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2011-09-04

〔週俳8月の俳句を読む〕西村薫 やがて消えてゆく

〔週俳8月の俳句を読む〕
やがて消えてゆく

西村 薫


秋意 藺草慶子

やがてなにもなくなる昼を秋蝉よ

夏中、うるさく鳴いた蝉たちはまるで広場から退く群衆のように死んでしまった
真昼を今は秋蝉が鳴いている
それもやがて消えてゆく

月光に蝕まれたるごとく座す

月との交接か・・・
妖しい月の光に貫かれ、崩れるように座す


一部分   奥坂まや

ぎらぎらと炎天がいま孵化しさう

ぎらぎらと光を放つ炎天はまさに今、孵化寸前
目の前の光景と〈われ〉が一体化した瞬間

己が死へ急ぐ蝉声真くれなゐ

芭蕉の「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」
のせいか、わんわん鳴く蝉の声を聞くとやがて死ぬのだなと思ってしまう
死に際の蝉の声は血を吐くような「真くれなゐ」 と声を色に変換した
肯える

あふれやまざる白桃をむさぼれる

白桃のしたたりは口の周りを濡らし、顎まで伝って落ちる
無法に貪るさまがエロティックでいい


水差し    陽美保子

ひとつかみ草落ちてをり盆の路

草一本落ちてない路よりもひとつかみの草が落ちていることに、
より一層草取りをした直後がリアルに伝わる

笹原を分ける夕風茄子の馬

絶妙な季語の斡旋により、夕風が生々しくなった
風に乗って、笹の葉を揺らし、
祖先の魂がこの世に戻ってきた

ピザカッターまつすぐに引き小鳥来る

ピザカッターという小道具と季語がひびき合い
賑やかな食卓の雰囲気が伝わった


第224号2011年8月7日

湾 夕彦 蒟蒻笑ふ 10句 ≫読む
第225号 2011年8月14日
陽 美保子 水差し 10句 ≫読む
第226号 2011年8月21日
奥坂まや 一部分 10句 ≫読む
前北かおる 蕨 餅 10句 ≫読む
藺草慶子 秋意 10句 ≫読む


2008-12-07

〔週俳11月の俳句を読む〕西村薫 狐に化かされて

〔週俳11月の俳句を読む〕
西村 薫
狐に化かされて



燭台の足跡残る卯月かな     小野裕三
水無月の扉のような同級生

卯月の由来は「卯の花月」を略したもの、が定説となっているが
十二支の4番目が卯であることから「卯月」とする説もある
とすると「燭台の足跡」がうさぎの足跡のようにも思えてくる

諸説あるが、水無月は水が無い月ではなく「水の月」という意味
水無月、扉、同級生に類似や共通を見つけることができないが
「水無月の扉のような」同級生だと言われると感覚的に納得するしかない
比喩から容易に類推できるようでは詩としての快感は得られないのだから


村芝居大きな月も顔を出し     長嶺千晶
血統のかなしさのあり馬肥ゆる
滑空の鳩黄落のはじまりぬ 

村芝居に興じる農民たちに「大きな月も顔を出し」ている
押しつけがましくない素朴な日本の原風景がここにある

ヒラリー・クリントン氏は「私は生まれつきのファーストレディーでも上院議員でもない」
と自伝に書いているが、「競馬はブラッドスポーツ」といわれるように
サラブレッドであることが重要だ
「滑空の鳩」と「黄落のはじまりぬ」に因果関係がない
この断絶が詩を生む


こすもすをはなるるゆらぐことありて   中山宙虫
とうきびの刈られて青い封書くる

風に揺れているコスモスと心のゆらぎが呼応して、
思わず、コスモスから離れようとする
ひらがな表示が効果的だ

唐黍の刈られて青空が広がった
「青い封書くる」が詩的で巧みだ


老獪の白い芒になりすます    八田木枯
ふくとじる馬鹿をみるのはいやどつせ

「老」のつく作品だが、とてもエスプリが効いていてオシャレな句だ
「なりすます」は照れ隠しだろう

はぐらかしたような「いやどつせ」が深刻にならなくていい
あら何ともなやきのふは過てふくと汁    松尾芭蕉
芭蕉も「あら何ともなや」 とおどけてみせている


トレーラーハウス炎上冬近し    寺澤一雄
草原の枯れて激しく晴るる空

都が炎上したのは
いつせいに柱の燃ゆる都かな   三橋敏雄
この句はトレーラーハウス(車輪のついたプレハブ住宅のこと)
配する季語は「冬近し」
配合に、衝撃力がある

枯野原と青空の二つの描写の衝撃が詩に昇華している  


ぶきつちよに飛ぶ轡虫おまへもか   中西夕紀
光琳の兎も見えて冬の月

カエサルの「ブルータス、お前もか」のパロディーと
ぶきっちょに飛ぶ轡虫に自己を投影していて面白い
「光琳の兎」を調べてみると、波兎蒔絵旅櫛笥に描かれた兎のようだ
謡曲『竹生島』の一節、
「月海上に浮かんでは兎も波を走るか おもしろの島の景色や」に由来しているらしい
「兎」も冬の季語
美しい一句に仕上がっている


焚火してわが身邃古(すいこ)の果たてより   冨田拓也
寒月に射抜かれ襤褸(ぼろ)のごとき雲
霜降る夜歯車かたく噛み合ひぬ     
雪しまく夜を鏡の蔵(しま)はれし
大いなる顔(かんばせ)秘むる枯野原
いくつもの斧をねむらせ雪の山

誤読を怖れずにいうと、エロティックな要素を孕んだ作品群だ


昼顔や久しくわが血みてをらず    谷さやん

カトリーヌ・ドヌーヴの『昼顔』を連想したせいか
「久しくわが血みてをらず」の血ってなんだろうと思ってしまう


ぼろぼろの幾何学原論と冬ごもり     斉田 仁
名誉教授の愛せし冬の金魚かな

ユークリッドの幾何学と冬ごもりしている光景を想像して
次の句にも数学者のイメージを引きずってしまったのだが
『博士の愛した数式』の博士と冬の金魚のイメージが結びついた
小説にその描写はないのだけれど、、、


狐見て着物の裾の合はざりし     大石雄鬼

暗夜を彷徨っていて美女に化けた狐に騙されたのだろう
見てはいけない、してはいけないという禁忌の意識が
「着物の裾の合はざりし」というフレーズを生んだのだろう



小野裕三 医大方面 10句 ≫読む
長嶺千晶 大きな月 10句 ≫読む
中山宙虫  ゆらぎ 10句  ≫読む
八田木枯 夜の底ひに 10句  読む
寺澤一雄 行 雁 アメリカ雑詠 10句  読む
中西夕紀 夢 10句  ≫読む
冨田拓也 冬の貌 10句  ≫読む
谷さやん 献 花 10句  ≫読む
斉田 仁 なんだかんだ 10句  ≫読む
大石雄鬼 狐来る 10句  ≫読む

2008-11-02

〔週俳10月の俳句を読む〕西村薫 近寄れそうで近寄れない

〔週俳10月の俳句を読む〕
西村薫

近寄れそうで近寄れない


たましひ    越智友亮

制服の折目正しくして秋思
よほどの高熱でもないかぎり、登校することが当たり前だった学校
今から思えば、目には見えないけれど閉鎖的で高圧的な学校だった
人の目を気にすることはとてもよいことだ
でも過剰な自意識は自由をうしなう
自分を過大にも過小にも評価しないことは、むずかしい

林檎にへた地球に地軸かつ引力
平凡な発想のダメ押しと思えるような「かつ引力」がやんちゃで面白い

ひかりつつことばは声に水の秋
ことばが言霊になって光りだす水の惑星ということ


い ざ 鎌 倉    馬場龍吉

この風は都へかよふ稲子麿
線路は日本全国津々浦々につづいていると思えば、心がやすらぐ
だからではないが、稲子麿の気持ちがわたしはよく分る
稲子麿はイナゴを擬人化したことばだ
新奇を衒うことなく傍題を効果的に詠んだ次の句を思い出した
裏山に鬼の子の棲む暮色かな   龍吉

狐のかみそり主従はここに祀らるる
狐の剃刀はヒガンバナ科の多年草で晩夏から秋に開花するので
夏季とする歳時記と秋季とするものに分れている
独特な名と「主従ここに祀らるる」がよく照応している
「親子は一世 夫婦は二世 主従は三世」と言われるように
主従の関係は、前世、現世、来世と三世までに渡る因縁
主従関係は「恋」より重いのだ

衣ずれも律の調べのなかにかな
律の調べ(りちのしらべ)は秋風のこと、律の風とともに雅やかな季語だ
着物やドレスの裾の擦れあう音が聞こえてくるようだ


海 鳴    福田若之

会ひにゆく秋茱萸ふたつ掌に隠し
「掌に隠し」が如何にも秘密めいていい
「秋茱萸ふたつ」が「会ひにゆく」に呼応している

合鍵は銀河に浮いてゐるらしい
虚構と現実の狭間にたゆたう合鍵が詩的に描かれている

心まで菊人形として香る
「として」の解釈が難しく、そのせいだろうか
近寄れそうで近寄れない菊人形ができた


鳥の切手    加藤光彦

豊年や鳥のはばたく切手貼る
「鳥の切手貼る」俳句は見たことがあるが
「鳥のはばたく切手貼る」はない
季語の斡旋も遠からず近からずで平板から脱していると思う

鍵閉めて色の深まる秋灯
玄関の鍵又は部屋の鍵でもいい
鍵をかける前と後では心理的な閉塞感又は解放感が微妙に違う
誰からも侵害されない空間にいて
秋灯がいよいよ深まるのである

歯ブラシのどれも濃き色神無月
歯ブラシは紺・緑・赤・黄・透明なパステルカラー
ホテルの歯ブラシは白
神無月の解釈に悩むが、この句の眼目は「どれも濃き色」


艦 橋    三村凌霄

赤い羽根まづ弟を前に出す

これも長幼の序ということか

割引券ばかりの財布豊の秋
「ポケットの奥に十円豊の秋  小野あらら」
の句と作り方が似ている
季語の斡旋が巧みで遠い呼応がある

朝寒の急須に茶葉の踊りけり
「茶葉」の音が一句にリズムを生み「朝寒」の様子を巧く伝えている

カレーの膜    小野あらら

栗飯に栗の形の残りけり
10月12日付け読売新聞の「四季」長谷川櫂紹介の
栗飯に黄金の栗を掘り当てる    福島勲
を読んで大いに共感したばかりだが、
この句にも感心させられた

種なしの葡萄の小さき種を噛む
植物ホルモンの一種で、細胞の分裂を早める薬につけて種なし葡萄を作るらしいが
種の形骸のようなものを舌先に感じ、愛しむように噛んでいる

秋の暮カレーに膜の張りにけり
すっかり冷めて表面に膜が張ってしまったカレー
外界と境をなしている薄い皮膜を目の前にして秋の夕暮に思いを馳せている
「秋の暮」に「カレーの膜」を結合させるという荒業に驚かされる



高山れおな 共に憐れむ 詩経「秦風」によせて 10句 →読む 越智友亮 たましひ 10句   →読む 馬場龍吉 いざ鎌倉 10句  →読む 福田若之 海鳴 8句 →読む 加藤光彦 鳥の切手 8句 →読む 三村凌霄 艦橋 8句 →読む 小野あらら カレーの膜 8句 →読む 鳥居真里子 月の義足 10句 →読む

2008-09-07

西村薫 神をあらわす言葉

〔週俳8月の俳句を読む〕
西村 薫

神をあらわす言葉



水音のひしめいてゐる夏休   山口優夢

子どもは水遊びが大好き、濡れることが嬉しいのだ
水飛沫に濡れるテーマパークのアトラクションも人気がある
水音に昂るのは子どもだけではない

人ばかり映す姿見夜の秋   山口優夢

夜になると秋の気配を感じる
ふと気がつくと、もう虫の鳴き声がする
姿見が人を映すのは当たり前なのだが、
その当たり前を言ってしまう「夜の秋」は人恋しい


みづいろの朝にちよつぴり蝉の鳴く   津久井健之
朝の蝉こだま電球点きしまま

「ちよつぴり蝉の鳴く」「朝の蝉」
想像の翼を広げてしまうのは私だけだろうか
余談だが、夜中につけて寝る又は消して寝る小さい電球は
小玉電球と言ったり、豆球、豆電気、豆電球と言ったり呼び方はさまざま


涼しさや夢や期待を捨ててこそ   中原寛也

涼しいだろうと思う
暑苦しく生きるしかないとも思う


涼あらたベッドに岸のあるごとし   山田露結

一人で寝るベッドには両側に岸があるが
二人で寝るベッドにはそれぞれの右側、左側に「岸」ができる
その両側を岸だと見立てて「涼あらた」と詠む
実際の感覚は知らないが、涼しげな作品だ

水澄むや脳をピアノにして眠る   山田露結   

ピアノは弦をハンマーで叩いて発音することを考えると
ちょっとうるさいだろうなと意地悪を言ってみたくなる
     

エロイエロイレマサバクタニと冷蔵庫に書かれ   関 悦史

エロイエロイレマサバクタニとは何のオマジナイだろうかと検索すると、
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と出てきた
真偽のほどをクリスチャンの友人に尋ねてみると 
"その通りだ
昔の聖書訳は「エリ エリ レマ サバクタニ」だった
イスラエル、ダニエル、ナタナエル ガブリエルのエル -el は、
神をあらわす言葉で、語源は同じだ"
と教えてくれた
「エリエリレマサバクタニと冷蔵庫に書かれ」ではなく
エロイエロイを面白がる作者


雑草の根性をむしつてをりぬ   田口 武

何処にでも侵入してはびこる根性、
その雑草の根性を根こそぎにする人の根性
「雑草のように逞しく」と雑草に教えられたことを忘れて・・・

出目金も海を見たいのだと思ふ   田口 武

金魚は、元々は自然界にいない生き物
大きく飛び出した両目がバランスを悪くするのだろうか
泳ぎはあまり上手くはないが
突き出た目が傷つかないようにそっと海を見せてあげたい

竹婦人誰にも見られてはゐない   田口 武

「誰にも見られてはゐない」
誰にも見られてはならない、、、好奇心が再び疼いてきた



西川火尖 「敗色豊か」 10句 →読む 山口優夢 「家」 10句 →読む 津久井健之 「蝉」 10句 →読む 中原寛也 「あなた」 10句 →読む 小林鮎美 「帰省」 10句 →読む 山田露結 「森の絵」 10句 →読む 関 悦史 「皮膜」 10句 →読む
田口 武 「雑草」 10句 →読む

2008-07-13

【週俳6月の俳句を読む】西村 薫

【週俳6月の俳句を読む】
西村 薫
楊貴妃の美も玄宗皇帝とのロマンスも



華  八田木枯

ぼうたんは崩れ太虚にかこまるる

北宋の張載は“太虚は気の原初態で、万物は気の運動の
一時的・局部的現象”と述べている
牡丹に喩えられた楊貴妃の美も玄宗皇帝とのロマンスも昔のこと
万物は太虚にかこまれて無に帰するということか

てのひらのうちに鎮まる薔薇一花
白き薔薇ものに溺るるこそよけれ

白き薔薇剪られ鏡のなかに痴れ


「薔薇一花」の官能、「ものに溺るるこそよけれ」の耽溺、
「鏡のなかに痴れ」のスリリングな耽美
八田氏の老練“ここに極まれり”という感じ



縫 目   齋藤朝比古

硬球の縫目のごとき百足虫かな

比喩は通俗的な観察では陳腐になる
「硬球の縫目のごとき」に意外性はないが
「百足」が野球やテニスに通じるのに気づいた時、はじめて納得させられる

敵味方入り乱れたるシャワーかな

興奮冷めやらぬ男たちが、勢いよく身体を洗う姿は見ていて爽快だが
このシャワーのシーンは洋画や外国でしか見られないと思う
細かいことに拘るつもりはないが、、、

左の目ばかり開きて昼寝覚
正の字の書きかけのT大南風

利き目である右目あるいは左目の役割の相違、
そして「書きかけのT」に詩を感得した作者に驚かされる
ナンセンスは俳句の題材になり得るということ

ががんぼの吹かれて自由とは違ふ

ががんぼは蚊のように人を刺さない、蜘蛛のような不気味さもない
何からも関心をもたれない自由な身とも考えられるが
作者は「自由とは違ふ」と自問する
自由とは「自に由る」つまり本来の自分でいることだが、
人間は決して自由でいることはできないが、心を解放することはできる



草   望月哲土

夏の草逃亡の時見失う
隣人を愛せずにいる草いきれ

瑠璃蜥蜴草葉の蔭を出入りする


「逃亡の時見失う」と書いているが、
「逃亡の時」は永遠に来ないことを「私」はとうに気づいている
そして「隣人を愛せずに」
「草葉の蔭を出入りする」ことしか赦されていないのだ



犬がゐる  榊 倫代

形代の回覧板で回りけり

特別な景は事実だけを書いても作品として成り立つ

帰る道きらきらとして宵祭
ソラマメのやうに足指天瓜粉

砂粒の光り出したる水着かな

寝たふりの横をががんぼ過ぎにけり


「帰る道きらきら」「ソラマメのやうに足指」「光り出したる」「寝たふり」
即かず離れずの季語の斡旋とこれらのフレーズが心地よく響いてくる


八田木枯「華」10句 →読む
佐藤文香 「標本空間」10句  →読む
齋藤朝比古 「縫 目」10句  →読む
望月哲土 「草」10句  →読む
大野朱香 「来し方」 10句 →読む
榊 倫代 「犬がゐる 10句 →読む

2008-06-01

【週俳5月の俳句を読む】西村 薫

【週俳5月の俳句を読む】
西村 薫隠されたエロスと倦怠感



首刎ねよ首を刎ねよと百千鳥    菊田一平
発掘のけふは休みで翁草
畳屋の奥より菖蒲湯の匂ひ

「首刎ねよ首を刎ねよと」といくらか衒ったフレーズに
鳥の正体のはっきりしていない「百千鳥」を配して巧いと思う
「百千鳥」という言葉は万葉の昔から使われていたらしい
動いているさまざまな鳥の首だけが目の前に現れてくる

二つの匂いのするものを衝撃させて、
一層それぞれの匂いを際立たせている手腕は流石だ
どちらも青々しい香りがする



オムレツの何や彼やとて百千鳥    伴場とく子
閑な日はひまなままいて春の雲
ゆく春のほろほろ鳥のサラダかな

ランチタイムをオムレツやほろほろ鳥のサラダを食べてお洒落に過ごし
「閑な日」は、春の雲を眺めて心のひまを自由にたゆたう作者



万緑や鳥に生まれて鳥を追ひ    杉山久子
地球一周してたどりつくキャベツの芯

生命力旺盛な緑一色の草木の下
雌雄が求愛行動をし交尾する
ゲイ、バイ、ストレートにかかわらず、人間も然り

一枚一枚剥いできて残ったキャベツの芯の存在感は
「地球一周してたどりつく」ことによって生れるしかなかった



通い猫うなじを噛みにやつてくる    玉簾 
自転車を裸足でこげば春の海
行く春やサンショウウオの手がひらく

吸血鬼が首筋に牙をたて鮮血を啜るシーンはどこか官能的
「通ひ猫」の句からそんなことを連想した

ペダルを裸足で漕いだときの足の裏の感覚が蘇えってくる
季語「春の海」が好ましい

ほとんど動かないサンショウウオ
その手に着眼した作者の手柄は大きい



花過ぎの雨や黒靴下に穴       力馬
和をもつて目刺を焼いてをりにけり   
遠足の二百人はなれて三人 
晩春や店番をらぬ履物屋 
荷風の忌寝ぐせにのせる蒸タヲル

一句目の上品なウイットとユーモアに隠されたエロスと倦怠感に惹かれる
三句目は「三人」にクローズアップした画面構成が新鮮

五句目は仮名の使い分けしたことで詩の香りがしてくる
憎らしいほど巧み



スキャットのごとくそこいらぢゆう菜の花   憲武 
だつて蜂髪にリボンをつけなさい   
春の月愛に食事に口つかふ 

ん、スキャット?と一瞬思ったが、
スキャットのメロディーとともに一面の菜の花の黄が目の前に現れてきた

蜂は黒いものを襲う習性がある
それで「髪にリボンをつけなさい」と言っているのかどうかは知らないが
「だつて蜂」のはすっぱな口語が魅力的

三句目の「口つかふ」は、口を使って愛の言葉をささやいているのではない
言わずもがなだが…



伴場とく子 「ふくらんで」10句 →読む杉山久子 「芯」10句 →読む一日十句より
   
「春 や 春」……近 恵/星 力馬/玉簾/中嶋憲武 →読む
 
縦組30句 近 恵 →読む /星 力馬 →読む 
         /玉簾 →読む /中嶋憲武 →読む
菊田一平 「指でつぽ」10句  →読むPrince K(aka 北大路翼) 「KING COBRA」 10句  →読む

2008-03-02

【週俳2月の俳句を読む】 西村 薫

【週俳2月の俳句を読む】
「好奇心には道徳がない」と言ったのは
西村 薫



「誰か聞く」  神野紗希

いきいきと一本の木や冬の川

一本の木は常緑樹ではなく
葉っぱの一枚も残されていない落葉樹だ
「冬の川」の季語を得て、一層冬日に映える一本の木

革ジャン光る街灯の下過ぎるたび

時折ヘッドライトに映し出される人の表情のように光る革ジャン
次の街灯までその残像と革ジャンの匂いを抱きしめている作者

懐手広場は何も育まず

老若男女が集い、束の間共有する広場だが
野山の懐に比べれば乾いたつながりでしかない
思索的な「懐手」だ

風船を膨らませたる手の匂い

一旦、ゴムが伸びれば萎んでも原型を留めてはいない
そんな風船への罪悪感が「膨らませたる手の匂い」
というフレーズを生んだのだと直感する
アダムとイヴの原初の罪へと、好奇心を膨らませるのは深読みだろう
「好奇心には道徳がない」と言ったのは三島由紀夫



「記憶」 宮嶋梓帆

風花や川越えて行く葬儀場
初雪もなんまいだぶもまだ続き
葱畑悼むに飽きてきたりけり訃報記事財布に入れて着ぶくれて

死に取材している4句だが

二階から雪を見ている生家かなよくしゃべる家族なりけり暖房車

家族と幸せに暮らしている「私」にとって生と死は日常
「なんまいだぶもまだ続き」という感覚は誰でも持ち得るが
「初雪」と並列に置くことができる感性は作者のものだろう

マフラーの僧と仲良くしておりぬ
若いお坊さんは抹香臭くはないマフラーを巻いた僧と少女のツーショットが現代的だ



「いいや」 矢口 晃

梅咲いてできない事はあきらめる下手なりにぐわんばればよき桜かな鷹鳩と化すや嫌はれてもいいや
蛇出でて前髪が気に入つてゐる

自己を投影した作品が並んでいる
「ぐわんばれば」という表記が効果的に働いていて
黒々とした枝が目の前にしなるようだ

「鷹鳩と化す」の本意とは多少外れて使われている
むしろ鷹派・鳩派の意味に近く「や」と切れてはいるが
「嫌はれてもいいや」との間に明らかな断絶はなく
意味の上で繋がっていることが欠点

一方、「蛇出でて前髪が気に入つてゐる」は形の上では
一物仕立てだが「蛇出でて」の後に切れがある
そのせいか、自己を肯定するフレーズが心地よく読み手に伝わる
「鷹」の中の「鳩」派として、結社に新風を起こしてほしい



宮嶋梓帆 記憶 10句 →読む矢口 晃 いいや 10句 →読む神野紗希 誰か聞く 10句 →読む毛皮夫人×毛皮娘  中嶋憲武×さいばら天気  →読む