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2016-09-11

【週俳8月の俳句を読む】栗山心 もやもや中

【週俳8月の俳句を読む】
もやもや中

栗山 心


一年程前から小説講座に通い始めた。講師は、歌人でもある作家の西崎憲先生なので、短詩形に造詣が深く、小説について考えることは俳句について考えることだったりもする。まだ数編の短編小説を仕上げた程度だが、俳句と小説の違いについては毎度、困惑している。

ネットで調べると、俳句は瞬間を小説は変化を描く、とか、凝縮させたものが俳句で細かく書くのが小説、単純に長さの違い、など色々な意見があるが、どれもそのようで反対のようで、またもやもやするのである。

看護師の胸に蜻蛉のボールペン  鷲巣正徳「ぽこと」

小説を書くには「フック」が必要だ、と習った。ちょっとした引っかかり、ということで、話に深みが出る。「看護師が蜻蛉の付いたボールペンを胸に挿していた」、小説ならここがフックになるところであり、ほんの一部分であるが、俳句はこれですべてだ。しかもこれは、おもちゃの蜻蛉ではなく、看護師が外から知らずに連れてきてしまった、本物の蜻蛉だろう。

おんおんと酸素を吸へば月の前  鷲巣正徳「ぽこと」

理科室の鍵を返しに青葉木菟  加田由美「引き潮」

どちらも行動しているのは「私」だが主語が無いので分かりにくい。俳句を知らない人には説明が必要なタイプの句。二句目「理科室の鍵」というノスタルジー。返しに行くのは、職員室か理科準備室か。昔の学校の理科室は、いつ行っても不気味だった。青葉木菟も何やら不穏な感じ。

蜩は胴がブラウン管である  鴇田智哉「tv」

言い切れる、話を完結出来る、という点では、俳句の経験が役に立った。どう詠んでも受け手に任せるしかない。それ故、俳句は各自勝手に鑑賞して想像力の翼を広げることが出来る。この句は、定型で季語もあるのに、何故か俳句らしくない。だが小説の冒頭の一文のような、強烈な印象と吸引力を持っている。ほら、この続きを小説にしてみたくなりませんか。

小説講座も新学期。俳句とは? 小説とは? またもやもやする日が始まる。


第485号2016年8月7日
進藤剛至 清水 10句 ≫読む
第486号 2016年8月14日
加田由美 引き潮 10句 ≫読む
鷲巣正徳 ぽこと 10句 ≫読む
生駒 大祐 読む 
田島 健一 読む 
鴇田 智哉 読む 
福田 若之 読む
宮本佳世乃 読む
岡野泰輔 焦げる 10句 ≫読む

2014-07-13

【週俳6月の俳句を読む】栗山心 クールダウン

【週俳6月の俳句を読む】
クールダウン

栗山 心


「一句一句頭に浮かぶ景色が違うから、脳がリフレッシュする」「一分位、異次元に行ったよ」

最近、他人に対する怒りをぶつけたメールを、頻繁に送ってくる友人。付き合いきれないな、という思いもあり、黙っていくつかの俳句を送ってみた。その感想がこれである。いきなり送りつけられた俳句を読んでいるうちに、怒りも治まってきたらしい。全く俳句を知らない人は、たとえば展覧会で絵を見るように俳句を読むと、気付かされた。

俳句を読むことに、鎮静効果があるなら、俳句を作ることにも、同じ効果があるのではないか。激しい怒りが俳句を作る原動力であっても、出来あがったものは、美しさを詠っていることもある。


水打つや影煮えたぎる人として  高坂明良

「煮えたぎる」という、激しい言葉。体から溢れ出るほどの思いを誰かにぶつける、ということはなかなか出来るものではない。様々な思いを閉じ込めて、大人は黙って地面に水を打って時をやり過ごすのだ。


スリッパの滑りやすしよ昭和の日  陽 美保子

あまり流行っていない歯医者などの、湿り気のあるビニールのスリッパは不衛生だし、滑りやすいし、どうも苦手だなぁと思っていたら、最近、土足で入れるところも増えている。かつては、舗装されていない道も多く、靴が汚れていて、スリッパは必須だったのだろう。
昭和の頃からすると、スリッパに役割も変わってきているのかも。脱力した感じが、いかにも昭和の日、なんとも味わい深い句である。


風神雷神呼びたくて春の山を売った  西村遼   
浸水のびん工場のびん船出

ここから何か物語が始まりそうな、不思議な句。時にはこの位の大嘘を詠んでみたいし読んでみたい。二句目など、椎名誠さんのディストピア小説『武装島田倉庫』の世界に飛ばされたかのようだ。まさに冒頭の友人の「異次元に行った」という言葉通り、俳句を読むというのは、短い旅であり、すっかりとクールダウンして、読者は落ち着いた日常に戻ることが出来る。


第371号 2014年6月1日
陽 美保子 祝日 10句 ≫読む
第372号 2014年6月8日
髙坂明良 六月ノ雨 10句 ≫読む
原田浩佑 お手本 10句 ≫読む
 第373号 2014年6月15日
井上雪子 六月の日陰 10句 ≫読む
第374号 2014年6月22日
梅津志保 夏岬 10句 ≫読む
第375号 2014年6月29日
西村 遼 春の山 10句 ≫読む

2014-02-09

【週俳1月の俳句を読む】栗山心 色・ホワイトブレンド

【週俳1月の俳句を読む】
色・ホワイトブレンド

栗山 心


かつて、化粧品のキャンペーンソングが一斉にヒットチャートを賑わせた時期があった。主に、春の新作口紅のCMで、それらのCM を見ては、冬のややダークな色調の口紅から、淡い色の春らしい口紅に変えなくては、と思わされるのだった。色の感覚は、実際の季節より、少し早くやってくるのかもしれない。


春隣チョークの粉の淡き色  小野あらた

最近の学校では、黒板ではなくホワイトボードや電子黒板が使われていることも多いようだ。かつては授業後に黒板消しをパンパンやって、粉だらけになったりもしたが、最近のチョークは、貝殻や卵の殻で出来ていて、粉飛びも少ないそうだ。今やノスタルジックな風景となった、この句のチョークの粉は淡い色。ピンクや黄色、ブルーや薄い茶色のチョークが使われるのは、授業というより、お楽しみ会のような行事かも。子供たちが好き勝手に書いた、イラストや文字が、黒板いっぱいに書かれて、春が近い、学年末のどことなく緩い空気が感じられる。


差し色の赤の突出風邪心地  玉田憲子

こちらは赤。真紅だろうか。シックな服装にメリハリを付けるために身に付けた赤が、強烈過ぎて、浮きあがってしまっている。風邪気味で、ふわふわとした気分の時には、なおさら赤が、目に刺激的に感じたりすることもある。この差し色を身につけているのが自分なら、一日、少し落ち着かない気分で過ごすことになるだろう。


ビリビリと音して開く寒牡丹  川名将義

白か赤か、ピンク色か。牡丹が開く瞬間を見たことは無いが、もし音がするとしたら、あの少しギザギザとした大ぶりな花びらは、「ビリビリ」と開くことだろう。寒牡丹は、色味の少ない冬の風景の中では、驚くべき美しさを誇るが、そのはっとする感じを、音で見せることに成功している。



第350号2014年1月5日
新年詠 2014  ≫読む

第352号2014年1月19日
佐怒賀正美 去年今年 10句 ≫読む
川名将義 一枚の氷 10句 ≫読む
小野あらた 戸袋 10句 ≫読む

第353号2014年1月26日
玉田憲子 赤の突出 10句 ≫読む


2013-08-04

【週俳7月の俳句を読む】栗山心 ポケット

【週俳7月の俳句を読む】
ポケット

栗山 心



ポケットに入らぬポケット版薄暑   小野富美子


夏の初めに薄手のワンピースを買った時、店員さんが「実はこの服にはポケットが付いているんですよ」と、得意気に言った。そもそも女性用の服には、デザイン上の理由でポケットの付いていないものも多い。付いていても、実用というより、デザインとしての存在であったりする。そこに来て、「フルサイズよりはやや小さめ」程度の意味の「ポケット版」の本。もちろんポケットには入らず、ちょっともやもやした気持ちになりつつも、仕方ないか、と思う。「薄暑」と、ストンと終わる感じに気持ちが出ている。ところで、最近の男性のワイシャツには、胸ポケットが付いてないものが多いそうである。スリムなシルエットの流行の影響らしい。昨日、浴衣売り場の店員さんから聞いた話では、スマホが浴衣の袂から落ちやすいので、巾着を持つ男性も多いとか。荷物は全てポケットに入れて、手ぶらで歩く男性は、いずれ絶滅するのかもしれない。ポケット版という言葉も、やがて死語になるのだろうか。


鶯谷のタオル黄色し桜桃忌   藤 幹子

美容室などの業務用のタオルは、沢庵のような真っ黄色が多い、という印象がある。しかし、「鶯谷」で想像するのは、在住の方には失礼ながら、やはりラブホテルか。かつては文人墨客の里でありながら、現在は一大ラブホテル街。知らずに子規庵辺りに吟行に来て、どぎついラブホテルのネオンに、気まずい雰囲気になる俳句愛好者も少なくないことだろう。男女関係の盛んだった太宰治の忌日、桜桃忌。鶯谷では、今日も大量のタオルが消費されているのである。


第324号 2013年7月7日
マイマイ ハッピーアイスクリーム 10句 ≫読む

第325号 2013年7月14日
小野富美子 亜流 10句 ≫読む
岸本尚毅 ちよび髭 10句 ≫読む

第326号 2013年7月21日
藤 幹子 やまをり線 10句 ≫読む
ぺぺ女 遠 泳 11句 ≫読む

第327号2013年7月28日
鳥居真里子 玉虫色 10句 ≫読む
ことり わが舟 10句 ≫読む

2013-04-07

【週俳3月の俳句を読む】栗山心 振ってみた

【週俳3月の俳句を読む】
振ってみた

栗山 心


春愁の掻玉スープぐるぐるす  杉山久子


日常的に料理をしている人も、そうでない人も、なんとなく鬱々として気分が乗らない時は、敢えてレシピ通りに真剣に料理をしてみる、というのも気分転換になったりするものだ。いつもは目分量でも、小さじ何杯、小麦粉何グラム、など理科の実験のようにやってみる。

卵を溶いて入れる、というだけの掻玉スープでも、某料理サイトによると、レシピはなんと145種類。卵の入れ方ひとつでも、「菜箸に伝わせて少しずつ流し入れる」「穴開きお玉を使う」「良く溶いた卵をそのまま入れる」など様々。卵だけのシンプルなものから、ニラ、三つ葉、わかめ、きのこ等など、トッピングも豊富だ。水溶き片栗粉でとろみをつければ、冷めにくく、身体の中から温まる。

さて、冷蔵庫の中身と相談し、料理を始めよう。たとえ失敗したところで、掻玉スープ。たくさんの材料を使う大層な料理と違って、ダメージは少ない。ぐるぐる掻き混ぜて、出来たてをふうふう飲み干してしまおう。その時、ほんの少しだけ、心が軽くなっているかもしれない。


振つてみる明日蒔く種の種袋  杉山久子

先日、本屋で文庫本を買ったら、何かのキャンペーンらしくひまわりの種をプレゼントされた。花言葉は「あなたすばらしい」と、やや気恥ずかしい。春蒔きの1年草(この言葉も初耳で、調べてみた。種から花が咲いて枯れるまで、1年以内の植物のことらしい)で、ちょうど今の時期蒔けば、夏に開花する。園芸とは無縁の生活で、種袋を手に取ることもなく、物珍しさに、やはり私も「振つてみた」。カサカサパラパラと頼りない音。これがあの「ひまわり」となって花を咲かせるのか、不思議な感じだ。明日は天気も良いようだし、庭に片隅に蒔いてみようかな。春愁を脱出して、気持ちは夏へと向かっている。


第306号 2013年3月3日
新延 拳 我を呼ぶこゑ 10句 ≫読む
中田尚子 風車 10句 ≫読む
杉山久子 明日蒔く種 10句 ≫読む

第307号 2013年3月10日
黒岩徳将 切符 10句 ≫読む

第308号 2013年3月17日
大穂照久 叙景 10句 ≫読む



2012-11-11

【週俳10月の俳句を読む】栗山心 UZA

【週俳10月の俳句を読む】
UZA

栗山 心


秋雲や愉快な人といふ評価  佐藤りえ

mixiの「友人からの紹介文」という欄で、他人から見た自分像をある程度知ることが出来る。これはあまり流行らないらしく、私自身書いたこともないし、書かれている割合も少ない。そもそもネット上の友人なんて、人に紹介するほど、良くは知らないのだ。

作者はどこかで、「愉快な人」という評価をされている。あまりにもザックリした、表面しか見られていないような評価に戸惑い、困惑する。自分の何を見て、愉快というのか、という若干の苛立ち。しかしその中にも、自分のことを見ていてくれた人がいる、という安堵感も感じられるのだ。


他にもの考へないで葡萄食む  佐藤りえ

美味しそうに、というより、無心になりたくて葡萄を食べている。何らかの思いを、とりあえず頭の片隅に置くために。洗って、剥いて、種があれば種を履き出して。食べることに集中するには、食べるのが簡単な、たとえば苺では駄目なのだ。


愛情のやうに重たい秋の繭   佐藤りえ

少しずつ人との距離を計りながら、慎重に生きていきたいのに、時々強引な愛に絡めとられてしまう。秋の繭は、大きさも小さく、数も少ないそうである。それなのに、やけに重く、欲しくないのに注がれる愛情のよう。愛はそもそも自分勝手で、ウザいものなのだ。




第285号 2012年10月7日
忌日くん をととひの人体 10句 ≫読む
第286号 2012年10月14日
佐藤りえ 愉快な人 10句 ≫読む
手銭 誠 晩秋の机 10句 ≫読む
第287号 2012年10月21日
草深昌子 露の間 10句 ≫読む
第288号 2012年10月28日
飯島士朗 耳の穴 10句  ≫読む
第284号 2012年9月30日
西原天気 俳風昆虫記〔夏の思ひ出篇〕 99句
 ≫読む

2012-07-01

栗山心 下北澤駅前食品市場 10句

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週刊俳句 第271号 2012-7-1
 栗山 心 下北澤驛前食品市場
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2011-08-07

〔週俳7月の俳句を読む〕栗山心 蜜月

〔週俳7月の俳句を読む〕
蜜月

栗山 心


はまひるがお長靴脱いで一年生   室田洋子

雨の日、母親の出した長靴を履いて行くのは、まだ園児の面影を残す、小学一年生位までだろうか。この句の子供は、まだ素直に長靴を履き、雨の上がった砂浜で遊ぶために脱いだのだろう。やがて、回りの友達も長靴を履かなくなり、どんなに土砂降りでも長靴を拒否する日がやってくる。それが親離れの一歩だったのだと、その時期を過ぎてみれば思えるのだ。長靴は、母と子の蜜月の象徴である。

育児書をめくってみても青葉木菟   同

この国のきれいな水よ浦島草
   同

育児は、育児書通りには行かないことのほうが多い。分かっていても、それでも、何度も育児書を捲ってみなければ気が済まない。そして更に不安をかき立てるような、青葉木菟の鳴き声。震災以降、小さな子供を持った親の不安は、育児書をいくら捲ってみても、決して解消されることはない。ただ、きれいな水のあるこの国で、子供を育てたいだけなのに。



第219号 2011年7月3日
室田洋子 青桐 10句 ≫読む
堀田季何 Waiting for… 10句 ≫読む 
第221号 2011年7月17日
大野道夫 明日へと我も 10句 ≫読む
橋本 薫 人魚姫の花壇 10句 ≫読む
第222号 2011年7月24日
三吉みどり 琉 金 10句 ≫読む
第223号 2011年7月31日
堀本裕樹 浮 言 10句 ≫読む
ウラハイ
西原天気 原子力 10句 ≫読む