2026-08-09

瀬戸正洋【週俳2月7月の俳句を読む】ことばを捜して

【週俳2月7月の俳句を読む】
ことばを捜して

瀬戸正洋


声優と同じインフルエンザかな  きりばらい

同じ型のインフルエンザに罹った。直接、声優からなのかは解らない。好きか嫌いかによって罹ったことへの思いは異なる。ただ、タイトルが「愛日」なので不快であるということではないだろう。

試食品乾き続ける成人日  きりばらい

ショーケースの前に試食品がある。成人の日は一月の第二月曜日である。成人になった人を祝い励ます日である。試食品は乾き続ける。祝い励ます感情も薄れていくのである。

無視すると決めた歯痛に春隣  きりばらい

消極的な無視がある。積極的な無視がある。どちらも必要な無視である。歯痛を治すにはエネルギーが必要である。もうすぐ春は来る。

被告人は人狼でした日脚伸ぶ  きりばらい

被告人とは罪を犯した疑いで起訴された人のことをいう。会話とは共通の話を進めることである。推理とはまだわからない事柄をおしはかることである。人狼とは会話と推理の心理ゲームだという。

春の水跳ね肛門に滲み入る  きりばらい

春の水が跳ね肛門に滲み入ったという経験はない。肛門に水が滲み入ることを想像することはできる。だが、春の水であるかないかは解らない。

トルソーの肩出す建国記念の日  きりばらい

トルソーとは頭部や手足を除いた「胴体」をいう。店舗のデスプレイに使われることが多い。建国記念の日に肩を出す必要があった。必然(偶然)である。

沈丁花余つたケーキ往復す  きりばらい

余ったケーキは不要である。テーブルの上を往復する。往復するから不要なのである。往復することにより何かがはじまる。沈丁花の濃すぎる香が窓から入ってくる。

成歩堂の指少し垂れ日永し  きりばらい

成歩堂とは架空のキャラクターとあった。指が少し垂れているのは、成歩堂であるためのかたちなのかも知れない。

義理チョコに開けた跡ある参観日  きりばらい

人として守るべき正しい道筋や道理のことを義理という。人として守るべき正しい道筋や道理のことをチョコレートという。あらゆるものに正しい道筋や道理がある。開けた跡があることに何の不思議もない。参観日とは学校等の活動を保護者に見てもらう日のことである。

制服に吸血鬼だつた春埃  きりばらい

制服は吸血鬼である。春埃は吸血鬼である。人は吸血鬼である。春埃とは春風に舞い上がった塵のことである。

日の闌けて花びら怠き菖蒲かな  依光陽子

盛りの時期を迎える。盛りの時期は過ぎでしまった。からだが怠い。真昼の水辺である。菖蒲が咲いている。

見ることは読むこと夏至の日の蝶よ  依光陽子

俯瞰して見ている。一字一句を熟視するのではない。全体を掴もうとしている。夏至の日にまぎれこんできた蝶である。

夏雲雀四つ葉を探す目で空を  依光陽子

夏雲雀である。四つ葉のクローバーを探している。それを探すためには目が必要である。空には四つ葉のクローバーが隠れている。

夏の雨きのふの声の未だある  依光陽子

自然に生きていきたい。余計なことは言うべきではない。夏の雨をながめている。後悔が残る。後悔とは生きている時間に比例して増えていくものである。仕方がないと思う。

昼顔よ真鍮の鳥啼くまいよ  依光陽子

真鍮の鳥は鳴かない。昼顔も鳴かない。真鍮とは銅と亜鉛の合金である。亜鉛の割合が二十%以上のものをいう。合金とは金属に他の金属などを混ぜ合わせて作った鳥のことである。

柴又はとうすみも川音もなく  依光陽子

柴又は雑踏であった。柴又帝釈天、矢切の渡しなど、昭和の古い町並み、下町情緒の残っているところである。

誰の母か昼顔は空向いて咲く  依光陽子

たくさんの母がいる。誰が誰の母なのか解らない。朝顔ではない。夕顔でもない。昼顔である。空を向いて咲いている。

画の奥に耳を澄ますや光の夏  依光陽子

絵画は視覚で楽しむものではない。絵画は耳を澄ませて聴くものなのである。俳句は読むものではない。少し離れて眺めるものなのである。光の夏が存在している。

Tシャツにアイロン蟻の背ナに翅  依光陽子

Tシャツにアイロンをかける。アイロンとは衣類のしわを伸ばしたり折り目をつけたりする道具である。翅のある蟻を見つけたらシロアリの駆除のことを考えなくてはいけない。

その人の書く字を愛し蟻の国  依光陽子

署名をする。疲れていた。なぐり書きで済ませた。しっかりと書けばよかったと思う。字は愛されなければならない。愛されない字は悲しい。

バンガロー初めて話すことありぬ  百瀬一兎

Stargazerとは天文学者、占星術者のこととあった。ロケーションが変わる。キャンプの夜である。非日常である。何かが変わる気配がする。何もかもが揃っている。

籐椅子の籐の突き出て旅の夜  百瀬一兎

どの部分が出ているのかわからない。籐椅子である。旅の夜である。思い出である。

御守りの紐の長すぎ黒ビール  百瀬一兎

長すぎてもいけない。短すぎてもいけない。御守りの紐はちょうどでなくてはならない。冷えた黒ビールは美味しくなくてはならない。

日盛やアンスリウムの地平線  百瀬一兎

全体に毒性を持つ。自然毒である。毒とは「生命活動に害や不都合をあたえる。量や使い方によっては薬にもなる。比喩として、人の悪意、嫉妬、狂気」とあった。花言葉は「殺して欲しい」である。日盛である。地平線まで続く。

爪切りにあてがふ指や旱星  百瀬一兎

夜に爪を切ると不幸になる。手の指を足の指にあてがうのである。あてがうとは添え当てることである。

香水の霧噴きだして火のかたち  百瀬一兎

火のかたちである。香水を細かい粒子に変える。霧のように吹きかける。火は気体ではない。火とは科学反応の起きている状態をいう。

太陽がダチュラを釁るらしきかな  百瀬一兎

この植物も毒を持つ。アンスリウムといい、ダチュラといい「毒」に興味がある。
釁るとは「新しく作った武器に生贄の血を塗る。清めたり魂を入れたりする。刀などで人を傷つけて血に染める」とあった。そんな気を人に起こさせるのは決まって太陽なのである。

夏深しおほかみ真似る読み聞かせ  百瀬一兎

絵本を読んでいる。その役になりきって読んでいる。子どもたちは身を乗り出して聞いている。夏も終わりのひとときである。

飴色に透けて蠅取リボンの螺  百瀬一兎

見たままの蠅取りリボンである。飴色のねばねばした粘着剤を塗った紙が天井から下りている。昭和の夏の風物詩である。殺虫剤は使わない。

星降る夜冷やし中華に噎せてゐる  百瀬一兎

冷やし中華に噎せている。星降る夜である。豪華な冷やし中華ではない。インスタントの冷やし中華である。麺とスープと粗末な具材。そのスープに噎せている。


きりばらい 愛日 10 読む 983号・2026-02-22

依光陽子 同一 10 読む 1003号 2026712 

百瀬一兎 Stargazer 10 読む 1005号 2026726


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