2007-04-22

『俳句界』2007年4月号を読む

『俳句界』2007年4月号を読む

変わったのか? 『俳句界』


私は『俳句界』の良き読者とは言えない。毎月内容を全て読んでいるかと問われれば、否である。今回「『俳句界』を読む」を担当することになり、それを良い機会として初めて全て読むつもりでいたが、実は結局読み通すことはできなかった。その理由は以下に述べることになる。今回は準備号ということなので、まず『俳句界』という俳誌そのものについて若干触れておきたい。

この雑誌は以前は北冥社から出ていたが、『俳句界』のみが雑誌単位で身売りされた。それを買ったのは九州の実業家であり俳人の姜琪東氏である。社名は「文學の森」。以来、月刊誌『俳句界』を中心にして、単行本の出版や自費出版受注事業などを活発に展開している。そして、年一回の俳句界賞の実施も前身から継続している他に、現社になってからは山本健吉賞も主催している(正:山本健吉文学賞 コメント欄に訂正あり)。今年の2月号までは山口亜希子氏が編集長をつとめていたが、3月号より詩人・清水哲男氏に編集長が交代した。と言っても3月号は実質的には編集長不在のまま発行されたようなもので、本格的に新編集長によって発行されたのは4月号からである。そのような事情があってであろう、4月号からは判型も変更になり、イメージはがらりと変わった。

では内容についてはどれほど変わっただろうか。期待していたわけでもないが、今回は興味を持って読んだのである。しかし、結果はなにか肩透かしを食ったような印象だ。

まず特集を見てみよう。

「お愉しみはこれからだ! 団塊の世代に贈る俳句への招待状」

団塊の世代をテーマに設定したというのはどうだろう。確かに団塊の世代が大量に現役をリタイアする状況は、今日の特徴的状況であるかもしれない。しかし、これまでの世代別特集と何が違うのだろうか。これまで総合誌と呼ばれる俳誌で、あきることなく焼き直されてきた企画の代表が世代別特集だったのではないのか。あるいはそれが読者である俳人の最大公約数的な関心事であるのか。私は世代別に俳句を見ること考えることにかけらほどの意味もないと思う。百歩譲って、反面教師的興味を持てないでもなかったのではあるが、それでもとても全記事を読み通す忍耐力はなかった。

特集の内容を順に見てみよう。

岡崎満義(元「文藝春秋」編集長)のエッセイ「団塊の世代への、やや退嬰的な手紙」は、これからどうやって良き老後を迎えるかというような内容で、文芸誌に載せなければならない理由の見つからぬ内容である。

座談会「われら晩稲派」は、清水哲男、池田澄子ら5名による座談会だが、何を言いたいのか焦点の定まらない内容。冒頭に書かれている中の「これから俳句を始めようという団塊世代の方々や、初心者の方の参考になれば」に座談会の趣旨があり、内容もその趣旨のとおりぼんやりとしたものである。

「イラスト年表 この六十年」は、どこにでもある内容の年表で、奇妙なことにこの60年間の俳句の世界の動向には一切触れられていない表面的な世相史。

そして俳句作品のページとなるが、タイトルは「還暦俳句」だそうである。あざ蓉子、高野ムツオ、松永典子、南村健治、山崎十生の5氏各6句の作品が掲載されている。「還暦俳句」などという企画で書かされる俳人の心中はいかがであったろうか。

特集の最後は「俳句カルチャー体験ルポ」。語るもの無し。どうとでもしてくれという印象だ。

このあまりに凡庸な特集を別にすれば、前編集長時代からの連載である車谷長吉の「今月の徒然草 第11回」と坂口昌弘の「ライバル俳句史16 山頭火と放哉」などは、他の俳誌に比べ特色のある内容で、この俳誌の最も評価すべき企画だろう。

車谷長吉のこの徒然草論では、《恐らく兼好は自分のことを、この第百九十四段に出て来る「明智の達人」だと信じていたのだろう。あるいはもう少し意地が悪く、「この虚言の本意をはじめより心得て、少しもあざむかず、構へ出だしたる人と同じ心になりて、力を合はする人」と自分のことを思うていたかも知れない。物書きは本質的に虚言を作り出す人であるから。》という発言に共感した。車谷節健在である。

というわけで、新編集長を迎えて一新したと自ら言っていた4月号ではあるけれど、全体に平凡な印象は免れなかった。5月号は更に厳しい目で見られることになるだろうから、次が新編集長の勝負の号となるだろう。

今回の新生『俳句界』からは、購買者層の嗜好を常に意識せざるをえない商業誌の限界が見えてしまった。これはひとり『俳句界』だけの問題ではなく、他誌にもそっくり当てはまることだ。あきらかに退潮期に入った俳壇の鏡として商業俳句誌があると思えば、これもまたいずれ亡びの道でもあろう。

誌面一新という気概があるならば、これまでのしがらみをすっぱり捨てて、俳句の世界に真の批評を確立するぐらいのことに挑戦してほしいものだ。書き手は必ずいる。戦う前から軍門に下るような企画では存在価値がないということを、今一度出版界には考えてほしい。

「週刊俳句」は、これからも商業俳誌のウォッチャーをするのかもしれないが、それはそれで覚悟のいることだと、準備号に際して思うのであった。掲載句の紹介も少ししようかと思っていたが、それは次号にしたい。

(五十嵐秀彦)

2 コメント:

hisohiso さんのコメント...

私もリニューアルなった『俳句界』に期待していたのですが、ちょっと拍子抜けという気分です。
そして編集後記の各人のコメントにかなり温度差があるように思われるのが、気になりました。

mumon1 さんのコメント...

秀彦です
hisohisoさん。ちょっと辛口に過ぎましたね。次回はもう少し考えてから書きます(笑)。

私の文に関して訂正があります。
山本健吉賞は正しくは山本健吉文学賞でした。
文學の森に移ってからの賞と書いてしまいましたが、前の出版社のときから山本健吉文学賞はありました。私の間違いです。
お詫びして訂正いたします。
きちんと調べて書かなくてはなりませんね。
反省しています。