【俳句の沃土】
おがみばあば
柴田千晶
おがみばあばの傾ぎし家の夕化粧 井上さち
井上さちの第一句集『巴里は未だ』(2018年/文學の森)は軽やかな句集だ。さちさんは、農家の暮らしの中で出会った人や動物たち、自然や事象をしなやかな文体で詠んでいる。農作業のリアルな手触りを大切に、五感で捉えた驚きを、詩の言葉に定着させている。その特徴は、多用される独特なオノマトペにある。
りるらりるらと春の地下鉄は
梅の風ころりんしゃんと逝きし人
春の水かぷかぷかぷかぷと子犬
ばたこばたこと日永の耕耘機
夏の霜とんすうとんと運ぶ筆
ごりりごりりと断つツイードや秋深し
ガムランのるろんらるろん雨の月
「りるらりるら」という明るい響きの春の地下鉄。「ころりんしゃん」とあっけなく逝ってしまった人。「かぷかぷかぷかぷ」と無心に水を飲む犬の可愛らしさ。「ばたこばたこ」という耕耘機の長閑さ。書道の筆の運びを音で表すと、「とんすうとん」確かにこんな感じ。厚い布を裁つ鋏の「ごりりごりり」という手応え。ガムランの音と雨音が混じり合って生まれた「るろんらるろん」という異国の音。さちさんのオノマトペは、音の余韻が空間に広がってゆくような大らかさがある。
オノマトペの句以外にも、魅力的な句がたくさんある。
小鳥抱くように夫の手に無花果
太陽やゴッホの描いたようなる蛾
蔵見せて欲しいと男昼の月
父のいない父の体や秋気澄む
夕日の粉振り撒いて行く狐の尾
小鳥を両手で包む時の幽かな力の要れ具合、ゴッホが描いたような大胆な蛾の羽の模様、蔵は女性の胎内。昼の月がそう思わせる。魂が抜けた後の父の体、夕日の中を帰ってゆく狐。どの句も独創的。
これらの句の間に、ときおり登場する「おがみばあば」という人物がいる。
おがみばあばの傾ぎし家の夕化粧
「おがみばあば」は、拝み屋のことだろうか。あの世とこの世を繋ぐ人。傾いた廃屋のような家に咲く夕化粧が妖しい。
私の母の郷里、秋田にも口寄せや透視、祈禱などをする老女がいた。田舎の人たちは「オミヨさん」と呼んでいた。
茸採りに出かけた叔父が、夜になっても戻らなかった時のこと。心配する叔母に、オミヨさんは「白い狐がもう迎えに行ってる。大丈夫だ」と言った。翌朝、白い猫(狐?)に導かれて、叔父は無事山を下りてきた。
「おがみばあば」もそんな存在なのだろう。句集の頁を捲ってゆくと、「おがみばあば」の家の様子が少しずつ変化してゆく。
曼珠沙華おがみばあばは今日も留守
おがみばあばの家に貼り紙かじけ猫
おがみばあばの家は更地や赤とんぼ
この世とあの世の間に、忽然と姿を消してしまった「おがみばあば」。この句集には、さちさんと「おがみばあば」、生者と死者の二つの時間が流れている。
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