かな

しりとりは生者のあそび霧氷林

鶴帰る悪書追放ポストの地

入学の体から血を採るといふ

壺焼をこぼるる泡のすぐ乾び

柳揺れ次の柳の見えにけり

袋角朦朦と血の満ちてをり

なかぞらに楚の消えて梅雨菌

巻尺をもつて昼寝のひと跨ぐ

運動会再び肉の塔興る

にはとりの歩いてゐたる木賊かな

木の奥をゆくよそさまの七五三

枯園にてアーッと怒りはじめたる

なにが悲しくて千枚みな春田

落椿の気持で踏めよ踏むからは

靴篦の大きな力春の山

蜃気楼はこばれくるはアジフライ

擂りすすむ山葵の向を変へにけり

河骨は鏡をなさぬ水に咲く

土瀝青づかれの祭足袋干され

青柿のころより確と富有柿

立てて来しワイパー二本鏡割

蝌蚪の国鞄の底の薄汚れ

弱さうな新社員来る湊かな

面白い蟷螂生れつづくなり

ね、あんまりかぶってない(笑)。

そして自選30句に、前書きの句は〈薩摩出水 鶴帰る悪書追放ポストの地〉〈安房大山 なにが悲しくて千枚みな春田 〉〈平林寺 落椿の気持で踏めよ踏むからは〉の三句だけで、多くはない。

ここで話は、冒頭の、過剰で圧倒的でスゴいもの、というところに戻るのだけれど。

紫木蓮全天曇にして降らず

鶴帰る悪書追放ポストの地

袋角朦朦と血の満ちてをり

運動会再び肉の塔興る

枯園にてアーッと怒りはじめたる

擂りすすむ山葵の向を変へにけり

土瀝青づかれの祭足袋干され

これらの句には見るからに「力感」があり、それは、モチーフと言葉がぎゅうぎゅうに詰まった圧迫感から生じている。

全天曇」「濛濛と血の満ちて」「肉の塔」「土瀝青」のような力んだ言い方に、一句の重心がある句が多い(土瀝青はアスファルトのことだそうだ)。

その語選択に託された圧力は、世界から強いられた圧迫であると同時に、「彼」が世界にそれを強いる圧迫でもある。〈山葵〉の句も〈野分去る万力に錆浮きにけり〉〈葱を煮るどろりと泡を抱くところ〉といった句も、景に潜在する力を見出そうとして対象に迫る意志から生まれている。

力に満ちて過剰であれ、俳句も世界もと、たぶん「彼」は思っている。

鶴帰る悪書追放ポストの地

この地は、かつて「善」が「悪」と戦った歴史ある場所なのだ。たまたま出水なので、鶴も飛ぶ。

悪書追放ポスト」という「悪」の字が入った句またがりの十音の圧迫感と、それを裏切る全体としての空っぽさ。もう、その土地には、誰もいなかったのだろう。そのアイロニーがとても美しい。

こういう句を自選句に入れる作者を、自分は信用してしまう。(*6)

枯園にてアーッと怒りはじめたる

アーッ」をカタカナで書くぐらいだったら、上五は「で」でもよさそうだ(改作「枯園でアーッと怒りはじめたる」)

でも、それをやると「枯園」という俳句用語を口語文脈に投げ込むという無自覚さを、自分に許すことになる。そこで「枯園にて」と、文語らしい言い方で、後半の口語脈から距離をとった。六音であることのもたつきも含め、この切れはあんがい深い。

「枯園にて(………………なんなんだ、なんなんだ)」という沈黙が「アーッ」の衝動性と純正さを担保している。枯野ではなく、枯園で。そこは広さのない、区切られた、枯れ果てた場所だ。

その怒りは「俳句(≒枯園)をやっている自分」への苛立ちが、フロイド的に表出されたものかもしれない──というのは半ば冗談、半ば本気で思ったことだ。

というか、逆に。

スゴさを希求する「彼」とって、十七音の短詩は、すぐあふれる小さすぎる器として、たぶんうってつけだったのだろう。

そもそも、自分の持つ力への自覚と、環境の貧しさのギャップが、人をして「スゴいもの」を志向させるのではないか。

令和ロマンくるまも、自身について「エゴがめっちゃ大きいんです」と言っていた。(*7)

入学の体から血を採るといふ 岩田奎

巻尺をもつて昼寝のひと跨ぐ 

なにが悲しくて千枚みな春田 

春愁の吾を写真に撮るといふ 波多野爽波

巻尺を伸ばしてゆけば源五郎 〃

夏空や何かなしうてからすうり 田中裕明

爽波、裕明を範としてあおぐことは、現代の俳人にとって当然のアティテュードだと思うけれど、しかし、やっぱりホンモノはすごいね。

爽波、裕明の句は、つねに力に溢れているのだけれど、特に力み返ることもなく、彼らは、ただ俳句に忠実なだけだ。こういうのは、もう本当に「人格の力」とでも言うしかないんじゃないかと、オカルトではなく思う。

表現がつかみ出す世界の様相というものは、その人が「その人」を、ぎゅーっと世界に押しつけることによって、あらわれるものだからだ。

世界に押しつけるそれが弱ければ「返り」が弱いから、句が常識的になる。

その人に、人生がまだなくても、人格とか「その人」性とか、そういうものを元手に書くという泥臭さが、作ることにはついて回る。(*8)

もちろん、いい俳句、面白い俳句を書くために、爽波のような怪人である必要はない。その人が、自分で把握もしていない不定形の自分を、ぎゅーっと俳句に押しつけることをあきらめさえしなければ「その人」性は、言葉という支持体上の痕跡として現れる。

そういう意味で、あんまり初手からなんでも書けてしまった彼には、自分になるための時間が足りなかったのかも知れない。

とはいえ、しかし。

この人が、誰でもない「この人」であることに成功していると思える句もある。それはむしろ、あからさまにスゴかったり、圧倒的だったりしない句に見出される、と自分は思う。

夜のはてのあさがほ市にふたり来し

夜のはて」短い夜が終わって明けていく朝方に、夢のつづきのように「あさがほ市」があらわれる。そこに二人で来た、のか、二人が来たのか。語順によって、まぼろしめいた「」がまず見え、「ふたり」は、まぼろしの中にうっすらと立つような自分たちを自覚している。

これはふつうにカンペキ感のある句で、これまでに書かれた「朝顔市」の句で、たぶん、いちばんいい。

夜の中にいた二人なので、これは恋の句。老人が書いてもそう読めただろうけれど、若い人がこう書くことの、儚い(つまり今だけの)良さがあると思う。入谷は鶯谷のホテル街からほど近いとかは、考えなくてもいいかもしれないけれど、東京でじっさいに暮らしていることの現場感が、下地として見える。

棗とは思ふかすかな雨の奥

軽い雨のむこうに「」らしき実がなっているのが見える。赤くて堅そうにつるつるとした、その果実が棗であることは、名前から納得することしかできない。その疎隔のてざわりが、棗「とは思ふ」なんだろう。

ただ、もう一つ読み筋があって「とは」を「とは、なにかといえば」という意味に取った場合。「」とは、自分にとって実感をともなわない言葉だけの存在であり、それは「かすかな雨の奥」がそうであるように、世界と隔てられた、自分の「思ふ」ことの確かさ、あるいは不確かさのようにあるのだと。〈思ふかすかな雨の奥〉のフレーズが魅力的なので、自分としてはこっちで読みたい。

寒卵良い学校へゆくために

良い学校へゆくために」は良くできたフレーズで、誰がどういう立場から口にしても、そこにアイロニーが生じる、むげに否定することも、手放しで肯定することもできない、悲しいことばだ。

作者が「良い学校」の人だということが、人の心におよぼす効果も図って、このフレーズはここに置かれているだろう。そして「寒卵」これ、受験のために「寒卵」を飲む、っていう話なんだろうか(阪西敦子〈寒卵片手に割つて街小さし〉以来、寒卵はロッキーのイメージだ)。卵のように整列した受験生たちを思えばそれは「完璧感のある壊れもの」というイメージで、つまり、これはどこまでも悲しみに焦点がある句。すごく面白い。

(〈
この感情ずいぶん受験にて作られ〉「群青」2025・12 という極めつけにどうでもいい句もある)

絵がなくて九月海風壁に釘

その部屋に絵のないことが新情報として提示されている、ということは、この人は、ふだん来ない場所に来て「こんな部屋かあ」と思っている。

九月、土用波もたつわクラゲも出るわという時期に、海近くの保養所のようなところに来ている。友人の家かもしれないけど、その家を保養所扱いしていることは間違いない。壁に絵がないことは、ちょっとの時季はずれに似つかわしく、その空間を意識させ、この人は壁に向かいながら、外の全環境を感じて楽しんでいる。

絵があるはずの場所に、釘があるから、ものすごく絵があるはずの場所だとわかる。それは、因果ではなくギャグだ。

中七で名詞を重ねて、歌のような調子を出すのは、新しい書き手がいろいろ試している韻律の試行のひとつ。その新しさが、七五調の俳句の俗謡っぽさにつながっていることが楽しい 

(「風の谷中のどこか通夜」のフレーズも、それ。ただ「どこか通夜」って思うかな……その無責任なフレーズは歌謡曲っぽくもあって、もし、その方向の句が続くのであれば信用できるのだけれど)

これらの句に、自分が「その人」性を感じるというのは、好みでしかないんじゃないか、という心配はもちろんある。

けれど、いま、自分が上にあげた38句に見ているものは「ちょっと悲しい鬱屈した若い人」で、それはスゴさへの志向も含めてそう感じるのだから、その読みにはちょっと手応えがある。

蝙蝠のながれてゆけば犬が吠え

雲を見るほかなく角の伐られけり

冬空のざらついてゐるラジオかな

夕日いま葱のうしろへかたむけり

降るもののけはひの中に葦枯るる

愛鳥週間調律師この木木を来よ

あと一度ねむる夏蚕として戦ぐ

うん、やはり、すごく悲しみがあると思う。そしてそれは、誰にでもあるものではない。

まじめな話、作家性とか「その人性」は、書けて、初めて立ち現れるもので、元々あるものでも、こうと決めて作り上げるものでもない。そして繰り返しになるけれど、人がこの世に持ち込めるものは、じつは一人に一つなんじゃないかと思っている (*9)

つまり、岩田奎という人は、登場が華々しかったので見えにくくなっていたけれど、すでにそういう人として、彼が書く俳句の中にいたのではないかと。

愛日の海にあそんで大人たち

愛日」は、あたたかい冬の日差しが貴重に感じられることを指して言う。「横浜港」と前書がある。海をバックに、きらきらしい光線の中で、大人たちがほほえましく遊んでいるように見える。若者か子どもである自分は、少し離れて、慈しむように大人たちを見ている、そういう視線の逆転があって、それはざっくり「愛」なんだと。ぜんたいが冬の景であることが、やさしさとしてよく響いている。

自分(上田)も、たぶん「大人」の側に入る。だいぶ失礼なことを書いたけれど、大人のすることだと思って許してほしい。

岩田さんが、自分の書いた文章を読んでくれていて、ときどき引用してくれることは知っていた。

https://note.com/keiiwata/n/nfa375066bba8

引用してくれていたのは「通俗性」についての文章で、だとすれば、彼は今、俳句の現在との関係において、かっこ悪くならず、スゴくあることが可能な、サバイバル的な方法論を探っているはずだ。

さっき気がついたのだけれど、彼はリンク先の文中で、こう書いている(しかも原文は太字で)。

言葉を介して、わたしはわたしに出会う。言葉を弄することによって出会えるのは、わたしではない。俳句史とはかならずしも関係ないわたしの幸福追求のためにこそ、わたしには作家性が求められる。世界においてわたし自身の存在がオリジナルであるのとちょうど同じように、わたしの句はオリジナルであるべきだ。

まさにまさに。ほんとうにその通り。

考えてゐるこんにやくの花を過ぎ 「群青」2023・8

こんにゃくの花は、ひどく奇妙な、いわく言いがたい、へんてこな花だ。彼にとって、俳壇からの大アプローズは、こんにゃくの花にも似た、人生の奇妙なイベントだったのかもしれない──と、これもフロイド的な読みだけれど、あんがい当たっているのではないかしら。


(了)

*1 『膚』の田中裕明賞や俳人協会新人賞はぶっちぎりだったけれど、「赤い夢」の角川俳句賞は、選考会で、黒岩徳将さんの「嘴太鴉」とほぼ同等の評価で、黒岩さんが受賞していた可能性もじゅうぶんにあった。

*2 「肌という装置を通して展開してゆくと後半の旅吟になる。つまり肌が持つ表面ならではの深さ、出会いの現場、自他の境界としての肌というものを時間的空間的に外部へ展開してゆくと色んな土地への旅行になるということで(…)こういう出会いがあるということを認識する現場としてこの作者があちこちに遍在し、その現場の事件性をリアライズしている句集ということで、そのインパクトは大変強かったです」(第十四回田中裕明賞 関悦史委員選評)

*3 誰にとっても順接と逆接の二つのベクトルの配合がその人の方向性となるわけだけれど『膚』は、その二つを合算せずにそれぞれを展開しているのではないかという話。 

*4 田中裕明「夜の形式(1982年角川俳句賞「受賞の言葉」)https://weekly-haiku.blogspot.com/2010/01/blog-post_31.html

*5 なんでも描けてしまう漫画家というと、石ノ森章太郎のような人がいたけれど、あの人が作品として何を残したかというと、なかなかむずかしい。

*6 俳人協会新人賞受賞に際しての自選15句と、上記の30句は、よく見たらだいぶ異同がある。俳人協会新人賞のときの自選15句のうち半分の7句〈食べ終へて光の残る暮の秋〉〈もの食べてさびしくなれる扇かな〉〈木の奥をゆくよそさまの七五三〉のような句が、田中裕明賞の冊子の自選30句に入っていない。使い分けているのかとも思うし、自己像が不確かすぎて、てきとうになってしまっているのかとも思う。

*7
くるま そんなことしたらM-1が盛り上がらないじゃないですか!
粗品
 自分らが優勝するために「こいつらスベれ!」って思わんのや。
くるま そうですね。
粗品 ええー……
くるま
 粗品さんからしたら「ええー……」ですよね(笑)。いや、これはこれでよくはないんですよ。
粗品 ええ奴……ええ奴なんかなぁ。なんやろ。変態ってこと? 変態か。いかれてんねや。
くるま そんなざっくりまとめられると(笑)。でもそれは優しさとかじゃなくて僕のエゴなんです。エゴがめっちゃ大きいんです。
(『漫才異常考察』霜降り明星粗品との対談より)

*8
品田 上田さんは、何かになりたいとかあったんですか
上田 漫画家になりたかった! 大学4年のときに「おかしい、漫画家になれていない」と気がついて、あわてて編集部に持ち込みをはじめたんですが、結局描けなくて、編集者になりました。編集の仕事を10年やったころに、あのころの自分には中味がなかったんだ、と気がついた……ダヴィンチさんは、漫画家になるには、漫画が上手ければいいと思うでしょ?
品田 ええ
上田 でもね、なんか、ものを書くには中味が必要だったみたい。若くして代表作が書けるような、早熟な人はあるんだよね、そういうものが
品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)上田信治 2022年12月4日 オンライントークイベントでの発言(AERA.dot 2022に加筆)

*9 一人ですべての役を演じる落語家も、カメレオンと呼ばれる俳優も(つまり桂米朝もロバート・デニーロも)けっきょく、その人は「その人」性を、一つだけ、この世につけ加えるのではないか。

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