【句集を読む】
乾ききった哀愁
柴田千晶『魚女房鶴女房』の一句
西原天気
モーテルの砂漠のやうなシーツかな 柴田千晶
シーツの起伏を起き抜けに間近で見ている。なぜ夜ではなく朝かといえば、砂漠の明度から。なぜ間近かといえば、目前に広がる砂漠の遠近法から。
砂漠漠への見立ては、当然のこと乾きって、どこかハードボイルドな物語、探偵小説のいちシーンのようだ。
モーテルはもともと米国のロードサイドに、クルマごと入ってゆける簡便な宿として普及。この景を思えば、さきほどの米国映画のざらついた画面(それこそ周囲は砂地がちな荒野)が浮かび上がる。ただし、カタカナのモーテル、すなわち日本への移入後には、性愛の意味が加わる。いまはもうこの呼称は使われないが、クルマで入って駐車場から受付へと直接チェックインするタイプのラブホテルは郊外のあちこちで出会う。
この句からどちらをイメージするかは読者によるが(後者の場合、事後の気だるさ=ポスト・コイトゥスの気分も重なる)、いずれにしても、乾いて、ちょっと物憂く、さらにいえば物哀しいおもむきは、シーツと砂漠の組み合わせがもたらすものだろう。その興趣がモーテルという固有の設定のなかで、さらにブーストされる。すっきりとまとまっていながら、けっして単純ではない感情の機微を伝えてくれる。
柴田千晶『魚女房鶴女房』2026年7月/金雀枝舎

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