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2017-03-19

【「俳苑叢刊」を読む】 第8回 池内友次郎『結婚まで』 友次郎成長す 外山一機

「俳苑叢刊」を読む
8回 池内友次郎結婚まで
友次郎成長す

外山一機


『結婚まで』は大正一五年から昭和一三年までの句を収めた、池内友次郎の第一句集である。友次郎は明治三九年に虚子の次男として生れた(池内を名のっているのは虚子の生家である池内姓を継いだため)。本文は制作年順に編まれ、それぞれの句に詠んだ月と場所を付しているため、全体として日記のような趣である。その冒頭、大正一五年の項は次のように始まる。
 大正一五年
  四月一日鎌倉の大仏の裏山へ行つて始めて俳句を作る。「麦畑にわが来し道の白きかな」といふのである。その後ときどき作る。

  二十歳記念、満月なり
月君臨すわが誕生の大空に
一〇月二一日 東京 青山墓地
ここにも記されているように、友次郎が俳句を作るようになったのは大正一五年のこと。晩年に友次郎が自らと虚子について回想した『父・高浜虚子 わが半生記』(永田書房、平成元)によれば、開成中学時代から音楽に関心を持ち始め、慶応大学に入学するもその関心はいよいよ高くなり、大正一五年、ついに友次郎はフランスへの遊学の志を虚子に打ち明けたのであった。
 二日後に返事があった。それは、よいだろう。学校をすぐ止め、音楽に専心しろ、というものであった。すばらしいほどの迅速な決断に感銘した。それで私の運命の岐路が敷かれたのであった。(略)
 このような経緯があってから私は公然と毎日を音楽とだけで過した。犬を連れて由比ヶ浜を散歩するほか、そして、一日おきぐらいにフランス人の牧師さんにフランス語を習うために外出するほか、いつもピアノに向かっていた。ただ、俳句には関心を抱きはじめた。それは、父が、音楽を専門にするのなら俳句を作ってみたらどうか、と言ってくれたのがきっかけであった。俳句には特に才能があったらしく、作って見せるたびに父はいつも褒めてくれた。
全体として自己肯定的な記述の多い回想録にあって、この最後の一文もやはり、いかにも友次郎らしいものだ。初めて作ったという「麦畑にわが来し道の白きかな」にも虚子の温かな讃辞があったのだろうか。

ところで虚子は、友次郎の渡欧について『ホトトギス』の消息欄(昭和二・三)で次のように記している。
 私は十九歳にして郷里を出で友次郎は二十二歳にして志を抱いて渡仏の途に上る。之を埠頭に見送りたる私は多少の感慨無きに非ず。十九歳より今日まで地球は已に幾十回転かせり、而かも私を中心として之を見る時は世の中は漸く一回転せるが如き観あり。私を中心としての舞台は消え去るといふには非ざれど、長男年尾及友次郎の舞台は漸く明に現れ来らんとす。
ここには友次郎の姿をかつての自分のそれと重ね合わせて語る虚子がいる。息子が自らの道を進もうとし始めたことに対し不安と安堵とがないまぜになった父としての虚子である。「すばらしいほどの迅速な決断」を下すまでの二日間、虚子の胸の内に去来したものは、あるいは、このようなかつての自分の姿であったかもしれない。

さて、「月君臨すわが誕生の大空に」については『父・高浜虚子』(前掲書)に「やがてこれからパリへ行って音楽を勉強する、といった昂った心情で浮かれていて、完全な大円の姿で上りつつある月を仰いで、幸福感に浸っていたのであった」とも記されている。句は雑な感じもするけれど、それが若者ふうの不遜さを引き出していて、かえって小気味良い。友次郎は以後昭和五年四月に一時帰国するまでの約三年間、海外で断続的に句作を行っている。
昭和二年
船の波月のせてゆくいつまでも
二月一六日 新嘉坡へ渡航中
眼を閉ぢて月の砂漠に暫し立つ
三月七日 スエズより自動車でカイロへ行く
日焼けして神のをとめの腕あらは
八月 巴里 マドレーヌ寺院
昭和三年
すねてゆくをとめや東風の湖ほとり
五月一日 ヴェジネ イビス池園
草いきれさめゆく園の夕かな
八月 ヂュネーヴ レーマン湖畔
まのあたり闇へ落ちゆく木の葉かな
一一月 ヴェジネ イビス池園
昭和四年
蝙蝠の灯しを蹶つて谷へ落つ
九月 ピレネ コトレ
月君臨すわが誕生の大空に」の延長線上にあるような空想的な句が目立つ。ドラマチックに句を脚色しようとする狙いが透けていて、若書きとしての面白さはあるが上出来とは思えない。ところが、興味深いのは、友次郎のこうした句風は必ずしも否定されるものではなく、当時の『ホトトギス』では、結社内部の文脈とあいまって、その評価に揺らぎがあったということである。たとえば、友次郎が一時帰国中につくり雑詠欄に掲載された「よりそへばほころびそめぬ月見草」「ほころびて蕊うすみどり月見草」「月見草かよはき影を落しけり」をめぐって、次のような議論が交わされたことがあった。
水竹居 友次郎さんの月見草の句が三句並んで出ていますが、本当の写生句のような気持で拝見しました。殊にこのよりそえばの句はその中でも最も良いように思います。月見草は開く時にポツリポツリと開きそめる而もそれが朝顔が朝早く朝露に開くように月見草は夕方になって、咲きそめる。而もあの大きな花弁がよりをもどしてほころびそめるところに面白い風情がある。この句は月見草のこの光景を写生されたものと思う。(略)
秋桜子 この「よりそへば」は今赤星さんが御説明になった写実的の意味でなくって、心持の方が余計に含まれているんじゃないかと思う。三年目に日本の土を踏まれた作者のセンチメンタルな心持なのです。だから僕はこの句を見ると赤星さんと反対に作者が若くなられたように思う。而してそれは大に賛成でもある。(「雑詠句評会」昭和五・九)
どちらの読みが誤っているとも言いがたいが、この後の虚子の発言を読むと、虚子は水竹居に賛同していたようである。
虚子 (略)友次郎が句作する様子を見ると、写生ということは殆どやらないで、瞑想して、句作する傾向であることがわかった。私は友次郎に写生をすゝめた。友次郎は所謂写生の句には詩が無いと思うと言った。私は兎も角も写生をして見よとすゝめた。一夕不在であったので、どうしたのかと思って居たら、滑川のあたりをさまよって来たのであった。写生句が出来たと言って私に示した。それが此の三句であった。
虚子がここで語っているのは、写生を軽んずる友次郎を自分が諌めたということと、先の三句を友次郎が「写生句」としてつくったというエピソードにすぎない。しかしこれは読みようによっては秋桜子を牽制しているようにも見える。というのも、虚子がこの二年前、「秋桜子と素十」(『ホトトギス』昭和三・一一)において「秋桜子君には或る理想があつて其の理想に満足するものでなければ材料としない」と述べる一方、「素十君の心は唯無我で自然に対する」とし、「厳密なる意味に於ける写生と云ふ言葉はこの素十君の句の如きに当て嵌まるべきと思ふ」「即ち真実性が強い」と素十の「写生」を高く評価していたのである。その後、秋桜子は「自然の真と文芸上の真」を発表し『ホトトギス』を脱退するが、「写生」を身につけるなかで友次郎はホトトギスの有力作家として歩みを進めていくことになる。

先の月見草の三句を詠んだ年(昭和五年)の七月、友次郎は虚子に連れられて京都の貴船で吟行を行っている。友次郎にとってはこれが初めての句会でもあった。その折のことを友次郎は次のように書いている。
パリでもときおり句を作り、ホトトギスの雑詠での作者としてかなりな成績を挙げていたのだが、幽邃な貴船の山や川を眺めていても句はなかなか出来なかった。父が寄ってきて、出来るか、と心配そうに問いかけてくるので、いくつか見せたら、いつまでもとまらぬ蝶や貴船川、というのを褒めてくれ、その上、俳句はそれでいいんだよ、と言ってもくれた。(『父・高浜虚子』前掲書)
実際、年を経るにつれ、友次郎の句に見られた過剰気味の演出は抑えられるようになっていく。
昭和六年
桃色の舌を出しけり大根馬
六月二五日 巴里 ロージエ街寓居
昭和八年
枯蔓に巻きつき垂るる氷柱かな
一月二七日 鎌倉 鎌倉俳句会 たかし庵
しづもりて又匂ひ来る沈丁花
三月 鎌倉 原の台自宅
昭和一〇年
水ととと枯木の影を流れをり
二月一七日 巴里 セーヌ川
人なくて舗道の落葉追ふひと葉
一二月一一日 倫敦 テームズ河岸
昭和一一年
春の雲牧牛跳ねてとぶもあり
四月一八日 巴里よりブリュッセルへ行く汽車中
いそぎ来て拝みてあはれ除夜の人
一二月三一日 東京浅草観音寺
昭和一二年
春潮を引きよせ山は峙てり
四月二三日 葉山 鎌倉俳句会 赤星水竹居別邸
ところで、少しだけ視野を広げてみると、友次郎が気鋭の作家として注目され始めた昭和一〇年前後は、新興俳句運動が隆盛を見た時期でもあった。句集には収録されていないが「東京駅大時計に似た月が出た」(昭和八年)などは、素材のモダンさといい措辞といい、新興俳句系の諸雑誌にあってもよさそうな句である。もちろん、これは友次郎が新興俳句運動に影響を受けたというわけではなく、それだけ『ホトトギス』が多様性を許容していたということであろう。実際虚子は、先の「秋桜子と素十」でおいて「理想画、空想画といふやうな趣」よりも「現実の世界に存在してゐる景色であるといふ事を強く認めしめる力」を有する句を高く評価していたにもかかわらず、その一方で、「理想画」と「写生句」のあわいにあるような友次郎の句風に理解を示してもいたのである。
口あけて向き合ふ烏雲の峯 虚子 屋根の上ということは言ってないが、「口あけて向き合ふ烏」ということが、恰も屋の棟にある鴟尾か何かのように、位置がはっきり叙されてある為に、是非共屋根の上で無ければならぬように受取れる。理想画のようであって実際にもありそうな景色である。写生句であってまた理想画のようでもある。兎に角、はっきり作者の斯く感じ斯く見たところのものが、極めて明瞭に出ておる。(「雑詠句評会」昭和九・一)
 友次郎の佳作は「月君臨すわが誕生の大空に」に始まるリリシズムが独自の空間把握へと昇華された句にあると思うが、それはこうした虚子の鷹揚な姿勢のもとにあってのびやかに育まれたものであったろう。
昭和八年
星つつと枯枝つたへり木戸を入る
一二月 鎌倉 原之台自宅
昭和九年
東京が好き句が好きで花淋し
四月八日 ワ(゛)ンクーバー 別天女に会ふ
昭和一一年
春の絵の枠とも野行く汽車の窓
四月一八日 巴里よりブリュッセルへ行く汽車中
秋水の早く流れて岩が好き
一〇月一八日 名古屋 牡丹会俳句大会 木曽川下り
昭和一二年
初鏡眉目よく生れここちよし
一月一四日 東京 七寶会 近藤いぬゐ邸
萩咲いて雨は蛇の目の紺へ降る
一〇月一日 東京 家庭会 日比谷公園
酒場の灯赤青おでん屋では灯は黄
一二月一〇日 東京 草樹会 丸ビル集会室
昭和一三年
水澄んで鯉の行列美事派手
九月八日 東京 七寶会田村久吉邸
白壁爽か大時計の秒針が赤
九月一三日 東京 銀座探勝会 松屋裏観音堂
友次郎がホトトギスの有力作家として育っていった時代は、ちょうど星野立子が『玉藻』を主宰・創刊した時期と重なる。三つ違いの二人がそれぞれ書き手として自立していくさまは虚子にとってまことに喜ばしいことであったにちがいない。


※付記
引用文について、旧字体は新字体に改めた。また、踊り字(くの字点)は元の文字に直した。「雑詠句評会」の引用文は『ホトトギス雑詠句評会抄』(稲畑汀子監修、小学館、平成四)によった。

2010-10-17

もつと、モジロウ 西村麒麟

もつと、モジロウ

西村麒麟


ねぇねぇ、言いにくいんだけど、この頃気になる人がいて・・・。誰誰?ちょっと言いなさいよ、みずくさいじゃないのさ。
えぇっと、内緒だよ、池内友次郎さん、歳時記で見かけた時からずっと気になって・・・。

はい、池内友次郎さんについて少し書きます。
今さらですが、ざっくりと人物紹介、池内友次郎(1906~1991)、虚子の次男として生まれます。明治39年ですから、立子の三つ下の弟ですね(これイメージしやすいでしょ?)。20歳よりフランスに留学し、大変頑張り(俳句は省略の文芸です)、東京芸術大学教授兼音楽学部長までなり、日本を代表する音楽家の一人として有名になりました(俳句は省略の文芸です)。よって俳人としてよりも音楽家として有名です。
さてさて、人物は有名だけれども、惜しいことに、作品がホトトギス系以外の方には今いち知られていないというのが現状ではないでしょうか?立子に非凡な才能があった事は誰もが認めるところでしょうが、友次郎さん、いやいやどうして、負けていない。
『池内友次郎句集』の虚子の序文に

お前は俳句の専門家とはいへない。而も俳句界に一家を為すところの素質を供へてをる。

虚子は20歳から投句したりしなかったりの友次郎をずいぶんと可愛がっている。『結婚まで』という第一句集がまた面白い。

月君臨す我誕生の大空に

お世辞にも上手くはないですね、ただこの力み方がおかしくて妙な味があります。

初空や大悪人虚子の頭上に  虚子

と並べるとおかしい。この句、前書きがあり、

四月一日鎌倉の裏山へ行つて始めて俳句を作る。「麦畑にわが来し道の白さかな」といふのである。その後ときどき作る。

・・・ときどき作るって!!えぇ~、良いの、言ってしまって!?
と、1句目からこれです、もうファンになっちゃいますね。
以下面白いので『結婚まで』の中から友次郎さんのボヤキのような文章をいくつか紹介します。

昭和二年 国立音楽院入学準備のかたはら、かなり熱心に俳句を作る。

良かった、ホッ。

昭和三年 十月国立音楽院へ入学する。毎月ホトトギス雑詠へ投句する。

ガンバれガンバれ!恋も事業も!

昭和四年 だんだん俳句を作らなくなる。九月ピレネーに遊ぶ。

去年投句始めたばかりでしょ、ピレネーに遊ぶって!!

昭和五年 日本滞在中は比較的よく俳句を作る。

気まぐれだなぁ。

昭和六年 一月三日巴里へ帰る。俳句は殆ど作らず。

わざわざ書かなくても、ちなみにほんとに殆ど作ってません、でも2句はないですよ友次郎さん。

昭和十二年 俳句会に出席することが多くなる。かなり多く作るやうになる。

ついにやる気を出した友次郎さん、安心したところで、ようやく俳句を見ていきましょう。

船の波月乗せて行くどこまでも

可愛いいですね、技術的に言えば、どこまでも、をどうにかしたいんでしょうけど、こういう句はどうにかすると普通になってしまいます。

船の名の月に読まるる港かな  日野草城

これも素敵な句。

相傘の双子娘や春の雨

なんと可愛い、二人っ子ですね、僕は可愛いおかっぱの女の子を想像しました、春の雨が明るい。

くちづけの動かぬ男女おぼろ月

うまくは無いですよね、でも、おぼろが平仮名にする事によって妙な味がある、友次郎さんの俳句なので、渋谷とか日比谷公園ではありません、よーろっぱです。

すねて行くをとめや東風の湖ほとり

ぷんぷんっ、すねて、をとめ、が良い味を出してますね。

涼みゐる若き女中と猛犬と

これ可笑しいですね、好きな句です、猛犬と、この「と」が鍵ですね。

アンダルシアの犬ならざればハチ公は忠犬として悔しき日々を  藤原龍一郎

うつむいて尼一列や時雨ふる

やがて夏が来て

華やかに木魚を叩きたく晩夏  櫂未知子

ポコポコポコっ♪

はひまはる五色の火蛾や楽譜書く

これはとても綺麗で激しい句ですね、火蛾を心で暴れさせながら曲を書いているかのよう、楽譜書く、格好良い、これはモテる俳句です。

手袋や或る楽章のうつくしく  山西雅子

音楽が絡んだ俳句って綺麗だなぁ。

いつまでもとまらぬ蝶や貴船川

現実の蝶のはずなんだけど、どことなく不思議な感じがする蝶です。音も無くすーっと流れるように飛ぶ蝶。

一生の白いかもめが飛んで来る  阿部青鞋

これも不思議な白さ。

桃色の舌を出しけり大根馬

んべぇ~、と舌を出す様子が見えます、可愛いですね、大根馬。

東京駅大時計に似た月が出た

この句を歳時記で見てからずっと友次郎さんの俳句が気になってました。明るくてシンプルで、健康な子供の絵みたいですね。

蹴あげたる鞠のごとくに春の月  富安風生

これも明るい。

水郷の猫恋をして十二橋

恋をして、というところが可愛いですね。

恋猫が屋根にゐるピアノを叩く  加倉井秋を

も好き、楽しくて元気。

秋深し何か幸ある今日あした

くじけそうな時に作った俳句なんでしょうか、頑張れ!と言いたくなります。

夏遍路欲だらけなりとぼとぼとぼ  金子兜太

これも、楽しくてちょっと寂しい。

初詣道の真中を行く楽し

そりゃ楽し。

東京が好き句が好きで花淋し

こんなに素直に詠めるもんなのでしょうか、まったく心が汚れていない、見事です。

ひとときの避暑の記憶や秋灯

来てすぐに気に入つてゐる避暑地かな  波多野爽波

も好き。

淡雪とかはゆき猫とわれ楽し

かはゆき猫、って可愛いですね、下五、われ楽し、なんて絶対うまくはないんだけど、それでも、われ楽し、が一番良いでしょう。

パリの月ベルリンの月春の旅

豪華だなぁ。海外行った事ないけど。

運転の荒つぽいのも月今宵  太田うさぎ

この句、ルパン三世が浮かんできて大好き。

大きな日大きな月や春の旅

こう思ったからこう詠む、これは出来そうでできない事と思います。そこには、きっと、努力とは別の才が左右するのかもしれません。

誰もみなコーヒーが好き花曇  星野立子

これも、こう思ったからこう詠んだだけのもの、でも、良いですよね?

たんぽぽや首をふりふり牛の来る

可愛い、ふりふり、可愛い。たんぽぽは平仮名が良い。

短夜のパリーが好きで何時発つや

パリーが好きで、って何か可笑しい、声に出すとやっぱりちょっと可笑しくて楽しい句。

芸妓あはれ団扇にその名ありしあはれ

あはれと言い過ぎ、感情がこぼれてます、贔屓だったんですかね。

秋水の早く流れて岩が好き

岩が好き、って!!普通は下五こうは置けません、でもただの下手とは何か違うんだよなぁ・・・。

大仏の頬ゆたかなる冬日かな

あ、普通に良い句が来ました、大仏を観察する目が優しいですね。

鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな  与謝野晶子

大仏様も褒められれば悪い気はしない。

いそぎ来て拝みてあはれ除夜の人

あはは、確かにあはれ。

時計あり端居の人ののびし手に

なぜかこの手、にゅっとしててしなやかに感じます。のびし、と平仮名なのが良いんでしょうかね。

緋鯉うかみでて顔まつ赤水澄めり

繰り返し言ってるだけあって生々しいぐらい赤が伝わります。

酒場の灯赤青おでん屋では灯は黄

なんだこれは!!なんか呪文のようですね、ホトトギスはこういう俳句すらを抱えているからすごい。

縁談にはたと夢あり蠅叩

蠅叩とり彼一打我一打  虚子

僕は晩年の虚子が一番愛した季語は蠅叩のような気がします、よーく見ると、おかしくって、ちょっと寂しい、物としては涼しい。

水澄んで鯉の行列見事派手

見事派手とぬけぬけと置けるところが見事派手。

目の前で蚊が過ぎ空を蜻蛉ゆく

ふぅ~ん、と見ている、ぬー、と過ごしつつ、やはり虚子の血でしょうか。

のばしたる手と呼鈴の爽かや

手も呼鈴も汚れがない。

紅梅や楽の音に色さまざまあり

さまざまあり、の字余りに思いの強さが出ている。

春光の半紙につぎつぎ字が生れ

文字が生き物のように生まれる。

文字は手を覚えてゐたり花の昼  鴇田智哉

香水瓶嗅いで眉寄せ売子可愛

売子可愛が、嘘じゃない、優しい視線が感じられます。

雪止んで狐は青い空が好き

絵本の中のキツネのようで可愛い、こういう俳句が作れる大人は素敵だと思いますね。
こういった可愛い俳句も良いし、または

女狐に賜はる位・扇かな  筑紫磐井

という方向もまた良い、俳句は楽しい。

手がいつも冷き顔の淋しさよ

良いですね、こういう美女が好きです、小雪のような、中谷美紀のような。

末枯に人ゐず狐狸もゐぬ感じ

寂しいだけじゃなく、さみしがりやな感じを匂わしているところが良いです。

夜明けゆく布団の上に団扇あり

気持ちよく安眠している様子が伝わります。

秋扇女の派手な身を守る

ぞつこんの忘れ扇や置き忘る  加藤郁乎

もかなり好きな俳句。

かの紅葉あなたの紅葉神の旅

下五、ここで神の旅と置くんだ、とびっくりしました、不思議な一句、頭を堅くしていたら絶対に作れない一句。

狐等に銀世界雪降りつづく

綺麗ですね、これも絵本の中のようで、ただただ綺麗、汚れのない句。

窓開けて銀世界……とは限らない  櫂未知子

こっちはリアルの世界、それでもどこか不思議な予感をさせる一句。

さまざまのことが現実春は行く

これは友次郎流の

春風や闘志いだきて丘に立つ  高浜虚子

なのでしょうか、パチンコで負けたとかそんな事ではなく、一人異国でこう感じたんでしょう、負けないぞ、と。

犬ふぐりその他よきことあれとこれ

どれとどれ?とにかく楽し。

虫鳴きやむみな今までのことは嘘

虚子は才能がある人間に対してほんとにうまくその個性を伸ばすなぁと感心します。こういう人は絶対縛っては良くないんでしょうね。

チューリップ私が八十なんて嘘  木田千女

も大好き。

水ばかり見てゐてかなし鴨の声

これ僕が詠むとハローワークの帰りみたいで危険だなぁ、友次郎さんならヨーロッパであるから、それなりに素敵。

子の語る記憶の野火に恐い人

これはすごい句ですね、子供の記憶というものがとてもリアル。

時雨降るただいそがしくつまらなく

この前飲み屋にいつもいるお姉さんから、二十五までは色々あるけど、四十までは一瞬よ、と言われました。そんなー。

春愁や闘志を秘めるすべありし

すべありし、となっているのに、上五は春愁や、ですからね。

ひたと頬に手を触れて見つ水の秋

虚子の写真で印象に残るのは頬に手をあてている写真、手が、なんだかぬらりと綺麗。

白雲やせつせと大根洗ふなり

せつせ、が良いですね。

大根を水くしやくしやにして洗ふ  高浜虚子

もリアルで良い。

十六夜の何か淋しや埋立地

それは埋立地だから。

色それぞれやさしけれ末枯光る

こう感じとる事ができる事自体が優しいですね。繊細で綺麗な俳句。

初詣前に人無く石段が好き

子供みたいですね、なんだか風や空気まで清らかに感じられます。

絵双六子供の世界色と音

この子供特有の世界観をそのまま俳句に持ってこれたのが友次郎さんなのかもしれません。

一人唄ふ一つの歌の手鞠歌

手毬唄かなしきことをうつくしく  高浜虚子

両方かなしくて美しい。

日脚伸びつつ穏やかな日がつづき

いよいよ最後、穏やかな俳句で終わり良かったです。こんな晩年なら楽しく過ごせそうですね。

どうですか?友次郎さんの俳句をまとめて読んだのは初めての方もずいぶんいらっしゃるのではないでしょうか。僕は、綺麗で可愛くて、子供の魂のような汚れない俳句のように感じました。

僕は俳句は基本的にはうまくあるべきだと考えていますが(生っぽく見せるのも一つの技術だと思います)、友次郎さんの俳句の魅力を考えると、どうにもそれだけではない気がしてきます、俳句は様々な方向を秘めていて、まだまだ探れます、色々な方向の作家を読めば読むほど、新しい楽しみ方が見えてきます、詠む事も読む事も楽しい。そんなのは断じて勉強なんかじゃなく、楽しんでやるものです。

池内友次郎100句抄

池内友次郎100句抄 西村麒麟選

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テキスト版・池内友次郎 100句抄

テキスト版・池内友次郎100句抄 西村麒麟選


月君臨す我誕生の大空に

船の波月乗せて行くどこまでも

相傘の双子娘や春の雨

くちづけの動かぬ男女おぼろ月

すねて行くをとめや東風の湖ほとり

涼みゐる若き女中と猛犬と

うつむいて尼一列や時雨ふる

うす雲の押し寄す月の光かな

はひまはる五色の火蛾や楽譜書く

いつまでもとまらぬ蝶や貴船川

桃色の舌を出しけり大根馬

王宮は鰐棲む水に臨みけり

東京駅大時計に似た月が出た

うすきうすきうす紅梅によりそひぬ

沈丁の香になれてゐて楽譜書く

稲妻が好きな二人や相寄れる

水郷の猫恋をして十二橋

口開けて向き合ふ烏雲の峰

秋深し何か幸ある今日あした

初詣道の真中を行く楽し

西の雲黒くて冬の日を隠す

東京が好き句が好きで花淋し

鴉みな遠き青葉の城へ飛ぶ

ひとときの避暑の記憶や秋灯

月の塔街にぎやかで面白し

雨の玉やまず生まるる枯木かな

淡雪とかはゆき猫とわれ楽し

雪の夜の物語めく寺院かな

頂の雪澄みわたり秋立ちぬ

木枯の森へゆく木戸押せば開く

パリの月ベルリンの月春の旅

この国を去るや遅日の駅の人

大きな日大きな月や春の旅

たんぽぽや首をふりふり牛の来る

短夜のパリーが好きで何時発つや

鳳仙花相争うて猿楽し

芸妓あはれ団扇にその名ありしあはれ

秋水の早く流れて岩が好き

帽置いて田舎駅長夜食かな

大仏の頬ゆたかなる冬日かな

いそぎ来て拝みてあはれ除夜の人

門開けてあり踏青の人立てり

時計あり端居の人ののびし手に

買物の包に楽しソーダ水

天の川いくど海旅又行くも

朗らかにゐて夕立来るらし来たれ

緋鯉うかみでて顔まつ赤水澄めり

幸うすきにんじん色の木の葉髪

酒場の灯赤青おでん屋では灯は黄

縁談にはたと夢あり蠅叩

百姓に夏の大地の力強し

夏夕扇など白きもの多し

水澄んで鯉の行列見事派手

目の前で蚊が過ぎ空を蜻蛉ゆく

白壁爽か大時計の秒針が赤

のばしたる手と呼鈴の爽かや

紅梅や楽の音に色さまざまあり

春光の半紙につぎつぎ字が生れ

頬をかしげ大きな耳や風光る

梅雨美しくて売る金指輪あり

香水瓶嗅いで眉寄せ売子可愛

石蕗黄なり碁は白黒で人遊ぶ

雪止んで狐は青い空が好き

手がいつも冷き顔の淋しさよ

手袋に別れの鮮やかな記憶

末枯に人ゐず狐狸もゐぬ感じ

日記買はずなすこと多く夢多く

夜明けゆく布団の上に団扇あり

秋扇女の派手な身を守る

着ぶくれて考へつづけいらだたし

かの紅葉あなたの紅葉神の旅

狐等に銀世界雪降りつづく

さまざまのことが現実春は行く

足跡は千鳥のそれがすぐ消える

犬ふぐりその他よきことあれとこれ

子供らの春眠はつぎつぎに覚め

虫鳴きやむみな今までのことは嘘

水ばかり見てゐてかなし鴨の声

子の語る記憶の野火に恐い人

時雨降るただいそがしくつまらなく

梅一と日部屋にゐる朝希望あり

春愁や闘志を秘めるすべありし

香水は信じし人の贈り物

ひたと頬に手を触れて見つ水の秋

百日紅仕事終りてだれのため

月光へ手を投げ指を上げ下げす

猫の子の花をくはへる朝楽し

白雲やせつせと大根洗ふなり

懐手を出してあたたか手を頬に

揃ひ立つ漁夫裸の胸見事

十六夜の何か淋しや埋立地

色それぞれやさしけれ末枯光る

月の客なり遅れつつ芒道

初詣前に人無く石段が好き

月大きくて藪入物語めく

残る雪屋根をすべりて星残る

後の月高く遠のく寝まるころ

絵双六子供の世界色と音

一人唄ふ一つの歌の手鞠歌

日脚伸びつつ穏やかな日がつづき