花売る人々
ある料理人とフローリストとのご縁ができて、月に一度「渋谷喫花室」というイベントを催している。代々木のコンセプトバーを借り、季語を軸に献立を、旬の花々でブーケを仕立て、お通しにはそれらで使われた季語の俳句を添える。
未来には遷都があつて花筏 凱
もっと若い頃のわたしは花にそれほど興味がなかったが、彼や訪れるフローリストたちと交流するうちしだいに、心が花に動かされるようになった。彼らの表情を見ていると、その仕事には、他の仕事には代えがたい魔力があるのだと気づく。花を買い求める人は何かを慈しみ、或いは悦びたいと希う人で、その花を連れていくちょっと先の未来を想像している。だから、花を売る仕事は、多くの者が人生で数十回しか迎えることのできない季節を寿ぎ、ちょっと先の未来を手渡す仕事だ。数十回。季節に花があふれて、わたしはちょっとだけ、淋しくなる。
(読売新聞2026年4月27日)
Haiku 人間的な時間
Anthropic社のAI「Claude」には「Opus」「Sonnet」「Haiku」といったモデルが揃う。いずれも音楽と詩歌に因む名で、その名の通りHaikuは最も軽量・高速なモデルだ。この頃はこれを用いて身辺の物事をひたすら自動化している。かつて『AI研究者と俳人』という本を出す機会に恵まれたが、それから四年、寝食を忘れて、バイブコーディングの隙間になんとか生活を回す本末転倒の日々にある。
たわむれに、私的利用の範囲で自分の評論や選評を学習させてオンライン句会の選をさせたら、生身の私の選とそう変わらぬ選をしてきて、たまげた。そのぶん、判断や交渉、或いは他者との合意形成にかける時間が密になった。そのとき私が差し出しているのは結局のところ言葉であり、思想と倫理であり、おのれの価値観を問われている瞬間なのだと思う。それは私に残された、とても人間的な時間のように感じている。
(読売新聞2026年5月4日)
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