【中嶋憲武×西原天気の音楽千夜一夜】
原田真二「サゥザンド・ナイツ」
憲武●週刊俳句1000号ということで、おめでとうございます。
天気●ありがとうございます。
憲武●第1001号の千夜一夜は原田真二「サゥザンド・ナイツ」です。
憲武●シングルリリースは1978年。作詞松本隆、作曲原田真二です。松本隆とのコンビの最後の曲ですね。原田真二というと、1977年秋の華々しいデビュー、「てぃーんずぶるーす」「キャンディ」「シャドー・ボクサー」とデビュー3ヶ月連続シングル発表、その3曲すべてオリコンのチャート入りするという、驚天動地の才能の出現でした。
天気●テレビとかでふわっと見たことがあるにはありますが、パーマ頭くらいしかほとんど記憶や印象に残っていないです。
憲武●そうでしたか。この曲、シングルとしては「タイム・トラベル」と「アワ・ソング」の間に発表された曲で、チャート的にもあまり振るわなかったと記憶してます。
天気●適度にメロディアス、適度にリズムがある、ということで、引っかかり(いわゆるフック)がないせいかも。
憲武●なるほど、フックか。この方広島出身で、同じ広島出身の吉田拓郎を憧れて影響も強く受けてました。でもその影響とはまったく方向の違う楽曲を制作して、フォーライフの3,000人のオーディションで吉田拓郎に見出されて、あっという間にデビュー。そして大ヒット。天才です。
天気●広島、吉田拓郎、フォーライフ? そのへん関連も初耳、というか知らずに過ごしてきました。
憲武●そうでしたか。最初に原田真二を見たのは「ぎんざNOW」っていうせんだみつおとか出てたテレビ番組です。初見、かなり好きだと思いましたね。ピアノ弾きながら歌ってて。原田真二が出て来て、そのあといろんなロック系のバンドとか出て来て、なんか音楽業界変わったなっていう印象ありましたね。それまで歌謡曲主流でしたから。テレビもラジオも。
天気●70年代後半、歌謡曲にロック成分が入ってきたのは、沢田研二の功績が大きいと思うんですが、いわゆるニューミュージックのヒットも同じ流れだったのかも。
憲武●そうですね。そういえば。「勝手にしやがれ」が1976年でしたか。原田真二は曲間にシャウトとかするんですけど、それがポール・マッカートニーっぽくて好きでしたね。なんかこうウイングスを意識してたような感じありますね。
天気●うん、ブリティッシュ・ポップな感じが、するといえば、する。
憲武●エルトン・ジョンも好きだったみたいです。最近はあまり情報が流れて来なくなりましたが、どういうつながりなのか八王子の小学校の二つ、校歌作ったり気になる存在です。
(最終回まで、あと559夜)
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